
パジェロには、説明不要の迫力があった。
大きくて、角ばっていて、いかにも頑丈そう。その姿を見ただけで、「これは強いクルマだ」と直感的に理解できた。「かっこいい」とか「速そう」とか「スマート」だとか、性能やスペックを知らなくても関係ない。見た目だけで、すでにパジェロという物語は完成していた。

「強い」という一言は、子どもには問答無用の説得力だ。「何をもって“強い”と言うのか?」などという大人の問いかけ自体、ナンセンスだ。「ジープやランクルなんかはどうなの?」という重箱の隅のような問いも然りだ。当時の人気テレビ番組で、スタジオの番組観覧者から熱狂的に名前を連呼されたパジェロの知名度は、子どもには圧倒的だったからだ。
街で姿を見かけると、大人だって少しだけ視線を向けてしまう。パジェロには、そんな力があった。ほかのクルマとは違い、「移動の道具」というよりも、「頼れる存在」としてそこにある。言い換えれば「圧倒的な父性」。子ども心にも、その特別さははっきりと伝わってきた。

実際には、一般家庭で購入された自家用車としてのパジェロの使い道は、ほとんどが街乗りだったという。舗装路しか走らず、岩場を越えることも、川を渡ることもない。それでも不思議と違和感はなかった。パジェロは、使い方よりも“存在そのもの”が重要なクルマだったからだ。
家の駐車場にパジェロがあるだけで、どこへでも行けそうな気がした。行かないし、行く予定もない。それでも「行ける」という余白がある。それこそが、一般家庭でのパジェロの立ち位置であり、価値だったのだろう。
実際、パジェロが自家用車だったのは、町内の開業医の息子だった。彼はそれだけで一躍、クラスのヒーローになったが、彼の口からはパジェロに乗って、家族でアウトドアレジャーに行ったという話は聞いたことがなかった。子どもは現金なもので、彼に頼んでパジェロに乗せてもらったことがある。運転したのは彼の母親だ。

車高が高く、子どもでは乗り込むのにちょっと苦労した。しかし、シートに座れば自然と視線は高くなり、前方を見下ろすような感覚は、象の背中にでも乗ったようだった。こんな感覚は他のクルマでは味わえなかった。そして乗るたびに、少し気持ちが引き締まる。「ちゃんと座ろう」「ちゃんと振る舞おう」。子ども心にもそんな感覚が、自然と生まれる。パジェロは、乗る者の姿勢まで変えてしまう力を持っていた。

ドアを閉める音も重厚で、軽く叩いただけではびくともしないような安心感があった。これなら怪獣とだって戦える。自衛隊で使用していた73式小型トラックの後期モデルが、この2代目パジェロがベースだったと知るのは、もう少し後のことだ。
パジェロは子どもにとっては、完全に冒険の乗り物、非日常の乗り物だった。たとえキャンプに行かなくても、山に入らなくても、パジェロに乗っているだけで、どこか遠くへ向かっている気分になれた。後席に座りながら、窓の外を眺めているだけで、勝手に想像が膨らんでいく。
パジェロと言わずRVの宿命みたいなものだが、大人にとってみれば、燃費が良いわけでも、取り回しが楽なわけでもない。狭い駐車場ででは気を使うし、維持費だって安くはない。それでも、当時はそれが許されていた。「強そうなクルマ」に乗ること自体に、はっきりとした価値があったからだ。
今思えば、パジェロは“時代の空気”をそのまま形にしたようなクルマだった。強さ、大きさ、頼もしさ。そうしたものに素直に憧れることができた時代。その象徴が、パジェロだったのだと思う。
好景気による万能感に支えられた、あの頃の日本の「強さ」への憧れを、これほど分かりやすく、これほど正直に体現したクルマは、他に思い当たらない。家にあったという記憶そのものが、今でも少し誇らしい。そんな一台だ。




