Ferrari 296 Speciale
エアロとパワートレインがもたらす圧倒的な性能

フェラーリとモータースポーツは切っても切り離せない関係にあるが、スペシャルモデル=スペチアーレでは、その結びつきがさらに強調されているように思う。それはこれまでの「チャレンジストラダーレ」「430 スクーデリア」「458 スペチアーレ」「488 ピスタ」といったスペチアーレを振り返ればわかるように、いずれもワンメイクレースのフェラーリ・チャレンジを連想させる性能や名称が与えられることが多く、実際サーキットでの喜びがベースモデルの比ではないことが多いからだ。
296 スペチアーレはボディサイズを296 GTB比で全長40mm、全幅10mm拡大。これは遠目にも違いが分かる専用エアロパーツによるものだ。パワートレインは3.0リッター120度V6ツインターボ+電気モーターのハイブリッド構成を踏襲しつつ、出力をさらに高めた。エンジンは37PS増の700PS、モーターは13PS増の180PS、システム合計は880PSに達する。制御が刷新された8速DCTは応答性がより鋭くなった。
このモデルの肝要は多岐にわたる。50PSの出力向上に加え、ダウンフォースは296 GTB比で20%増。さらに徹底した軽量化、専用サスペンション、エクストラブースト戦略による瞬発力の強化、進化したABS EVOによって、ドライバーとの一体感を飛躍的に高めている。この高出力を後輪のみで駆動する──、その点にやや不安はあるが、さっそく試乗でその進化を体感してみよう。
サーキットで際立つアクティブエアロの効能



試乗の舞台はフェラーリの聖地、フィオラノ・サーキットだ。曇天ながらドライコンディションが嬉しい。この時期のマラネッロは雨が多く、これまで先達のジャーナリストが「スペチアーレ試乗はいつもウエット路面」とこぼしていたのを記憶していたからだ。
すでに富士スピードウェイで開催されたフェラーリ・レーシング・デイズで日本初披露されているこのモデルを改めて目にすると、やはりまず目を引くのは専用エアロダイナミクスだ。リヤサイドには垂直フィンと小型ウイングを組み合わせた「FXX-K」風のサイドウイングが備わる。これは296 GTBにも備わるアクティブリヤスポイラーと連動して強大なダウンフォースを生む。なおアクティブリヤスポイラーの可変設定は従来の2段階(LD/HD)から3段階(LD/MD/HD)へと増えている。
フロントには「エアロダンパーコンセプト」を採用。空気をフロア下からフロントウインドウ直前まで導くことで、姿勢変化に左右されにくい安定したダウンフォースを得る。さらにボンネット左右のルーバーでタイヤハウス内圧を低減し、フロントリフトを抑制。ワンメイクレーシングカーの「296 チャレンジ」やGT3マシン「296 GT3」から技術転用した、これらのエアロダイナミクスの工夫により250km/h時に435kgという強烈なダウンフォースを発生する。
本質は快適性ではなく「スポーツドライビング」




軽量化もこのモデルのキーポイントだ。カーボンファイバーとチタンの活用により、乾燥重量はGTB比で60kg減となる1410kg(軽量オプション装備)。なかでも9kgもの軽量化をエンジン単体で達成したのは驚きだ。これにより、パワーウェイトレシオは1.60kg/PSという驚異的な数値を記録する。
インテリアもレーシング志向が徹底しており、カーボン、アルミ、アルカンターラがドライビングに集中できる空間を演出している。低い座面に腰を下ろすと、視界と操作系の配置は理想的なドライビングポジションが取れるのは296 GTBと同様だ。一方でステアリングスイッチが296 GTBの静電式から物理式に改良され、誤操作のリスクを低減した点も好印象だ。試乗車にはオプションの4点式シートベルト付きバケットシートが装備されていた。長距離移動には不向きだろうが、このクルマの本質は快適性ではなく「スポーツドライビング」にあるのだ。
驚異的な加速と官能的なレスポンス

試乗の順番が巡ってきた。すでに別枠のジャーナリストの試乗後なので、車両のウォームアップは終わっている。eマネッティーノで「クオリファイング」を選択してピットアウトする。走り出した瞬間、その応答の速さに息を呑んだ。0-100km/h加速2.8秒、0-200km/h加速7.0秒、最高速330km/hという数値は伊達ではない。右足のアクセル操作にV6ツインターボが瞬時に反応し、変速時にはモーターがそのトルク変動を補う。
レブリミットの8500rpmまで回すと最大加速時は暴力的だが、制御が更新されたDCTは、変速時も途切れることのない加速を実現している。なんという扱いやすさだろう。巧妙な音響ダクトによって高周波帯が強調されたというサウンドが、ドライバーをもっと踏めとけしかけてくる。
実は試乗前に写真撮影のために低回転域で走らせたのだが、その際も神経質な感じがなく、モーターアシストによる滑らかな走りを見せていた。つまり暴力的な加速と街乗りでの扱いやすさを高い次元で両立しているのだ。
シャシー性能とブレーキングの進化



このクルマの真骨頂はブレーキかもしれない。今回の目玉のひとつでもある新世代ABS EVOは、6Dセンサーによりグリップを精密に推定し、制動距離を短縮したという。実際280km/h超からややヨーを残した状態でのブレーキングでも極めて安定していたことを報告したい。
さらに終盤の中〜高速コーナーでの安定感も特筆すべきレベルだった。ダウンフォースの向上幅はGTB比で20%にも達するというが、その手前の領域でも、減速からターンイン、立ち上がりまでの一連の操作に対する信頼感が高い。高いステアリング剛性もあって、マシンがドライバーの意思を読み取り、先回りするような挙動は痛快のひと言だ。
だが、これはマネッティーノでスポーツやレースを選んだ場合の話だ。インストラクターが先導するリードカーに対してコーナー出口の加速でどうしても離されるために、CTオフを選んでトラクションコントロールをカットしたところ、880PSの凄まじいパワーは後輪だけで抑えきるには微細なコントロールが必要だった。こうなるともはやサウンドを楽しむ余裕も何もなく、この途方もない性能のマシンを手懐けるのは一筋縄ではいかないと痛感した。
快適性を犠牲にしても得られる“走る歓び”

試乗車のサスペンションは可変サスのマグネライドではなく、パッシブサスが装着されていた。明確にスポーツ志向に振られており、このままでは街中ではやや硬めに感じる場面もあるだろう。しかし、このサーキット試乗後にマグネライド装着車を試したところ、296 GTBとほとんど変わらない快適な乗り心地を示していた。サーキットやワインディングで発揮される運動性能は圧倒的だ。
296 スペチアーレは、カタログスペックの凄まじさを実体験が凌駕するモデルだ。冒頭フェラーリ・チャレンジとの関連性に触れたが、現在の296 チャレンジは純内燃機関でこの296 スペチアーレはハイブリッドモデルである。今回の場合、ハイブリッドの利点であるモーターを賢く使っている印象だった。この電動化をモータースポーツにつなげる技術はF1やWECで培ったものだろう。
日本向けの割り当てはすでに完売とされるが、参考までに日本市場の価格はベルリネッタ(クーペ)が5911万円、アペルタ(スパイダー)が6715万円。880PSのシステム出力、鋭いレスポンス、強烈なダウンフォースと軽量ボディ──すべてが緻密に融合し、ドライバーに“操る歓び”を与えてくれる。万能な296 GTBとは異なり、快適性よりも走行性能を優先するモデルであることは明白だが、その一点に価値を見いだすフェラリスタには、抗いがたい魅力を放っていることは言うまでもない。
SPECIFICATIONS
フェラーリ 296 スペチアーレ
ボディサイズ:全長4625 全幅1968 全高1181mm
ホイールベース:2600mm
車両乾燥重量:1410kg
エンジン:V型6気筒DOHCツインターボ
エンジン総排気量:2992cc
エンジン最高出力:700PS(515kW)/8000rpm
エンジン最大トルク:755Nm/6000rpm
モーター最高出力:154PS(113kW)
システム最高出力:880PS
トランスミッション:8速DCT
駆動方式:RWD
サスペンション形式:前ダブルウィッシュボーン 後マルチリンク
ブレーキ:前後ベンチレーテッドディスク
タイヤサイズ(リム幅):前245/35ZR20(9J) 後305/35ZR20(11J)

