リフトアップで何がおきるのか?~スズキ・ジムニー〜②加速時の挙動[クルマの運動学講座・その2]

リフトアップで何がおきるのか? 第2回は加速時の挙動です。標準車高とリフトアップの比較、さらに考慮が必要なのはトランスファで切り替える2WDと4WDのモードによる挙動の違いです。
TEXT:J.J.Kinetickler

まずは通常走行時の2WD(後輪駆動)状態で標準車高での力の釣り合いです。駆動力は後輪だけに発生し、前輪は上下に荷重移動するだけなので加速時の合力点は図に示すように前輪の真上で車両重心の高さになります。

重要なことは、制動時の力の釣り合いでも述べたように、この釣り合いはサスペンションの特性や、ばねレートはおろか、サスペンションの有無にすら関係ないということです。

加速の場合「リヤがぐっと沈み込んで荷重がリヤにのる」などといいますが、これは間違いです。リヤが沈むから荷重移動するわけではありません。沈もうが浮き上がろうが重心が路面より高ければ加減速で荷重移動します。

次は2WD(後輪駆動)状態でリフトアップした場合の力の釣り合いです。加速時の合力点の考え方は同じですが車高が上がった分荷重移動量が増えています。

荷重移動量は駆動力(=慣性力)に重心高をかけてホイールベースで割った値です。したがって重心が高ければ高いほど荷重移動量は増加します。荷重移動量は計算でも求められますが、図のような作図で簡単に求められます。

前の図の力の釣り合いに後輪接地点の動きを描き加えました。後輪の車軸はトレーリングアームの車体側支点を中心に全体が回転します。したがって接地点は青の両矢印の方向に動きます。アームの回転支点に向かう青線と前の図で作図した赤線で示す力の釣り合いの線はずれていて、リヤの青線は力の釣り合いの赤線より上方にあります。

このずれの大きさがアンチスクォート(沈み込みの抑制)に関係します。このジムニーの場合は青線が赤線より上方にあるので加速時はリヤに荷重移動するにもかかわらず逆に浮き上がります

この姿勢変化の度合いを表すのがアンチスクォート率で、青線を延長して前輪の中心を通る垂直線と交わったところの高さをアンチスクォート高さ(HASとした場合、以下で表せます。

 アンチスクォート率(RAS)=アンチスクォート高さ(HAS÷重心高(HGC)×100%) 

この数字が100%以上なら加速時に逆にリヤが持ち上がり100%だと全くストロークしません100%以下だと、その割合に応じて沈み込み0%なら荷重移動にしたがって沈みます0%以下(青線が地面の下に向う場合)は荷重移動量より大袈裟に沈みます。この状態をプロスクォート(マイナスのアンチスクォート)と呼ぶことがあります。

標準車高のジムニーで2WDを選択した場合、加速時の姿勢変化をまとめると「フロントは荷重移動量に応じて浮き上がり、リヤは荷重移動量の33%分逆に浮き上がる」ことになります。

初代日産シーマ

プロスクォートを体現していたのが初代日産シーマで、加速時にリヤが大袈裟に沈み込み、いかにもパワフルな印象を与えて人気絶頂だったのですが、実はこれセミトレーリングアームの配置によって生じたプロスクォート現象でした。実際にはリヤがグッと沈み込んでも荷重移動が増えたりしません。逆に沈み込んでいる間は荷重移動が遅れていたのです。

次はリフトアップした場合です。標準車高の場合と同じように、力の釣り合いに後輪接地点の動きと方向を描き加えました。

車体側支点がリフトアップと同じだけ上がり、ずれが大きくなった分アンチスクォート(沈み込みの抑制)がさらに増加しています。このジムニーの場合は青線が赤線よりかなり上方にあるので加速時にリヤが逆に浮き上がります

作図で求めると4インチ(100mm)リフトアップした場合、アンチスクォート率が標準車高の133%から161%に増加します。

リフトアップしたジムニーで2WDを選択した場合、加速時の姿勢変化は「フロントは荷重移動量に応じて浮き上がり、リヤは荷重移動量の61%分も逆に浮き上がる」ことになります。リフトアップは車両姿勢変化をかなり強調してしまいます。

次はトランスファーを切り替え、直結4WDにした場合の力の釣り合いです。駆動力は前後輪共に発生し、加速時の合力点は前後方向はホイールベースを前後駆動力の割合で案分(その割合で分割すること)した位置、高さ方向は車両の重心になります。

すこし難しそうにみえますが、この合力点を前後に移動させるイメージで考ると分かりやすい。前方向に前輪の真上まで移動させると前輪0%、後輪100%の後輪駆動、後輪の真上なら前輪駆動になります。その中間なら駆動力配分50:50のフルタイム4WDです。

ところが実は直結4WDの場合、前後の駆動力配分が簡単には決まらないのです。「えっ?直結だったら5050じゃないの?」とお思いの方がおられたら、残念ながらそれは間違いです。

直結4WDが均一な路面にある場合、駆動力配分はおおむね接地荷重で決まります。極端な場合を考えればわかり易いのですが、なにかの事情でリヤタイヤが左右輪とも路面から浮いていたら駆動力はフロント100%、フロントタイヤが浮いていればリヤ100%になります。これほど極端ではない場合でも、おおむね接地荷重に応じて配分されると考えられます。

また路面が不均一な場合は路面の状態によっても駆動力配分が変わります。フロントが乾燥したアスファルト、リヤがつるつるの氷の上だったらフロントがほとんど100%になります。このように直結4WDでは前後の駆動力配分は接地荷重と路面状況で刻々変化しています。

ここでは話をシンプルにするため「駆動力は接地荷重に比例して配分される」とします。前後の荷重配分は52.6%47.4%、この状態で0.3Gというやや強めの加速をしている状態の荷重移動も加えて計算(コラムを参照)すると駆動力配分は前輪44%後輪56%になるのでこの値を使って作図します。

具体的には図のように前輪からホイールベースの44%のところが加速時の合力点になります。この合力点と前後タイヤの接地点を結んだ線に沿って力が伝わります。

次は直結4WDの状態でリフトアップした状態です。加速時の合力点の考え方は同じですが車高が上がった分だけ荷重移動量が増えています。荷重移動量は駆動力(=慣性力)に重心高をかけてホイールベースで割った値です。したがって重心が高ければ高いほど荷重移動量は増加するわけです。

標準車高と同じように0.3G加速時の荷重移動も加味して駆動力配分を計算すると前輪:後輪の比が43%:57%になりました。標準車高に比べて荷重移動が約1%増加しています。リフトアップした場合はこの値を使います。

【加速中の接地荷重変化の算出】

加速中の接地荷重変化は次の式で表せます。

  加速中の接地荷重変化=重心高÷ホイールベース×加速力

ホイールベース:2250mm、重心高:650mm(標準車高)/750mm(リフトアップ)
加速度:0.3G、荷重配分:前輪:52.6%、後輪:47.4%として接地荷重の変化率を計算すると、

  ・標準車高時   :接地荷重変化率=650mm÷2250mm×0.3G×100=8.7%
  ・リフトアップ時 :接地荷重変化率=750mm÷2250mm×0.3G×100=10.0%

静止時の前後輪荷重配分は52.6%:47.4%なので、0.3G加速中の荷重配分は、

  ・標準車高時   :前輪:52.6%-8.7%=43.9% 後輪:47.4%+8.7%=56.1%
  ・リフトアップ時 :前輪:52.6%-10.0%=42.6% 後輪:47.4%+10%=57.4%

となります。

前の図の力の釣り合いにタイヤ接地点の動きを描き加えたものです。前後のアクスル(車軸)はリーディングアーム・トレーリングアームの車体側支点を中心に全体が回転します。したがって接地点は青の両矢印の方向に動きます。アームの回転支点に向かう青線と前の図で作図した赤線で示す力の釣り合いの線とずれています。フロントの青線もリヤの青線力も赤線より下になっています。

前後とも青線が下にあるのでアンチリフト(浮き上がりの抑制)リヤのアンチスクォート(沈み込みの抑制)はいずれも0%(荷重移動量分の姿勢変化)と100%(全く姿勢変化しない)の間になります。

この比率を表すのがフロントのアンチリフト率、リヤのアンチスクォート率で前後からの青線を延長してホイールベースを加速時の合力点を通る垂直線と交わったところの路面からの高さをアンチリフト高さ(HAL/アンチスクォート高さ(AHSとしたばあい、

  アンチリフト率   (RAL)=アンチリフト高さ   (HAL)÷ 重心高(HGC)×100(%)
  アンチスクォート率 (RAS)=アンチスクォート高さ (HAS) ÷ 重心高(HGC)×100(%)

で表せます。

ジムニーの加速時の姿勢変化をまとめると「フロントもリヤも姿勢変化がかなり抑えられフロントの浮き上がりは66%減って34%、リヤの沈み込みも73%減って27%」になります。

4WDの状態でリフトアップした場合です。アームの回転支点に向かう青線と赤線で示す力の釣り合いの線のずれが標準車高の時よりさらに少なくなっていることがわかります。

フロントのアンチリフト率は74%リヤのアンチスクォート率は89%になります。

標準車高とリフトアップを比較すると

  ・アンチリフト率   (RAL):66% → 74%(+8%)
  ・アンチスクォート率 (RAS):73% → 89%(+16%)

といずれも増加しています。

ジムニーを4インチリフトアップした時の加速時の姿勢変化をまとめると「フロントもリヤも姿勢変化がほとんど抑えられフロントの浮き上がりは単純な荷重移動に対して74%減って26%リヤの沈み込みは89%減って11%になります。

この図は加速時に車両姿勢がどうなるかがわかるマップです。フロントとリヤそれぞれのタイヤ接地点とアーム回転軸を結ぶ線(青線)を延長し、交わった点をXとします。このX点がこの(派手な)マップのどこにあるかで加速時の車両姿勢がわかるのです。

塗り分けられたそれぞれの領域にある一対の矢印は左が前、右が後の車体の動きの方向を表しています。基本形は[↑↓]で加速時は前輪から後輪に荷重移動するので、前が上がり後ろが沈みます。緑の矢印は姿勢変化がノーマル(0~100%)であることを表し、青は大袈裟な姿勢変化(0%以下)を表します。赤の矢印は矢印の上下が逆で荷重移動に反して動く(100%以上)を表します。

たとえばこの図のジムニーの標準車高ではX点は中央の黄色い領域にあります。黄色の領域は[]となっていて制動時にフロントが浮き上がり・リヤが沈み込む領域だということを表しています。ただし中央の黄色い領域のかなり上にあるのでフロント・リヤとも姿勢変化が抑えられています。

この図はリフトアップした場合の車両姿勢変化マップです。ジムニーをリフトアップしてもX点は中央の黄色い領域のままです。しかし中央の黄色い領域のほとんど頂点にあるのでフロント・リヤとも姿勢変化がほぼなくなります。 

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著者プロフィール

J.J.Kinetickler 近影

J.J.Kinetickler

日本国籍の機械工学エンジニア。 長らくカーメーカー開発部門に在籍し、ボディー設計、サスペンション設計…