関西エキスパートのフットワーク術を注入

理想は“ハンドル操作のいらない足”

D1GPにおいて、2012年のデビュー以来、一貫してS15を選び続けてきた田中選手。

現在のボディは2016年に乗り換えた2台目であり、長く同じ車体を使い続ける理由は、普段はガソリンスタンドの店長として働きながら、プライベーターとして競技に参加する金銭的な事情もあるが、それ以上に現在のD1GPの競技スタイルにマッチするS15シルビアの優位性が大きい。

「僕の車載動画を見てもらうと分かると思いますが、ハンドル操作の時間が非常に短いんです。ハンドルを切ったらスパンと頭が入っていき、余計な操作が不要。とにかく簡単で乗りやすいクルマになっています」と田中選手は語る。

近年の競技ドリフト車両では、フロントの操舵感をダルめに設定するのが主流だ。これは、審査区間でのコーナーリング中の挙動を安定させるためで、アプローチから旋回姿勢に入る際にリアタイヤのトラクションを最大限に活かしてアクセルを踏み込むことで、深い角度と速いスピードでコーナーを抜けるセッティングになる。しかし、この操舵感の良さと角度を追求するセッティングは基本的に相反関係にある。

それでも田中選手のS15シルビアは、長年同じ車種に乗り続けることで、『きっかけ作りの乗りやすさ』と『深い角度でのハイスピードドリフト』を両立させている。GPSや車載センサーで測定されるモーションや角度、速度データによるD1GPのDOSS審査でも、単走優勝を含む常に上位の成績がその証明だ。

その秘訣は、純正加工ナックルと80mm延長の超ロングロワアーム、車高調とヘルパースプリング入りのバネレートを絶妙に組み合わせたフロント足回りにある。セットアップは、京都のドリフトエキスパート、フロンティアワークスの北山氏によるもので、名阪スポーツランドCコースを走り込む中で「いかにハンドルを持たずに楽にドリフトできるか」という思想を田中選手のS15に反映させた。

リヤは伸縮で異なる減衰セットが可能な別タンク式の車高調を使用する一方、フロントは単筒式車高調を採用。操作性の向上のため、スタビライザーにはGKテックのオフセットタイプを装着する。

ドライブシャフトにクイックチェンジ用の強化品を使うことで、ハブまわりは全てS15の純正レイアウトを残したままだ。クラッシュ時の耐久性の高さ、交換品も低コストで用意ができる利点からアームキットではなくD-MAXの3点アームを使用する。

純正形状のアームだが、別タンク式のD-MAXのレーシングスペック車高調、少しだけカットしてタッチの感触を変更したD-MAXバンプラバー、サスペンションプラスの低反発スプリングを中心にトラクションの掛かる足を作り上げている。

フロントホイールはワークエモーションZR7の8.5Jを選び、タイヤは265幅のシバタイヤR31。エクステリアにはD-MAXのレーシングスペックボディキットを装着している。

エンジンは、SR20改2.2Lから2017年に2JZ改3.1Lへ換装。耐久力不足で故障が続いたSRに対し、2JZはノンオーバーホールで3年間戦えたことから、予算配分の重要性を再認識。2020年にHKS3.4L、2023年からは東名パワード3.6Lキットをベースに組んだ2JZに。エンジン製作はオートサービス森が担当し、G40タービンの選択なども森氏の助言によるものだ。燃料はスノコのGTプラス100%。

トランクにはコーヨー製ラジエターを設置し、フレックス塗装で放熱性を向上。普段のメンテナンスは三重県のB-Linkが担当している。

車内は田中選手に合わせたレイアウトで、Z.S.S.の330φディープステアリングをボスなしで取り付け。サイドブレーキは縦引き用から横引きに変更し操作性を最適化。

ホワイトボディからスポット増しを加え、2016年当時のレギュレーションに適合するロールケージを製作。S15の場合フロントは適度に、リヤは硬ければ硬い方が競技向きという結論に至ったそうで、スポット増しを選んだのも成功だった。

個人スポンサーの多さも田中選手の特徴で、リヤウインドウを占める数はD1GP随一。開幕戦後、筑波戦に向けてレイアウトのリニューアルを予定している。

田中選手の活躍の秘訣は練習スタイルにもある。主催する『せーみスクール』で多くの仕様の異なる車両に乗り、エキスパート参加者との練習機会を設けることで、プライベーターでありながら実戦感覚を養っている。

休みの日は走行会の講師や審査員として各地を回り、年間数百万円の参戦経費を自ら工面。生活費を切り詰めてまでD1GPに参戦する田中選手にとって、競技の楽しさが何よりの原動力だ。

「準備は大変で、壊れたりもします。でも、D1に出るのを辞めたいと思ったことはありません。練習や本番で上手くいったときの楽しさ、お客さんやチームの喜びが全てを帳消しにしてくれます」と語る。

田中選手のS15シルビアには、仕事以外の全てをD1GPに捧げてきた男の魂が込められている。

TEXT:Miro HASEGAWA (長谷川実路) /PHOTO:Miro HASEGAWA (長谷川実路) &Daisuke YAMAMOTO(山本大介)

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