PORSCHE 963 RSP
臨場感溢れる文章スタイル

前回はフランス人ジャーナリスト、シルヴァン・ヴェトー(Sylvain Vétaux)氏によるポルシェ 963 RSPの試乗レポートに登場する比喩表現のうち、特に直訳では意味を理解することが難しい3つの表現 “hit the jackpot” “chicken in front of a knife” “piranhas on a bleeding mud flap” を取り上げた。これらの表現に共通するのは、単なるスペックやドライビングインプレッションの描写を超えて、筆者の高揚感や緊張、感情に訴える“走りの体験”をダイレクトに読者へ伝えようとしている点だ。今回はその続編として、さらに印象的な2つの比喩表現を紹介する。
パイロットフィッシュ?

ヴェトー氏の試乗は、プロのレーシングドライバーであるティモ・ベルンハルト選手の乗るポルシェ 911 GTSの先導で行われた。963 RSPの性能をヴェトー氏に体感させるため、ベルンハルト選手はGTSを比較的プッシュしたようだ。911がブレーキをハードに使う様子を、“My pilot fish is shooting the GTS’s brake pads.”(直訳:私の“パイロットフィッシュ”がGTSのブレーキパッドを焼いている)と表現している。
“pilot fish”はアジ科の魚で和名を「ブリモドキ」という。ギリシャ語で「船を導く者」(= Naucrates)とラテン語の「道案内」(= ductor)から、正式な学名を“Naucrates ductor”という。サメなど大型の魚に付き添う様に泳ぐ習性があり、ガイド役=pilotに見えることからこう呼ばれている。
この文脈では、先導役を担うベルンハルト選手と911 GTSが、まるで大きなサメ(963 RSP)の周囲を泳ぐ小魚のように先を行く様子を比喩的に表現している。ユニークな例えであり、ほのかに詩的な響きが英語では魅力的かもしれないが、日本語に直訳すると意味不明になるため真意を理解して読むことが必要だ。日本語訳としては、「先導のティモがGTSのブレーキを酷使している」といったところだろう。
ムチのようなシフト?

操作系に関する印象では、ギヤシフトのフィーリングを“The gears snap like a whip, with just the right amount of jolt to feel involved.”と表現している。直訳すると、「ギアはムチのように鳴り、関与(操作)している実感が得られる適度なショックを感じられる」となる。
“snap like a whip”という表現は、シーケンシャルギアの変速ショックを「ムチが“パチン”と弾けるような感覚」で表している。トランスミッションの応答性に、ドライバーが一体感を得られる雰囲気を伝える比喩と考えられる。
日本語の場合、一般的にはムチを使用する比喩は分かりにくいだろう。ヴェトー氏の感覚を想像すると、「バシッと決まるシフトフィールが気持ちいい!」といった表現が適切だろう。
2回にわたって紹介したヴェトー氏の比喩表現に共通するのは、単なるクルマのスペック紹介ではなく、記者の心理的・身体的反応を交えながらクルマと一体になる体験を描写している点だ。こうした表現をできるだけ正確に理解することで、オリジナルの文章に込められた臨場感とエネルギーを味わうことができるだろう。比喩を含む試乗記は、技術解説以上に読者の感情に訴えかける力を持っている。
