日産AP-Xが描いた未来のフェアレディZ

デトロイト、ジュネーブ、フランクフルト、パリ、そして東京モーターショーが隆盛を極めていた時代、コンセプトカーは、モーターショーの華だった。バブル経済が崩壊した後の1993年の東京モーターショーに出品された日産のスポーツカーコンセプト、AP-Xも例外ではない。
東京モーターショーに先立つフランクフルト・モーターショーでワールドプレミアされた日産AP-Xは、「日産の21世紀のサルーンカーのフィロソフィを体現するクルマ」として注目を集めた。

流麗なスタイルと先進のテクノロジー。当時のスポーツカーコンセプトは、大衆の憧れの対象だったのだ。
日産AP-Xのボディサイズは
全長×全幅×全高:4435mm×1800mm×1220mm
ホイールベース:2570mm
エンジンは、「VQ-X」とされていた。
サスペンションは前後マルチリンク式。
これは要するに当時のフェアレディZをベースにしたコンセプトだったのだ(と思う)。

当時のフェアレディZは、4代目、Z32型である。当時のフェアレディZは、2シーターと2by2(カタログ上は4シーター)の2仕様が存在した。AP-Xのベースとなった(と思われる)のは、2by2である。
4代目Z32フェアレディZ 300ZX 2by2
全長×全幅×全高:4525mm×1800mm×1255mm
ホイールベース:2570mm
エンジン:VG30DE
サスペンション:Fマルチリンク式/Rマルチリンク式
見比べてみよう。


当時のフェアレディZは2シーターの方が圧倒的にカッコよかったものの、使い勝手で上回る2by2が売れていた時代だった。見比べるとやはり2シーターの方がスタイリッシュだ。
やや間延びしていたZ32フェアレディZ 2by2(といってもカッコいいのだが)をベースにAP-Xをデザインしたのは、イタリアの鬼才、マルチェロ・ガンディーニである。
ガンディーニといえば、ランボルギーニ・ミウラ、そしてカウンタック、ランチア・ストラトス、シトロエンBXなど数々の名車をデザインした伝説のカーデザイナーである。





AP-Xもガンディーニらしいデザインだ。リヤフェンダーの上部を斜めに処理するのはガンディーニならでは。AP-Xもそうなっている。
ガンディーニは1981年のマツダ・ルーチェの試作車をデザインしているが、1990年代になぜ日産がガンディーニにデザインを依頼したかはいまとなってはわからない。






VQ型V6エンジンとトロイダルCVT





1993年の東京モーターショーに日産はAP-Xのほかにも「AQ-X」「ラシーン」「次期型スカイラインGT-R(つまりR33型)」「ミストラル」などを出展している。
AP-XのエンジンはVQ-X型V6エンジンを搭載するとされていた。
当時のZ32フェアレディZはVG型V型6気筒DOHCを搭載していた。

AP-Xが搭載するとされたVQ型V6エンジンは、VG型の後継となるエンジンだったのだ。ともにバンク角は60度。
VG30DE:ボア×ストローク 87.0mm×83.0mm
VQ30DE:ボア×ストローク 93.0mm×73.3mm
だった。VQ型は排気量で2.0L/2.5L/3.0L/3.5L、自然吸気/ターボなど多くのバリエーションを持つ日産の主力エンジンへ成長していく。
AP-Xのトランスミッションは、当時夢の変速機と言われた「トロイダルCVT」の搭載を想定した。
トロイダルCVTは日産とジヤトコが共同開発し、1999年にY34型セドリック/V35スカイラインに「エクストロイドCVT」の名前で採用されたが、コストの高さ故にそれ以上採用されることなく消えてしまった。


つまり、AP-Xは日産が1990年代に夢見た次期フェアレディZのあるべきカタチだったのである。
5代目フェアレディZ(Z33型)は、VQ35型3.5L・V6エンジンにコンベンショナルな5速ATを組み合わせて2002年にデビューした。ボディタイプも2by2は姿を消し、2シーターのみとなった。


