全長5mに迫る大きさを感じさせない扱いやすさ

フォルクスワーゲン「ID.Buzz」

ついに日本上陸を果たしたフォルクスワーゲンID.Buzz。公道試乗をレポートしていこう。

今さら説明するまでもないだろう、フォルクスワーゲンID.Buzzは、同社における初期のヒット作である「タイプ2」のデザインを受け継ぐ、ブランドアイコンといえるモデルだ。そして、タイプ2は”ワーゲンバス”の愛称でも知られるキャブオーバーの1BOXモデルで、リヤエンジン・リヤ駆動だった。

空冷エンジン時代のフォルクスワーゲン・タイプ2を思わせるルックス。パワートレインの種類に関係なく興味が湧いてくる人も多いだろう

EVとして生まれ変わったID.Buzzはセミキャブオーバー的フォルムとなっている点は、ワーゲンバスとは異なるが、リヤにモーターを積む後輪駆動であることは、タイプ2のDNAを現代的に表現しているポイントと評価する好事家も多いようだ。

巨体ながら、手足の延長のごとく、自然にドライブすることができた

それはともかく、ID.Buzzとの初対面ではそのボディサイズに圧倒された。詳しいスペックは文末に記載しているが、試乗したロングホイールベース版のボディサイズは、おおよそ全長5m弱、全幅2m弱もある。ワーゲンバスのヘリテージを活かしたルックスはいかにもフレンドリーだが、これだけのサイズとなれば市街地では緊張を余儀なくされそうに思えた。

しかし、それは杞憂だった。

駐車場で向きを変えるとき、街中でUターンをするとき…初めて運転したにもかかわらず、ボディサイズを気にすることなく、操ることができたのには驚かされたし、新鮮な感覚もあった。

誤解を恐れずに例えるなら、ID.Buzzの操作感は、クルマというより身体拡張メカであると感じた。もっとも、筆者は身体拡張メカを装着した経験が豊富なわけではないので、あくまでSF的な世界でイメージするものといったレベルの話ではあるが、いずれにしてもこれまでの自動車評論の切り口とは異なるモビリティ(のりもの)だと感じたのだ。

全長×全幅×全高:4965mm×1985mm×1925mm ホイールベース:3240mm

スポーツカー的、ロボット的な身体拡張と異なる「余裕」

デジタルメーターはID.シリーズ共通の小ぶりなもの。エコ/コンフォート/スポーツとドライブモードがプリセットされる

身体拡張メカというと、映画「アイアンマン」シリーズにおいて、企業家トニー・スタークが身に着けるパワードスーツのようなものを思い浮かべるかもしれない。またスポーツカーの理想といわれる人馬一体感に似た感覚を想像するかもしれないが、ID.Buzzのドライビングで得られた感覚は、そうした刺激的なイメージとは異なる。

どちらかといえば、工場や介護の世界で使われることを想定した現実的なロボットスーツに近い、といえば伝わるだろうか。

ドライバーの意思通りのレスポンスではあるが、目が追いつかないようなスピード感があるわけではなく、単純に自分のコントロールできる範囲が広がり、パフォーマンスが高まったような、力が強くなったような感覚。もっといえば、新たな自由を手に入れたようなが、筆者個人がID.Buzzに覚えた身体拡張フィーリングだ。

そうした感覚につながっているのは、EVならではのリニアな出力特性や、しっかりとしたボディ剛性とステアリングフィール…と、オールドスタイルの自動車評論では表現しがちだが、ID.Buzzの持つ空気感はメカニズムだけでは説明できないとも思う。

乾いた青空が似合うスタイリング、高い着座位置による開放感といった物理空間の仕上がりも含めて、VWタイプ2のDNAを、2020年代に甦らせた結果が、肉体のサイズアップと心の余裕を生み出してくれている。つまり、”現代のワーゲンバス”を作ったならEVでなくとも、同じような身体拡張感を表現することは既定路線だったかもしれない。

しかし、ID.Buzzの価値はEVだからこそともいえる。なぜなら、ドライバーだけでなく、「誰がどこに座っても主役になれるパッケージング」を実現しているからだ。

急速充電は最大150kWに対応。航続距離も500kmを超えるが、そうしたスペックで比べるべきではないと感じる

3列目に座ってドライバーと会話ができる

3列目は広く、軽ハイトワゴンの後席に座っているような余裕さえ感じる。

市街地を走行して、ひとしきりID.Buzzの身体拡張感を楽しんだ後、せっかくなの後席の座り心地も確認することにした。

試乗したID.Buzzロングホイールベースは、2+3+2の3列シートで7人乗り。通常、こうしたシートレイアウトにおいては2列目が快適性のトップで、3列目は快適性がスポイルされていても仕方ないと認識されていることが多いのではないだろうか。筆者もID.Buzzの3列目にそれほど期待はしていなかった。

しかし、2列目をチップアップして、3列目に乗り込む段階から、好印象を受けた。2列目の肩にあるレバーを引いて、シートをチップアップすると3列目へアクセスするのに十分な動線が生まれる。そして3列目に座ると、2列目を後ろにスライドしていたにもかかわらずヒザ周りに余裕もある。視界の開放感も抜群で、理想のミニバン的パッケージといった印象だった。

2列目から3列目へのアクセスは良好だ。室内高が高いので頭上のクリアランスも余裕がある。

ここで終われば、大きなボディと見事なパッケージという昔ながらの評価で終わってしまうが、動き出してからも想像以上の乗り心地を見せてくれた。ロングホイールベースゆえにリヤオーバーハングというよりは、後輪車軸の上くらいに座っている関係もあるのかもしれないが、加減速をしても体が揺さぶられることはなく、我慢して3列目に乗っているという感覚は皆無。

このあたりEVだからこそ可能な滑らかな加速感や緻密なピッチング制御なども影響しているのだろう。とにかく3列目の快適性は期待以上だった。

さらに驚いたのはドライバーと自然に会話できたこと。これほど大きなボディで乗員同士も離れているのに、声を張らずとも1列目と3列目でコミュニケーションがとれるのは、EVならではの静粛性が貢献しているのだろう。

電子式の調光サンルーフを備えていて開放感を楽しめる。

その後、2列目に座ってみたが、3列目と同等の快適性だった。つまり、ID.Buzzはどこに座っても平等に、広くて静かなパッケージのメリットを満喫することができる。飛躍しすぎかもしれないが、ID.Buzzの「どこに座っても特等席」に感じる室内は、完全自動運転時代の理想的なパッケージングを示しているようにも思う。

多彩なシートアレンジが可能で、写真のように乗員数を確保しながら長物を積載することもできる。

フォルクスワーゲンといえばゴルフが「Cセグメントのベンチマーク(世界基準)」と呼ばれて久しいが、ブランニューモデルであるID.Buzzは自動運転時代における車内空間のベンチマークとなるかもしれない、と思ってしまったのだった。

3列目までをフルに活用したときのラゲッジスペースは”そこそこ”だが、シートを取り外すと2469Lの大スペースを生み出せる

ID.Buzz ロングホイールベース主要スペック

試乗したのはロングホイールベース版。全長4715mm、ホイールベース2990mmのバージョンも用意されている
ID.Buzz Pro Long Wheel Base
全長×全幅×全高:4965mm×1985mm×1925mm
ホイールベース:3240mm
車重:2730kg
サスペンション:Fストラット式 R 4リンク式
駆動方式:2WD(後輪駆動)
電動機
種類:交流同期電動機
定格出力:89kW
最高出力:286ps(210kW)/3581-6500rpm
最大トルク:560Nm/2100-5500rpm
駆動用バッテリー
種類:リチウムイオン電池
総電力量:91kWh
総電圧:383V
一充電走行距離(WLTCモード):554km
交流電力量消費率(WLTCモード):173Wh/km
タイヤサイズ:F 235/50R20 R 265/45R20
車両本体価格:997万9000円
ドイツ車のステレオタイプ的イメージとは違う、異国情緒あふれるスタイリングも魅力

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