スズキ初のEV「eビターラ」に乗った! コンパクトなサイズ、モダンなデザイン、素直な走りに好印象

ついにスズキから初めての電気自動車(バッテリーEV)が登場する。その名は「eビターラ」。全長4.3m未満のコンパクトなボディサイズ、EVの利点を活かした広い室内、そして500km以上という必要にして十分な航続距離を実現。さらに雪道や荒れた路面でも安心の4WDも用意している。日本導入は2025年度内を予定しているが、いち早くステアリングを握ることができたので、その印象をお届けしよう。 TEXT&PHOTO:世良耕太 PHOTO:世良耕太/スズキ

クジャラート工場で生産され、欧州・インド・日本へと展開

スズキe VITARA(イー・ビターラ)はスズキ、トヨタ、ダイハツの3社が共同開発したバッテリーEV(BEV)である。インド・クジャラート工場で生産を開始し、インド、欧州、日本など世界各地に送られる。電動コンポーネントを中心に、なぜそのような諸元に落ち着いたのか、技術者からの聞き取りをもとにまとめていこう。

安全性とコストに優れるリン酸鉄リチウムイオンバッテリー

まずはバッテリーから。バッテリー容量は49kWhと61kWhの2タイプが設定されているが、どちらも正極材にリン酸鉄リチウム(LFP)を使うリチウムイオンバッテリーである。LFP系は正極にニッケル、マンガン、コバルトを使う三元系(NMC)に比べてエネルギー密度とセルあたりの電圧は低いが、発火や熱暴走の危険性は低いとされている。

LFPを選択したことについて担当技術者は、「eビターラはスズキが初めて出すBEVです。安全性を優先すべきだと考え、三元系よりも安全性の高いLFPを選択しました。それに、コスト面もあります。トータルで見てLFPで行こうと判断しました」と説明する。

リン酸鉄リチウム(LFP)イオンバッテリーを採用。バッテリー容量は49kWhと61kWhの2種類を用意。
バッテリーパックにエネルギー吸収材とプロテクトフレームを設定し、側面衝突時の荷重の一部を分担。バッテリー下面を空力部材として設計し、前後に空力カバーを設定することで、高い空力性能を実現している。

バッテリーはセル単体ではなくパックになった状態で、BYDのグループ会社であるFDB(FinDreams Battery)から調達する。中国で生産したバッテリーパックをインドに送り、クジャラート工場で車体にセットするわけだ。

そのバッテリーの冷却は水冷。冷却水をチラーで冷やす仕組みで、コンプレッサーはヒートポンプ式の室内空調と共用。極冷間時のウォームアップには高電圧ヒーターを使う。

3 in 1構造のeアクスルはBluE Nexus(ブルー・イー・ネクサス)製

eアクスルは「トヨタさんのシステムを参考に、イチから作りました」と担当者。アイシン(45%)、デンソー(45%)、トヨタ(10%)が出資するBluE Nexus(ブルー・イー・ネクサス)製だ。トヨタとスバルが共同開発したBEVのbZ4X(ビー・ジー・フォー・エックス、トヨタ)、ソルテラ(スバル)と同じ製造元ということになる。「(BluE Nexusは)共同開発パートナーとして、eアクスルを一緒に作り上げています」

モーターと減速機、インバーターが一体となった3 in 1構造のe-Axle(イー・アクスル)なのはbZ4Xのユニットと同じ。bZ4Xのユニットを流用できなかったのかとの疑問が湧くが、スペックが過剰だったそう。「Bセグメントに対しては少し大きめなので、スペックを適切にし、サイズを小さくしました」

BluE Nexus(ブルー・イー・ネクサス)製のeアクスルを搭載。
モーターとインバーター、トランスアクスルが一体化されている。

bZ4Xのモーターは最高出力150kWなのに対し、eビターラは128kW。必要な出力は85%であり、そのぶん体格も小さくしたかったということだ。フロントのモータールームにはeアクスルの上にESUが載っており、この構成もbZ4Xと共通。ESUはElectricity Supply Unitの頭文字をつなげたもので、電力変換機能(DC-DCコンバーター)、充電機能(急速充電時に使う充電器)、電力分配機能(分配先は高電圧バッテリー、eアクスル、急速充電ポート、空調用ヒーターなど)を統合したユニット。従来はバッテリーパック内に搭載していた機器をESUに統合することで、バッテリーの容量拡大に貢献する。モーターやeアクスルなどの電動システム系に関しては、BEVの開発で実績があるトヨタの知見が反映されているという。

ESU(Electricity Supply Unit)は充電・電力交換・電力分配の機能を集約する。

4WDは当初、フロントに搭載するeアクスルをそのままスライドさせてリヤに搭載する考えだったという。共用化してコスト削減を図るためだ。ところが、リヤシートにチャイルドシートを固定する金具を支える部品と干渉することが判明した。そこで、苦肉の策として前後を反転させることにした。

これで搭載することは可能になったのだが、反転させたことで新たな問題が浮上。eビターラのスペック上の最高速は150km/hである。モーターの立場に立ってみれば、バックで150km/hを出す性能と耐久性を担保しなければならなくなった。そのため、「対策を打って、また対策」の開発が繰り広げられたという。最も深刻だったのは、ギヤの耐久性(潤滑)だったそう(当然、解決し量産化に至っている)。

eビターラの4WDモデルのモーター出力は、フロントが128kW、リヤが61kW。

フロントモーターの最高出力が128kWなのに対してリヤが48kWなのは、61kWhのバッテリーではトータルで135kWまでしか出力できないこととも関連する。48kWまでしか出さないのに128kWのモーターをそのまま使ったのではスペックの無駄使いになるので、リヤはモーターの積み厚(厚み)を減らしているという。そのぶん、キログラム単位の軽量化につながる。

eビターラの4WDモデルのモーター出力は、フロントが128kW、リヤが61kW。2WDモデルのフロントモーターはバッテリー容量が49kWh版の場合は106kW、61kWh版の場合は4WDモデルと同様、128kWとなる。

大型バッテリーパックの搭載を可能とする新プラットフォーム「ハーテクトe」

BEVのベースとなるシステムとプラットフォームは3社が共同で開発。クルマとしての仕上げは各社がそれぞれ個別で行なう形で開発は進められたという。「では、スズキらしさは何?」の質問に、技術者は次のように答えた。

「BEVはいかようにも味つけができてしまいます。スズキのクルマを買っていただくお客様は日常使いが多いと思うので、そういう方に長く乗っていただけるようなドライバビリティのセッティングにしました。また、スズキには(とくに欧州で)4WDのイメージが強いので、このセグメントで4WDの設定があるのも特徴だと思っています」

初めて市場に投入するBEVなので、安全性を重視。スズキのクルマとして求めやすい価格に抑えるために、実用性を損なわない範囲で合理化に努めた。バッテリーやeアクスルの開発にまつわる話を伺っていると、魅力あるBEVをアフォーダブルな価格で成立させるための苦心が伝わってくる。

EV専用に新開発されたプラットフォーム「ハーテクトe」。大型バッテリーパックを搭載するため、フロア下メンバーを廃止。また、高ハイテン材の使用率を従来の約2倍として軽量・高剛性化を測っている。
こちらはエンジン搭載を前提とした従来の「ハーテクト」プラットフォーム。「アンダーボディの骨格を滑らかにつなぎ、エネルギー伝達をスムーズに行う」コンセプトは、ハーテクトeも踏襲している。