ウェット路面を楽しめるゆとりがある

バイクに乗るには最悪の天気と言っていい。雨が降りしきる中、CB1000Fを走らせた。
しかも今、タイトコーナーが続く峠道にさしかかっている。舗装林道とも言える1.5車線の狭い道幅を少しでも有効に使おうと、カーブの出口ではなるべくアウト側を使いたいが、濡れた落ち葉が容赦なくライン上で束になっているから厄介だ。
ひび割れのある荒れた路肩は、緑色に苔(こけ)むしたところもあり、そこを踏むわけにはいかない。
窮屈なラインどりに迫られ、アクセルも思うように開けられない。もうこれ以上、先を進むのを諦めようか……!?
いいや、もっともっと走りたくて仕方がない! ずぶ濡れの路面であるにも関わらず、転ぶ気がまったくしないのだ!!

この恵まれない状況下で、車体をなるべく寝かせずに駆動力をどうやったら路面にしっかりと伝えられるのだろうかとか、もう少しだけブレーキを強くかけられるなどと、走りに集中し、知らぬ間に“攻めの姿勢”で雨の中のライディングを楽しめているから、自分でも驚きを隠せない。
楽しむと言っても、声を上げてはしゃいだり頬を緩ませて笑みを浮かべるのではなく、静かに感覚を研ぎ澄ませてオートバイを操作し、タイヤからのインフォメーションに全神経を向けている。
もちろん、クローズドコースでなく、一般公道を走るのだから安全へのマージンは大きくとっている。無理をせず、ウェットコンディションの中でできる範囲の中で、スポーツライディングを満喫しているのだ。
スロットル操作に過敏な反応を見せ、神経質なハンドリングだったら、こうはいかない。緊張に支配され、肩に力が入り続ければ、一瞬たりとも心を緩めることができない。
CB1000Fには大排気量車ならではのゆとりある出力の中に扱いやすさが同居し、軽快性のあるステアフィールでありながらも、穏やかさを持ち合わせている。
ホンダCB1000F……1,397,000円

ブレーキもタッチとコントロール性に優れる。じつは筆者(青木タカオ)、CB1000Fには今回ありがたいことに雨天だけでなく、青空の下ベストコンディションでも乗ることができた。
コーナーアプローチでレバーを握り込んでいくと、フロントタイヤのグリップ感が右手の感覚を介してしっかりと感じ取れる。
フロントフォークは、初期動作ではソフトに滑らかに動いて路面追従性の良さに優れるが、ガツンとブレーキをかければ、ストロークの奥でまだまだいけると言わんばかりに踏ん張りが効き、ワインディングでのハードな入力にもびくともしない。
しなやかでストローク感を得やすいサスペンション特性とすることで街乗りなど、常用速度域でのクセのない素直なハンドリングと軽快性、乗り心地を追求しているが、結果的に荒れた路面やウェットにも強い。
これを読んでいる日本のライダーなら、よく知っているはずだ。ツーリングで山間部に入れば、こうした1.5車線の舗装林道を走る機会が多く、決して舗装の状態が良くないことを。
晴れていても、斜面の陽の当たらない路面は絶えず濡れて滑りやすく、大胆にまでフロント荷重に設計したモーターサイクルを長い時間操ると、とても疲れてしまう。
CB1000Fがウェット路面でもフロントから滑るという不安を感じさせないのは、駆動輪にかかるトラクション性能が秀逸で、リヤ荷重気味とも言える落ち着きのあるハンドリングがもたらしている。
前後17インチの足回りでありながら、フロント19インチかと思えるような穏やかさがあり、落ち着いたハンドリングが雨の中で安心感を生み出している。
強靭な心臓部であるのに扱いやすい

ベースとなっているのはCB1000ホーネット。スーパースポーツCBR1000RR(SC77/2017年式)譲りの心臓部であることを考えれば、雨の中もお手上げにならず、アクセルを開けて楽しめる扱いやすさを持つエンジンに仕上げられていることは、見事としか言いようがない。

まずこれは、低中回転寄りにした専用設計のカムシャフトによる恩恵が大きく、さらにまた位相バルブの影響も忘れてはならない。
CB1100にも採用された位相バルブは、1番・2番のシリンダーと3番・4番のシリンダーでバルブタイミングをずらし、滑らかなだけではない表情のある回転フィーリングをつくり出している。
4つのピストンが同じように動けばスムーズであるのは当然だが、人の感じる燃焼の“ズレ”という感覚的なフィーリングに着眼点を置き、開発・設計されたものだ。
独特のドロドロとした粘りがあり、そのばらつきは堂々たる重厚感や優れたトラクション性能をもたらし、低回転から高回転まで谷のないトルク特性を獲得している。

3速まではCB1000ホーネットよりローレシオ化され、スロットルレスポンスとダッシュ力は強烈だ。
ストップ&ゴーを繰り返す市街地でのトルクフルな特性と、高速クルージングでの落ち着きを兼ね備えられるよう、2次減速はロングに設定され、ワイドレシオになっていることがCB1000Fのオールマイティな特性を強調している。
鼓動感のある排気音も注目に値する。パルス感のあるサウンドのベースは、左右2気筒ごとにずらしたバルブタイミングによる排気圧から得られるものだが、3室構造のマフラーがこれを調律し、官能的な直4サウンドを奏でている。

低速域ではジェントルだが、スロットルを開けていくにつれて迫力が増す。そこに吸気音も混ざって、脳に直接響く。
ファンネル長をCB1000ホーネットから50mm延ばして140㎜とし、最小絞り径をφ42からφ36にした。細くすることで流速が上がり、トルクが増す。
位相バルブの採用に合わせて、入口径は左右2気筒ごとにそれぞれφ50、φ40と個別に設定した。スロットル操作に呼応する鼓動感のある吸気音を演出しているから耳障りがいい。

味付けに明確な差別化があるライドモード

6軸IMUを搭載し、スロットルバイワイヤシステム(TBW)による最新の電子制御技術がCB1000Fには用いられている。
エンジン出力をはじめ、トルクコントロールやエンジンブレーキレベルの異なる3つライディングモードがデフォルトで設定されていて、キャブレター車のレスポンスをイメージしたのが「STANDARD」モードだ。
走行シチュエーションを限定しない乗りやすい特性にまとめられていて過不足がない。

スロットルワークへの応答性を高めたビッグバイクらしいパワーフィールを強く感じるのが「SPORT」で、胸のすく加速が味わえた。スーパースポーツに由来する強靭なエンジンが姿を現し、ライダーのリクエストに十分以上の力で応えてくれる。
乾いた路面では「SPORT」を多用した。ワインディングでは短い直線もしっかりと加速できて、かえってコントロールしやすい。

「RAIN」モードは穏やかなパワー特性で、トルクコントロールが強く介入し、滑りやすい路面での安心感を高めた。
雨の中の撮影時に重宝したが、過剰にもたつくことがないので穏やかに走りたいときに使える。ツーリングの帰路など、出番は多そうだ。

さらにライダー自身の好みでそれぞれの段階を決められる「USER」モードを2つ備えているから雨と晴れ、2日間をかけていろいろな組み合わせを試した。
トルクコントロールを強く効かせながら、出力レベルを上げるなどすれば、ウェット路面でもアグレシッブな走行をもたらしてくれる。
走行シーンの撮影時はあいにくの雨とガッカリしたが、CB1000Fの扱いやすさを悪天候だからこそ存分に味わうことができた。
それは電子制御の巧みさだけでなく、素の設計が持つ完成度の高さを感じるものであり、高い万能性がCB1000Fには備わっている。
雨の日もたっぷりと乗ることができたからこそ、オールマイティであることの素晴らしさがよくわかった。
主要諸元
| 通称名 | CB1000F | CB1000F SE | |
| 車名・型式 | ホンダ・8BL-SC94 | ||
| 全長×全幅×全高 | (mm) | 2,135×835×1,125 | 2,135×835×1,170 |
| 軸距 | (mm) | 1,455 | |
| 最低地上高 | (mm)★ | 135 | |
| シート高 | (mm)★ | 795 | |
| 車両重量 | (kg) | 214 | 217 |
| 乗車定員 | (人) | 2 | |
| 燃料消費率※3(km/L) | 国土交通省届出値定地燃費値※4(km/h) | 26.0(60)<2名乗車時> | |
| WMTCモード値★(クラス)※5 | 17.9(クラス3-2)<1名乗車時> | ||
| 最小回転半径 | (m) | 2.8 | |
| エンジン型式・種類 | SC94E・水冷 4ストローク DOHC4バルブ直列4気筒 | ||
| 総排気量 | (㎤) | 999 | |
| 内径×行程 | (mm) | 76.0×55.1 | |
| 圧縮比 | ★ | 11.7 | |
| 最高出力 | (kW[PS]/rpm) | 91[124]/9,000 | |
| 最大トルク | (N・m[kgf・m]/rpm) | 103[10.5]/8,000 | |
| 燃料供給装置形式 | 電子式<電子制御燃料噴射装置(PGM-FI)> | ||
| 使用燃料種類 | 無鉛プレミアムガソリン | ||
| 始動方式 | ★ | セルフ式 | |
| 点火装置形式 | ★ | フルトランジスタ式バッテリー点火 | |
| 潤滑方式 | ★ | 圧送飛沫併用式 | |
| 燃料タンク容量 | (L) | 16 | |
| クラッチ形式 | ★ | 湿式多板コイルスプリング式 | |
| 変速機形式 | 常時噛合式6段リターン | ||
| 変速比 | 1速 | 2.642 | |
| 2速 | 1.941 | ||
| 3速 | 1.583 | ||
| 4速 | 1.333 | ||
| 5速 | 1.137 | ||
| 6速 | 0.967 | ||
| 減速比 | (1次★/2次) | 1.717/2.812 | |
| キャスター角(度)★/トレール量(mm)★ | 25°00´/98 | ||
| タイヤ | 前 | 120/70ZR17M/C (58W) | |
| 後 | 180/55ZR17M/C (73W) | ||
| ブレーキ形式 | 前 | 油圧式ダブルディスク | |
| 後 | 油圧式ディスク | ||
| 懸架方式 | 前 | テレスコピック式(倒立サス/ビック・ピストン・フロントフォーク) | |
| 後 | スイングアーム式(プロリンク) | ||
| フレーム形式 | ダイヤモンド | ||
■道路運送車両法による型式指定申請書数値(★の項目はHonda公表諸元)
■製造事業者/本田技研工業株式会社
(※3)燃料消費率は定められた試験条件のもとでの値です。お客様の使用環境(気象、渋滞など)や運転方法、車両状態(装備、仕様)や整備状態などの諸条件により異なります。
(※4)定地燃費値は、車速一定で走行した実測にもとづいた燃料消費率です。
(※5)WMTCモード値は、発進、加速、停止などを含んだ国際基準となっている走行モードで測定された排出ガス試験結果にもとづいた計算値です。走行モードのクラスは排気量と最高速度によって分類されます。

