電気自動車(BEV)の動力源としてモーターを用いる場合、エンジン車のように変速機を組み合わせることはせず、減速機だけ組み合わせるのが一般的だ。超高速域までカバーするハイパフォーマンスカーで2段変速機構を組み合わせる例はあるが、極めて例外的だ。BEVのモーターは減速機と組み合わせるだけのシングルギヤとするのが一般的である。
モーターのみの動力で走るフォーミュラEも同じだ。2016/2017年のシーズン3からフォーミュラEに参戦するZFは、第2世代のGen2シャシーが導入された2018/2019年のシーズン5から、モナコに本拠を置くヴェンチュリー・フォーミュラEチームに電動パワートレーンの供給を始めた。2020/2021年のシーズン7からは、インドのマヒンドラ・レーシングにパートナーをスイッチし、電動パワートレーンの開発を続けている。
シーズン5時点での電動パワートレーンに関する主要な規定は以下のとおりだ。リチウムイオンバッテリーのユーザブルエナジー(総電力量のうち使用可能なエネルギー)は52kWh。後輪を駆動するモーターの最高出力は、予選時が250kW、レース時は200kWだ(限られたシーンで最大250kWの出力が認められる)。
ZFの開発陣はまず、レースで高いパフォーマンスを発揮するためにどのようなパワートレーンが必要になるのか、検証に着手した。検証のベースになるのはシーズン4までのデータだが、シーズン4は最高出力が200kWに制限されていた。そのデータを元に250kWに補正したうえで、電動パワートレーンの性能特性に関してシミュレーションを行なった。「どのコンセプトがベストなのか検討した」と、開発に携わったエンジニアは振り返る。
「1周あたり、あるいはレース(45分+1周)を走り切るのにどれだけのエネルギーが必要か。そのなかで、出力の特性と効率の特性を重ねあわせ、パワートレーンのコンセプトを検討した。これが1つ目のポイント。2番目は重量で、競争力を高めるためにはとても軽く設計する必要がある。3番目はパフォーマンスで、0-100km/h加速が指標だ」
これら3つのポイントを指標にパワートレーンのコンセプトを絞り込んだところ、3つのコンセプトが残ったという。そのうち2つは2速ギヤボックス(トランスミッション)を組み合わせたコンセプト。もう1つは1速(変速なしのシングルギヤ)である。テクニカルレギュレーションでは6速までが認められているが、3速、4速、5速、6速は考慮しなかった。
ガソリンであれ、ディーゼルであれ、エンジンを動力源に用いる場合は変速機との組み合わせが欠かせない。なぜなら、エンジンはその性質上、ある程度回転数を高めないと充分なトルクを発生しないからだ。そのため、車速と要求駆動力に応じてギヤに切り替え、適切なエンジン回転数に制御する必要がある。車速が上がるごとに高い段数に切り替え、急加速や登坂では低い段数に切り替えるといった具合だ。
モーターは電流を流した瞬間から大きなトルクを発生する特性があるため、エンジンのような多段化は必要としない。ただし、高速域までカバーしようとすると、効率や体格とのバランスを見る必要が出てくる。高回転化すれば高速域までカバーすることは可能だが、内燃機関と同様に機械損失が大きくなるため、変速したほうがいいのか、シングルギヤのままいったほうがいいのか、検討の余地が生まれる。
ZFはシーズン5に投入するパワートレーンの仕様を決めるにあたり、1速がいいのか2速がいいのか、3つに絞り込んだコンセプトについて徹底的に検証した。2種類ある2速はレシオの違いで、加速特性が異なる。
「レースのアプリケーションでは、効率と重量はとても重要だ。同時にイナーシャ(慣性)も重要となる。イナーシャが大きいと加速の際のロスにつながる。このロスは加速の役に立たないので、イナーシャを低レベルに抑えることが重要だ。私たちはイナーシャを小さくするために、ギヤ比を最適化した。回転するパーツの重量を軽くすれば軽くするほど、イナーシャは小さくなって加速しやすくなるからだ」
2速にするということはギヤが1枚増え、そのぶんイナーシャも増える。イナーシャの観点、重量の観点、効率の観点を含め、それらを総合的に検討した結果、ZFは2種類の2速ギヤボックスをリストから落とし、1速を選択した。ZFが開発した電動パワートレーンを搭載したヴェンチュリーのフォーミュラE車両は、シーズン5第5戦香港を制し、チームとZFに初優勝をもたらした。1速ギヤボックスの選択が正しかったことを証明したし、最適解を導き出す開発手法が正しかったこともまた証明した。マヒンドラと組んだシーズン7(2020/2021年)では、第13戦ロンドンで優勝を飾っている。
この開発手法は量産コンポーネントやシステムを開発する際と同様であり、ZFは高性能なフォーミュラE向け電動コンポーネントを開発することで、ロスを最小限に抑える高効率な量産用電動コンポーネントを迅速に開発する技術力があることを示したことになる。見方を変えれば、量産用電動コンポーネントを迅速に効率良く開発する技術力があったからこそ、フォーミュラE用の電動コンポーネントを効率良く、迅速に開発できたということだ。