Porsche 911 F-series
残された「やりたいことリスト」

70歳となった今、ジェフ・ズワートの「やりたいことリスト」に残された項目は、そう多くはない。数々の受賞経験を持つコマーシャル監督の彼は、ポルシェ 911でパイクスピーク・ヒルクライムにポルシェをに参戦したり、空冷ポルシェをテーマにしたイベント「ルフトゲクルト(Luftgekühlt)」を主催するなど、多方面で活躍してきた。
私生活では米国・コロラド州の牧場にある自宅で過ごし、息をのむような雪景色、美しいポルシェ、そして愛するバーニーズ・マウンテン・ドッグの写真をSNSでフォロワーと共有している。
だが、そんなズワートにも、ときおり抑えきれない衝動が湧き上がることがある。初めてサファリラリーの存在を知ってから50年以上を経た今、「これまでで最も過酷なイベント」として知られる伝説的なイーストアフリカン・サファリ・クラシック・ラリーへの挑戦を決意。ラリー仕様に仕立てられたクラシカルなポルシェ 911と共にアフリカの大地ヘ向かった。
夢のクルマで憧れのサファリラリーへ

様々なラリーやレースを経験してきたズワートにとっても、イーストアフリカン・サファリ・クラシック・ラリーの過酷さは別物だったようだ。2025年大会は9日間にわたり、極めて厳しい地形を舞台に2220kmの競技区間を走破。茹だるような酷暑、まとわりつく泥や砂塵、想像を超える川渡り、そして野生動物が容赦なくクルーの集中力を試してくる。
「高校生の頃、サファリラリーの記事を読んで、いつか必ず走りたいと思っていました。学生時代と同じ時代のクルマで、この場所を走れることが、今回の体験をいっそう特別なものにしてくれました」と、ズワート。
経験豊富なコ・ドライバーのアレックス・ジェルソミーノとともに、今回のラリーを総合17位で完走。約60台が名を連ねたエントリーリストのうち、半数以上がシュトゥットガルトで製造された911であり、優勝を果たしたハリー・ハントとコ・ドライバーのスティーブ・マクフィーも911をドライブした。
WRCからヒストリックカーイベントへ

イーストアフリカン・サファリ・クラシック・ラリーの起源は、1953年にまで遡る。英国のエリザベス2世女王の戴冠を祝して創設されたイースト・アフリカ・サファリ・ラリーは、ケニア、ウガンダ、タンザニアを横断し、過酷な地形が延々と続く中で競技者を限界まで追い込んだ。
世界ラリー選手権(WRC)の開催から離れた2003年、ヒストリックカー愛好家向けのイベントとしてイーストアフリカン・サファリが復活(現在、サファリラリーはWRCイベントとしても開催)。現在は2年に一度開催され、今回はディアニ、ヴォイ、アンボセリの大自然を舞台に、キリマンジャロ山を望む壮大な景観の中で行われた。
スタートからフィニッシュまで厳しいコンディションがクルーに襲いかかり、かつてのサファリラリーと同様、地球上で最も過酷なイベントとして広く認識されている。今回、スペアパーツや工具を満載した初期型911 Fシリーズで初参戦したズワートも、その評価に異論はなかったようだ。
「1970年代当時から、世界で最も過酷な自動車競技だと言われていましたが、今でもそれは変わっていないと思います。本当に路面が荒れていて、スピード域も高く、コース上には野生動物がたくさんいましたから(笑)」
「まさに絶景と呼ぶに相応しい光景でした。そして、ライバルやサポートクルーも皆、本当に最高の雰囲気でラリーを楽しんでいました。クラシック911に乗っていると、まるで我が家にいるような気分になります。毎日、911が、見事にこのコンディションを走りこなしてくれるかにも驚かされましたね」
ケン・ブロックの相棒との参戦

シマウマやゾウといった野生動物たちに加え、このラリーをズワートにとって特別なものにしたもうひとつの要素が、隣のシートに座る人物だ。2022年大会で、世界的に有名なドライバーでありドリフターでもあった故ケン・ブロックとともに参戦した際のコ・ドライバー、アレックス・ジェルソミーノである。
「以前、ケン(ブロック)とこのラリーについて話したことを覚えています。彼は『ジェフ、このラリーは絶対に走るべきだ』と、言っていました。今回、アレックスをコ・ドライバーに迎えられたことは、ひとつの“サークル”が閉じたような感覚があります。彼は本当に素晴らしい仕事をしてくれましたし、ふたりとも感情が込み上げる瞬間がありました」
大会3日目にサスペンションを損傷し、さらに最終日前日にはトランスミッションのトラブルにより、ステージのほぼ40kmを1速のみで走ることになった。それでもタイムロスを最小限にとどめ、クルマは「信じられないほどのダメージ」を受けながらも、インド洋を望むビーチでのセレモニアルフィニッシュに先立ち、フィニッシュラインを越えた。
疲労困憊ながらも高揚感に包まれたズワートは、“人生最高の冒険”となったこの体験を噛みしめながら、次のように振り返った。
「間違いなく、これまでで最もタフなイベントでした。でも、あらゆる意味で挑戦に満ちていて、チャレンジして本当に良かったと思っています。ただ、これだけの暑さと湿気を経験した後ですから、我が家で雪の世界に戻れるのが楽しみですね(笑)」
