新人類は目利きの世代

初代ムーヴの登場から30年余り。子育て層の需要がタントなどスーパーハイト系に移行するにつれ、ムーヴを買うのは子育てを卒業した子離れ層が中心になってきた。先代=6代目では6割近くが子離れ層だったという。新型はそこにターゲットを定めた。

戸倉宏征チーフエンジニア。内装設計のベテランで、デザイナーからの信頼も厚い。

6月5日の発表会で登壇した製品企画部チーフエンジニアの戸倉宏征さんは、子離れ層を「目利きの世代」と表現していた。その後あらためて聞くと、「一般的な言い方をすれば、新人類と呼ばれた世代」とのこと。新人類世代の年齢に確たる定義はないが、おおむね1950年代末から60年代末に生まれた人たちなので、現在は60歳前後ということになる。

新人類世代が社会人になり始めた80年代、彼らは年長の上司にとって、価値観がまったく違う存在だった。その戸惑いから生まれたのが「新人類」という言葉で、86年には新語・流行語大賞に選ばれている。85年にバブル経済が始まり、それと共にハイソカーブームが沸き起こったとき、その一翼を担った世代でもある。つまりバブル経済を体感し、良いモノを知っている世代。だから戸倉チーフエンジニアは「目利きの世代」と表現したわけだ。

そんな企画サイドの狙いに対して、デザインはどう取り組んだのか? 「軽自動車は生活に根ざしたクルマだから、ロングライフで飽きの来ないデザインにしなくてはいけない」と、デザイン部の皆川悟部長。それを大前提として、今回の新型ムーヴでは「良いモノを見極めてきた世代の価値観に応えながら、それと(ハイトワゴンとしての)利便性を両立させることを追求した」と語っている。

ハイトワゴンをスタイリッシュに!

新型ムーヴのデザインコンセプトは「動く姿が美しい、端正で凜々しいデザイン」。戸倉チーフエンジニアは「スタイリッシュ」という言葉も使うが、自動車においてスタイリッシュとは何かと言えば、まさにこのコンセプトに書かれた言葉がその説明になるだろう。

ほぼ最終段階のスケッチ。背の高いプロポーションに、いかに動きを表現するか? バンパーの黒い三角形ガーニッシュをホイールアーチまで延ばしたのも、その工夫のひとつだ。

新人類世代が若い頃にブームだったハイソカーの主流はトヨタのマークIIなど、キャビンがコンパクトで伸びやかなプロポーションを持つ4ドア・ハードトップ。彼らはこういうクルマらしいカッコよさ、言い換えればスタイリッシュなデザインを好む素地を持っている。新型ムーヴのデザイナーがそこを目指したのは、これはもう必然としか言いようがない。

シュッとした精悍な顔つき、ボディサイドの肩口を勢いよく突き抜けるキャラクターライン、そして垂直尾翼のようなリヤピラー。新型はなるほどスタイリッシュだ。しかしこれはハイトワゴン。ましてやスライドドアの採用に伴って全高が先代より上がっている。「動く姿が美しい」を表現するには条件が悪いが、デザイナーたちはそれを克服した。

ベルトラインとその下のキャラクターラインは、控えめながらウエッジさせている。

パッケージングはムーヴ キャンバスがベース。ドラポジだけでなく、カウル=ウインドシールド下端線の位置もキャンバスと共通だ。それを守りながら、Aピラーの傾斜をキャンバスより強めた。キャンバスでは水平のベルトラインも、スライドドアのガラスやそれに付随する設計をキャンバスと共通化できる範囲で少しウエッジさせている。

Aピラーの根元からヘッドランプの内側に向けてシャープな折れ線を延ばしたのは、短いボンネットに前後方向の勢いを表現するため。リヤピラーを垂直尾翼風にしたのも、グラスエリアがその上を抜けていくことで長さ感を見せる工夫だ。こうした随所の工夫が相俟って、誰もがひと目でスタイリッシュと感じられるデザインが生まれているのである。

カスタム廃止という歴史的大転換

新型のデザインは基本的に一種類。もはやムーヴ カスタムは存在しない。昨今の軽自動車では標準系とカスタム系の二本立てにするのが常識のようになっているが、その原点は初代ムーヴだ。初代の途中で追加されたカスタムは、「裏ムーヴ」という刺激的なキャッチフレーズも功を奏して大成功した。

カスタムを始めたムーヴがカスタムをやめた! この歴史的な大転換には、どんな事情があったのか? 戸倉チーフエンジニアはふたつの理由を挙げる。

「30年前のダイハツ(の軽乗用車)にはミラとオプティ、ムーヴしかなかったので、お客様の多様なニーズに応えるためにムーヴ カスタムを投入した。今はイース、タフト、ムーヴ、ムーヴ キャンバス、タントと5車種あり、タントにはタント カスタムとタント ファンクロスもある。お客様ニーズにきめ細かく応えられているので、ムーヴ カスタムの役割が希薄になってきた」

「もうひとつは、スーパーハイト系が市場の主流になってきた。ムーヴも全盛期は月販1万数千台の規模があったが、近年はそのボリュームがタントに移り、ムーヴは5〜6000台というところ。標準とカスタムを作り分けるのは、ちょっと違う」

皆川悟デザイン部長(左)とエクステリア担当の川合徳明主任。

デザイナーの声も聞いてみた。皆川デザイン部長は「お客様の嗜好を分析した結果、良いモノを作れば、これまでカスタムを選んでいたお客様にも買っていただけるはずと考えた」。エクステリアを担当したデザイン部ビジョンクリエイト室主任の川合徳明さんは、「かつては標準とカスタムでお客様が違っていたが、先代ではその違いが薄れていた」。つまり標準もカスタムも子離れ層がメインになって、作り分ける必要がなくなったというわけだ。

全車がカスタム顔?!

初代〜2代目のムーヴが成功してダイハツの主力車種になった後、ムーヴをベースにした派生車が次々に登場。3代目ベースのムーヴ ラテ、4代目ベースのムーヴ コンテ、そして6代目ベースのムーヴ キャンバスだ。キャンバスは2022年、ムーヴ派生車としては初めてフルチェンジされて2代目になった。

ムーヴ派生のキャンバスが基幹車種に成長した。その原動力のひとつだったスライドドアを新型ムーヴも採用する。しかも2代目キャンバスは初代にはなかったターボをラインナップしている。デザインによる棲み分けが重要になるわけだが、女性ユーザーの多いキャンバスに対して、新型ムーヴは男性向けにデザインしたという単純な話ではないという。

「奥様がムーヴを運転されるケースも当然あるので、男女どちらにも似合う仕立てにした」と川合さん。一方で2代目キャンバスは内外装の仕様が「ストライプス」と「セオリー」の二本立て。「セオリー」は男性にもアピールするデザインだ。それを踏まえて皆川デザイン部長は、「キャンバスが女性向けでムーヴは男性向けというステレオタイプな棲み分けではなく、どちらもご夫婦で共有していただけるようにデザインしている」と強調する。

左がRS、右はX。どちらも精悍で凜々しい顔付きだ。

新型ムーヴは「動く姿が美しい」をキーワードとするデザインによって、スタティックなキャンバスと棲み分ける。顔付きも癒やし系のキャンバスとは正反対に凜々しい表情だ。つまり新型は、カスタムを廃止したというよりむしろ、全車をカスタム顔にしたのでは? そう問うと戸倉チーフエンジニアは、「少しカスタムに寄せた」との答えだった。

そのなかでも上級のRS/Gグレードはグリルからヘッドランプへクロームモールを延ばし、より精悍な眼付き。X/Lについて戸倉チーフエンジニアは、「ハロゲン・ヘッドランプに割り切ろうとも考えたが、反射鏡のサイズが足りない。それを広げるとデザインが崩れてしまうので、LEDにした」とのこと。ちなみに内蔵のターンランプもLEDである。

機能を作り込んだインテリア

「スタイリッシュ」はインテリアには当て嵌まりにくい言葉だ。では、新人類世代にどうアピールしようと考えたのか? プロダクトクリエイト室主担当員でインテリア全体のまとめ役を務めた門田寛仁さんは、「目の肥えたお客様に向けて、質感を高めたい。そのためにディスプレイやカップホルダー、レジスター(ベントグリル)などの機能部品をしっかり造り込んだ上で、それらをつなぐようにデザインした」と語る。

インテリア全体をまとめた門田寛仁主担当員とインパネのデザインを提案した田辺竜司主担当員。

これまではインパネ全体のイメージを作り、そこに機能部品を配置していくという手法だったが、門田さんによれば、「軽の寸法のなかでは(機能部品の)場所の取り合いになってしまって、お客様が求める質感を表現するのが難しかった」とのこと。「そこで今回は、あるべき場所にあるべき姿で機能を配置することから始めた」

インパネを手掛けたビジョンクリエイト室主担当員の田辺竜司さんは、「今回はスライドドアを採用することもあって、より実利を求めるお客様に響くクルマにしたい。カップホルダーやスマホ置き場など、当たり前に使うものをきちんと主役として扱おうと考えた」。そしてこう続ける。

「お客様が使うものを誠実に作って、そこに目が向くようにする。ただし賑やかになりすぎるのは避けたいので、機能と機能をつなぐところに水平の軸を通すと共に、凝縮感を見せる部分と抜けのよい部分の粗密のバランスを意識しながらデザインした」

田辺さんが描いたインパネの最終スケッチ。カップホルダーやセンターのスマホトレイを主役にしたデザインだ。

インパネの両端にレジスターとカップホルダーとセットで配置。カップホルダーは「使ってください」とばかりに手前にグッと突き出た形状で、しかもそれを加飾で縁取っているから自ずと視線を引く。センタークラスターには上からディスプレイ、レジスター、スマホを置くトレイが並び、これも加飾で括っているので、いちばん下のトレイにも自然に手が伸びる。カタチではなく、使う人の所作がスタイリッシュになるインテリアと言えそうだ。

仕立ての良さにこだわった配色

登録車では黒一色のインテリアが多いが、軽自動車は違う。新型ムーヴも例外ではなく、インパネはブラックとブラウンのツートーンだ。アッパーとロワーは黒い樹脂で一体成形し、そこにブラウンのミドルを嵌め込んだ構成である。

Xグレードのインパネ。

CMF(カラー・マテリアル&フィニッシュ)を担当したのは、ビジョンクリエイト室副主任の坂本唯衣さん。「日常に馴染むことをテーマに、長く愛していただけるCMFを目指した」と語り、そのために「仕立ての良さにこだわって配色した」という。

左がRS。カタログ表記の色名は「ネイビー」だが、何色かの糸を織り交ぜており、そのなかにはブラウンもある。右のXも同じ手法で「グレージュ」を表現。織り組織は共通だ。

シート表皮は上級のRS/Gグレードはダークなネイビー、X/Lが明るいグレージュ(グレーとベージュの中間)と対照的。しかしよく見ると、どちらにもブラウンの糸が混ぜ込まれている。「どのグレードもインパネにブラウンがあるので、インテリア全体の仕立てをまとめるために、シート表皮にブラウンの差し色を入れた」(坂本さん)とのことだ。

CMFのデザインを担当した坂本唯衣副主任。

カップホルダーやセンタークラスターの加飾は、RS/Gグレードではシルバー塗装。シートのステッチもシルバーの糸で揃えた。X/Lの加飾は材料着色のグレージュで、こちらはもちろんシート表皮に合わせた選択だ。X/Lが廉価版に見えないのは、ブラウンとグレージュの同系色でコーディネート感を高めた成果だろう。

長く愛されたいグレースブラウン

最後にボディカラー。カタログ等では手堅くホワイトパールを前面に打ち出しているが、注目したいのは新色のグレースブラウンクリスタイルシャインだ。その狙いを坂本さんは「日常に馴染んで長く使ってもらえる色域としてベーシックなブラウンを選びながら、『動く姿が美しい』のコンセプトを表現するために、ハイライトがゴールドに輝くようにした」と説明する。

新色のグレースブラウンクリスタイルシャイン。写真はルーフ色をスムースグレーマイカメタリックにしたツートーン仕様だが、もちろんモノトーンの設定もある。ルーフ色にシルバーではなくグレーを選んだのは、長く愛されるコーディネートとして明度のコントラストを抑えたからだ。

天然マイカ=雲母に代わる人工マイカのひとつにアルミナの人工結晶を酸化チタンで被覆したものがあり、それをトヨタグループではクリスタイルシャインと呼ぶ。酸化チタンの膜厚を工夫するとハイライトに光の干渉による色を出すことができ、今回のグレースブラウンではゴールドやアンバーの干渉色が出るクリスタイルシャインを採用している。

これは試乗会で撮影。干渉色が見えくい薄曇りの空模様だったが、それでもハイライトはゴールドっぽく輝く。

「ハイライトがゴールドに輝くことでボディ断面が立体的に見えるし、クルマが動いたときに余韻が残る」と、坂本さんはクリスタイルシャインの効果を語る。「開発当初はゴールドが強く出過ぎたので、アンバーのクリスタイルシャインも使うなど配合を工夫した」とのことだ。

ちなみにブラウン系のなかでは(ベージュも含めて)黄色味よりも赤味のブラウンが近年のトレンドで、このグレースブラウンも内装のブラウンやグレージュも、そこは外していない。60歳ターゲットでも、いや、目利きのその世代がターゲットだからこそ、長く愛されるためにはモダンなセンスが大事ということなのだろう。