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開発の背景
製品・システムを安全安心に使い続けるために、機器の劣化や不具合を事前に察知して最適な状態に管理する予知保全の重要性が高まっている。予知保全市場は成長段階にあり、2021年は約69億ドル、2026年には世界で約282億ドルに達し(*2)、年平均成長率(CAGR)31%と急拡大する見通しである。
東芝はインフラサービスカンパニーとして、社会インフラを支える機器の故障による中断・停止時間の削減と保全コストを最小化する高精度な予知保全技術の確立に向けて取り組んでいる。予知保全には、異常検知とその対策の提示が欠かせない。一方で、インフラ機器などは異常発生のメカニズムが複雑なものが多く、従来の正常状態からの差異を提示する異常検知技術だけでは、改善対策の立案が難しいという課題がある。適切な対策を講じ、保全コストの削減につなげるには、従来の「いつもと違う」に加え、「なぜ違うか」を説明可能とする技術が求められている。
本技術の特長
そこで東芝は、機器の異常検知に加えて、「なぜ」異常が起きたかを解釈性に優れた物理モデルを用いて説明することが可能なAI技術を開発した。本技術は、測定した機器の時系列データから機器の状態や動作を表現する物理モデルを自動で生成する。自動生成される物理モデルでは、データ項目の相関をネットワークで表現し、項目間の関係性は物理学や工学に基づく関数を組み合わせて表している。関数の候補は東芝が長年培った機械工学の知識に基づいてデータベース化しており、複雑な現象にも対応可能である。更に、従来のAI技術では、膨大にある関数の組み合わせ作業を、関数の物理的な意味を変えずに効率的に行うことは難しいという問題があった。そこで、関数の物理的な影響度合いを正しく考慮できる新しいスパース推定アルゴリズムや、関数の候補を効率的に選択する空間探索アルゴリズム、および高精度な予測を可能にするデータ拡張アルゴリズムを組み合わせた新たなAI技術を開発した。これにより、解釈性に優れた物理モデルを自動で生成することを可能にした。
また、本技術においては、従来の物理モデルの生成には必要だった機器の寸法や部品の物性データは不要となり、センサーによる計測データのみで物理モデルを生成できる特長もある。これにより、製品・システムの運用中に物理モデルを定期的に更新することが可能になる。更新された物理モデルの変化を分析することで、製品・システムの異常発生の予兆検知と、その原因を特定することができる。
また、本技術をパワーモジュール(*3)の異常検知で重要になる温度予測に適用し、物理モデルの自動生成において、発熱チップから冷却器に熱が伝わり、空冷ファンにより冷却器から放熱される伝熱形態が正しく選択されることを確認した。
生成した物理モデルは平均誤差1℃未満で温度を高精度に予測でき、計算に数千~数万倍の時間を要する詳細数値シミュレーションに代わり、リアルタイムでの予知保全を実現することが可能になる。
今後の展望
本技術は、製品・システムの異常検知において実用性が高いため、さまざまな製品・システムへの適用が期待できる。東芝は今後、社会インフラ関連製品やシステムへの適用範囲の拡大と有効性の検証を進め、2023年度の実用化を目指す。
*1 対象とする事象や機器の挙動を、物理学や工学の知識に基づいて数式で表したもの。事象発生の予測などに用いることができ、発生のメカニズムが物理現象に沿って説明可能となる。
*2 株式会社グローバルインフォメーション、プレスリリース「予知保全市場:費用対効果の高いアプリケーションへの進化」、https://www.value-press.com/pressrelease/270496
*3 パワー半導体を組み合わせて、電力制御や電力供給に関わる回路を集積した部品。