驚異の急勾配スパ・フランコルシャン「オー・ルージュ」

世に点在する伝説的コーナー。その代表格とも言えるのがベルギーの「スパ・フランコルシャン サーキット」の「オー・ルージュ」だ。
1939年に現在の基礎が作られ、その後も何度かの改修を経たこのコーナーは、急な下り坂から始まり、谷底から一気に上り詰める独特の地形を持つ。
オー・ルージュの驚異は、そのGの変化にある。F1マシンはここを通過する際、谷底の垂直方向にかかる最大2.5Gに加え、頂上部の上向きにかかる約0.5Gをわずか数秒の間に体感する。これに横方向のG力が加わると、複合的には約5Gもの負荷がかかる計算だ。
ロケット打ち上げ時、宇宙飛行士にかかるのが3G程度と考えると、この急勾配によって生まれる断続的な高負荷は計り知れない。
高速でのコーナリングが魅力の鈴鹿サーキット「130R」

このような印象的なコーナーは国内にも存在する。三重県鈴鹿市にある「鈴鹿サーキット」の「130R」だ。その名称はコーナーの曲率半径130メートルに由来するもので、F1マシンがほぼ全開で攻めることができる高速コーナーとして知られる。
ドライバーは時速310km近くで進入し、最大で4Gもの負荷に耐えながら走行する。わずかなステアリング操作の誤りが大事故につながることもあり、F1ドライバーの精密な運転技術と高速でのコーナリングを体感できるのが魅力だ。
このような伝説とされているコーナーが難しいとされる理由は、技術的な要素だけではない。高速コーナリング時の遠心力は、速度の2乗に比例して増加する。つまり、速度が2倍になると遠心力は4倍にもおよぶ。ドライバーはこの強大な負荷と常に戦いながら、限界状態でマシンを緻密にコントロールする技術が求められるのだ。
最強の複合コーナーとされるシルバーストン「マゴッツ・ベケッツ・チャペル」

モータースポーツの聖地として知られるイギリスの「シルバーストン サーキット」には「マゴッツ・ベケッツ・チャペル」という複合コーナーがある。1948年に初めてF1レースが開催されたこのサーキットのハイライトとも言えるセクションだ。
この複合コーナーの特徴は、左右に連続して曲がるS字の形状にある。F1マシンは時速300km以上でこのセクションに進入し、素早く左右に体重移動を繰り返しながら通過する。
物理学的には、車体の横方向の重心移動が連続して起こるため、サスペンションとタイヤへの負荷が極めて高い。マゴッツとベケッツのコーナーでは、約6秒間ドライバーには常に3G以上、最大で6.5Gもの負荷がかかるという。
この6.5Gという数字は、戦闘機の急旋回時の負荷をも上回る。パイロットが耐Gスーツを着用していると考えると、F1ドライバーが持つこの負荷に生身で耐える身体能力の凄まじさが理解できる。
低速ながら技術が要求されるモンテカルロ市街地コース「ローズ・ヘアピン」

難易度の点で挙げるならばモナコ「モンテカルロ市街地コース」の「ローズ・ヘアピン」も負けていない。およそ180度の角度がついたローズ・ヘアピンは、F1コースの中でもで最も速度が遅くなる場所の一つとして知られており、曲がるためには時速約50kmまで減速する必要がある。
侵入速度が低速であるにも関わらず、その舵角の大きさから、物理学的にはタイヤのスリップ角が増大し、グリップの限界に達しやすいという特性を持つ。
これらのコーナーには、単に速度だけでなくリズムと精密さが求められる。ドライバーはブレーキング、旋回、アクセル操作を完璧に行うのはもちろん、物理法則と対話しながら最良のラインを探し出す必要があるのだ。
移り行くモータースポーツ。地形を生かしたコースから安全性を考慮した設計へ
モータースポーツの歴史とともに、サーキットのコーナー設計も進化を続けている。かつては純粋に地形に沿って作られていたが、現代においては安全基準やレースの面白さを考慮して設計されたコーナーが主流だ。
最近の例としてアブダビ「ヤス・マリーナ・サーキット」が挙げられる。2009年に完成したこの現代的サーキットでは、コンピューターシミュレーションを駆使して理想的なコーナーが設計された。

特に第3セクターの連続するコーナーは、意図的に追い越しの機会を増やすよう設計されている。物理学の知識を活用し、ドラフティング(空気抵抗の低減)が生まれやすいレイアウトになっているのだ。
一方、レースの安全性向上も重要な課題となっている。2023年には、FIA(国際自動車連盟)が高速コーナー周辺のランオフエリア(逸脱時の安全地帯)の拡張を推進。現代のF1マシンが事故で停止する際の減速度は最大で5Gに達することもあるため、十分な制動距離の確保が不可欠なのだ。
そんなモータースポーツの未来は、バーチャルシミュレーションとリアルデータの融合にある。ドライバーはレース前にシミュレーターで何百周もの走行を重ね、実際にコースを走行する前に最適なラインを見つけ出す。
しかし、実際のレースでは天候やタイヤの摩耗といった変数が加わり、一瞬の間に理論と現実の狭間での判断を迫られる。この限界への挑戦こそが、レースを面白くする要素であり、モータースポーツの醍醐味なのだ。
