ヨーロッパで電車移動に挑戦する

2025年、筆者はMotoGPを取材するために5月から9月にかけてヨーロッパに滞在しながら各グランプリを転戦していた。こうした生活をするようになって3年目だが、今年は意識したことがある。それは、「電車移動にチャレンジする」ことだ。

海外の滞在期間が長いので、よく様々な国に行って、観光地と呼ばれる場所やその土地のグルメを堪能……しているように思われがちなのだが、実際にはそんなことはない。筆者はMotoGPを取材するために海外に行っていて、サーキットでMotoGPを取材する以外は、たいていどこかの街に滞在して、部屋にこもって記事を書いている。外出したり、美味しいごはんに舌鼓を打ったりする時間もお金もないのである……残念ながら。

ただ、もちろん、せっかく海外にいるので、こういう生活はもったいないなあ、と感じていた。そこで、今年はできるだけ電車で移動してみよう、と思ったわけだ。少なくともクルマで移動するよりも、ずっとその土地に住む人々を感じられる。風景などもゆっくりと堪能できる。何より、筆者は電車旅が好きだ。海外での電車旅に興味があったのである。

とはいえ、日本の電車旅と同じように考えるわけにはいかない。まず、安全性。どの国、どの都市でもというわけではないけれど、日本よりも電車では気を付けなければいけないことが多い。だから、筆者は基本的に海外の電車では寝ない。それでも、イタリアのフィレンツェでトラムに乗っているとき、うっかりしていた筆者は、パスポートをすられたのだが。

それから、ホーム。あるときフランスのパリで電車に乗ろうとしたとき、待合室に表示されている時刻と行き先、ホームを確認してそこに行ったら、隣のホームから乗ろうとした電車が発車して乗り損ねたことがある。驚いて確認すると、どうやら直前にホームが変更されたらしい。日本でも遅延などが発生したときにはたまにあるが、ヨーロッパではこういうことが当たり前にある。電車旅はその土地の雰囲気を味わえるのだけど、なかなかスリリングだ。

もちろん、日本では経験できないこともある。オーストリアのザルツブルグに滞在したあと、ドイツのミュンヘンに電車で移動した。つまり、電車で国境を超えたのだ。これまでに飛行機でしか国境を超えたことがなかったので、どんな風だろうとわくわくしていたのだが、拍子抜けするほどあっけなかった。何かのアナウンスがあるわけでもないし、それを示す看板もない。EU圏内なので入国、出国審査もない。周りの乗客は国内移動のように当たり前の顔をして座っている。オーストリアとドイツはともにドイツ語を使用するので、車内アナウンスの言語が変わることもない。海を超えることでしか国外に行けない日本人としては、この「ボーダーレスの越境」はなかなかに衝撃だった。

ザルツブルグの駅。ここからミュンヘンへ移動した©Eri Ito
時刻表。下部には列車の等級(一等、二等)が表示されている©Eri Ito

2025年の電車旅のなかでもとりわけ大変だったのは、イタリアのボローニャでの遅延である。ヨーロッパでは電車の遅延なんて当たり前だ、と思うかもしれない。筆者もそう考えてスケジュールを組んでいる。しかし、このときばかりはとんでもない遅延だった。乗る予定だった電車が、なんと2時間30分も遅れたのだ。

この日、筆者はサンマリノGPの取材を終えてボローニャ空港でレンタカーを返却し、ボローニャ中央駅からミラノ中央駅までItalo(イタリアの高速鉄道)で移動する予定だった。乗車券は1万円弱だったと記憶している。50ユーロくらいだった。現在は円安なので高く感じるけれど、200kmほどの距離を1時間程度で移動できると考えれば、日本の新幹線と同じくらいの価格帯だろう。

さて、チケットを購入してホームに向かおうと時刻表を確認すると、ミラノ中央駅行きの電車が遅延していた。よく見てみると、その他の行き先の電車は、多少の遅延はあれど動いていた。どうやらミラノ中央駅行きの電車が軒並み遅延しているようだった。遅延の時間は30分の表示から1時間になり、1時間30分になり、ついに2時間になった。結局のところ、2時間30分も待って、ようやく電車がやってきた。いや、ちゃんと電車が来ただけよかったのかもしれない。

ボローニャ中央駅のホームにあった時刻表。「delay」の部分に遅延の時間が表示されている©Eri Ito

ミラノのマルペンサ空港から帰国のフライトだったのだが、幸い、フライトは翌日だった。おかげで遅延しても問題なかったのだが、電車移動とフライトを同日にするのは危険だな、とあらためて認識した次第である。

余談ではあるが、このときのフライトも大幅に遅延した。上海行きのフライトが1時間30分ほど遅れ、上海で成田空港行きの便への乗り換えに間に合わず、1泊する羽目になった。とんでもなく大変だったが、トラブルというのは、そのときは疲労困憊で「もう経験したくない」と思うのに、思い出すと「こんなこともあったなあ」と愉快に思えるから不思議だ。トラブルのない旅などないのだから、旅というのは「そういうもの」なのかもしれない。

2025年は電車移動に挑戦したおかげで、これまでにないものを見たり、感じたりできたと思う。2026年も、MotoGP取材の合間に、できるだけ電車移動にチャレンジするつもりだ。もちろん、時間にはしっかりと余裕をもったスケジュールを立てて。