―光源に搭載し、持ち運び可能な火山ガスモニタリングシステムの実現を目指す―

NEDO:世界最小、指先サイズの波長掃引量子カスケードレーザーを開発

NEDOが進める「IoT社会実現のための革新的センシング技術開発」において、浜松ホトニクスは今回、独自の微小電気機械システム(MEMS)技術と光学実装技術を活用し、従来製品の約150分の1となる世界最小サイズの波長掃引量子カスケードレーザー(QCL)を開発した。これを産業技術総合研究所が開発した駆動システムと組み合わせることで、高速動作と周辺回路の簡略化が実現でき、光源として分析装置などに搭載することが可能になる。これにより、分析装置を持ち運びできるサイズまで小型化できるようになる。

本プロジェクトではさらに二酸化硫黄(SO2)と硫化水素(H2S)の検出感度やメンテナンス性を高め、火口付近で火山ガスの成分を長期間、安定的にモニタリングする用途への展開を目指す。また、化学プラントや下水道における有毒ガスの漏えい検出や、大気計測などへの応用も期待できる。

1.概要

 火山の噴火予知では、噴火の数カ月前から濃度が上昇する火山ガス中の二酸化硫黄(SO2)や硫化水素(H2S)などをモニタリングする手法が一般的である。このため、現在多くの研究機関では電極でガスを検知する電気化学式センサーによる分析装置を火口付近に設置し、火山ガスの成分をリアルタイムで分析している。しかしこの電極は火山ガスと接するため寿命が短く性能が劣化しやすいことから、部品交換などのメンテナンスが欠かせないほか、長期間の安定的なモニタリングが難しいという課題があった。一方、寿命が長い光源や光検出器を用いる全光学式の分析装置はメンテナンスの手間が少なく、また高い感度で長期にわたり安定して成分を分析することができるものの、光源のサイズが大きく装置が大型になってしまうため、火口付近への設置が難しいという問題があった。

 これを踏まえ、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「IoT社会実現のための革新的センシング技術開発」※1で、浜松ホトニクスと産業技術総合研究所(産総研)は2020年から、全光学式で小型・高感度、かつ高いメンテナンス性を備えた次世代火山ガスモニタリングシステムの実現に向けた研究開発に取り組んでいる。

 浜松ホトニクスは本プロジェクトで分析装置向け光源の小型化を進めており、このたび中赤外光※2の波長を7~8マイクロメートル(以下μm、μは100万分の1)の範囲で高速に変化させ出力する世界最小サイズの波長掃引QCL(Quantum Cascade Laser)※3の開発に成功した(図1、図2、表)。本開発品は、これを産総研が開発した駆動システムと組み合わせることで、高速動作と周辺回路の簡略化が実現でき、光源として分析装置などに搭載することが可能になる。これにより、分析装置を持ち運びできるサイズまで小型化できるようになる。さらに本プロジェクトでは感度やメンテナンス性を高める研究を行い、火口付近の火山ガスを長期間、安定的にリアルタイムでモニタリングすることを目指す。これは、化学プラントや下水道での有毒ガスの漏えい検出や大気計測などへの応用も期待できる。

2.今回の成果

【1】従来製品と比較し、約150分の1のサイズとなる世界最小の波長掃引QCLを開発
 浜松ホトニクスは独自のMEMS技術により、QCLの体積の大部分を占めるMEMS回折格子※4の設計を抜本的に見直すことで、従来と比べ約10分の1のサイズとなるMEMS回折格子を開発した。また、小型の磁石を採用し配置を工夫することで不要なスペースを削減するとともに、独自の光学実装技術により構成部品を0.1μm単位で高精度に組み立て、従来製品と比較し約150分の1のサイズとなる世界最小の波長掃引QCLを実現した。

【2】中赤外光を波長7~8μmの範囲で周期的に変化させて出力可能
 浜松ホトニクスが長年培ってきた量子構造設計技術※5による新開発のQCL素子を搭載することで、中赤外光をSO2やH2Sに吸収されやすい波長7~8μmの範囲で掃引し出力することを可能としている。同時に、7~8μmの範囲から特定の波長を選択して出力できる波長可変型QCLも開発した。

【3】中赤外光の連続スペクトル取得を高速化
 産総研のセンシングシステム研究センターが開発した駆動システムと組み合わせることにより、波長掃引QCLの高速な波長掃引を実現できる。20ミリ秒以下で中赤外光の連続スペクトルを取得することができる。これにより、時間的に高速に変化する現象を分析することが可能となる。

図2 波長掃引QCLの仕組み

3.今後の予定

 NEDOと浜松ホトニクス、産総研は、今回開発した波長掃引QCLを搭載した小型で高感度、かつ高いメンテナンス性を備えた次世代火山ガスモニタリングシステムを構築するとともに、多点観測などの実証実験を進めていく。また、浜松ホトニクスは本開発品と駆動回路や同社の光検出器を組み合わせたモジュール製品を2022年度内に発売し、中赤外光の応用拡大を図る。

【注釈】
※1 IoT社会実現のための革新的センシング技術開発
・研究開発項目:IoT社会実現のための革新的センシング技術開発/革新的センシング技術開発/波長掃引中赤外レーザーによる次世代火山ガス防災技術の研究開発
※2 中赤外光
目に見える可視光よりも波長が長い赤外光の一種で、一般的に波長4~10μmの赤外光を中赤外光という。
※3 波長掃引QCL(Quantum Cascade Laser)
量子カスケードレーザー(QCL)は、発光層に量子構造を用いることで中赤外から遠赤外の波長領域において高い出力を得ることができる半導体レーザー光源。波長掃引量子カスケードレーザーは、量子カスケードレーザーからの中赤外光を分光し反射するMEMS回折格子を電気的に制御し傾きを高速に変化させることで、中赤外光の波長を高速に変化させ出力することができる。
※4 MEMS回折格子 電流を流すことで作動する小型の回折格子。回折格子は、波長ごとに光が回折する角度が異なることを利用して波長の異なる光を分別する光学素子。
※5 量子構造設計技術 ナノレベルの超薄膜半導体を積層させることで生じる量子効果を利用したデバイス設計技術。本開発では、浜松ホトニクス独自の結合二重上位準位構造(AnticrossDAU)をQCL素子の発光層に採用している。

キーワードで検索する

著者プロフィール

Motor Fan illustrated編集部 近影

Motor Fan illustrated編集部