●レトロ色が濃いID. Buzzコンセプト
パリサロンで後のID.3の原型となるBEVコンセプトカー、I.D.をデビューさせてから4ヶ月後、ID. Buzzコンセプトがデトロイトでデビューした。BEV 専用MEBプラットフォームの用途の広さをアピールすると共に、それをベースにしたBEVをID.の名でシリーズ展開していく意欲を初めて具体化したのがこのID. Buzzコンセプト。それが16年前の2001年にマイクロバス・コンセプト発表したのと同じデトロイトで、往年のタイプ2を現代に蘇らせるという同じテーマで登場したのだ。

ID. Buzzコンセプトの外観デザインは、マイクロバス・コンセプトより初代=T1型タイプ2のイメージが強く、かなりレトロ。ツートーンの塗り分けラインがT1型に近いし、各ピラーがボディ色なのはアメリカでT1型が例えば「11ウインドウ」など、窓の数で識別された伝統を思い起こさせる処理だ。これを見て連想して欲しいのはマイクロバス・コンセプトではなく、あくまで古き良きT1型だという意図だったのだろう。


対照的にインテリアは超モダンだ。完全自動運転モードを備え、それが作動中は楕円形のステアリングが引っ込んでインパネと一体化する。縦型ディスプレーを備えたセンターコンソールは、ロングスライドして後席空間でも使用可能。フロント席を後ろ向きに回転させて2列目席と対座したり、2列目席を取り払ったりもできる・・等々、コンセプトカーらしいアイデアがふんだんに盛り込まれていた。

●ID. Buzz CargoコンセプトとT7型マルチバン

翌18年、ID. Buzz Cargoコンセプトが、まず9月のハノーバーショーでデビューし、続いて11月にロサンゼルスショーにも展示された。ID. Buzzコンセプトをベースに、Bピラーから後ろをパネルで覆って貨物車らしさを強調したデザインだ。
往年のタイプ2は商用バンとしても活躍したし、T4後期型からはVWの商用車部門で生産。ID. Buzzは乗用車部門と商用車部門の共同開発なので、商用のCargoも当然必要という意思表示だったのだろう。い打ちをかけた。代わって09年、クライスラーのミニバンにVWバッジを付けてアメリカで発売したのは、駒不足を補う苦肉の策だった。

ちなみにVW商用車部門はID. Buzzと並行して最新のT7型も開発しており、その乗用タイプをマルチバンの名称で2022年6月に発表。MQBプラットフォームをベースとする2+2+3の3列7人乗りで、TSIガソリン、マイルドハイブリッド、PHEVをラインナップする(翌年にディーゼルを追加)。

2列目席は180度回転させて3列目席と対座もでき、折り畳みテーブルを内蔵したセンターコンソールはフロント席から3列目乗員の前までロングスライドできるなど、ID. Buzzコンセプトのアイデアが具現化されている。生産型ID. Buzzにはない機能だけに、ファンにとっては気になるところだろう。
●欧州向けID. Buzzは2列5人乗り
2022年3月、欧州向けの生産型ID. Buzz/ID. Buzz Cargoがデビューした。どちらも150kWモーターをリヤに積む後輪駆動で、ID. Buzzは2列シートの5人乗り。ID. Buzz Cargoは1+2の3人掛け前席(独立2座はオプション)の後ろに、隔壁を挟んで3900リットルの広大な荷室を備える。

外観デザインは、01年のマイクロバス・コンセプト(前編参照)と同様に各ピラーをブラックアウトしたおかげで、ID. Buzzコンセプトにあった「レトロすぎる印象」が払拭された。VWによれば、T1型と01年のマイクロバス・コンセプトの両方に立ち返ってデザインしたとのこと。T1型のイメージをモダンに再解釈するという01年以来のチャレンジが、ついに最終回答に至ったのだ。

発表から2ヶ月後の5月20日、欧州で予約受注を開始。6月にVW商用車部門のハノーバー工場で正式に生産が立ち上がり、ID.ファミリーとしてID.3、ID.4、ID.5に続く4車種目の量産車となった。11月までにはID.Buzz Cargoも含めてデリバリーが始まっている。ここまでは2017年にペブルビーチで約束した通りだった。ただし、欧州に関しては…だが。
●ロングホイールベース仕様はアメリカでデビュー
翌23年6月2日、米国VWはロス郊外のハンティントンビーチでタイプ2のファンイベントを開催し、そこでID.Buzzのロングホイールベース仕様を発表。「2024年に発売予定」とした。ハンティントンビーチはサーファーに人気のスポットだ。

欧州向けよりホイールベースを250mm延ばし、2列目を非対称分割のベンチとした2+3+2の3列7人乗り。リヤに積むモーターは210kWにパワーアップされ、床下の電池も82kWhから91kWhに増量されている。「アメリカ向けに仕立てた」というこのロングホイールベース仕様だったが、続いて6月下旬、今度は独ハノーバーのファンイベントに展示された。欧州では3列の6人乗りと7人乗りを用意する。

そして24年3月、欧州向けの高性能版ID. Buzz GTXがデビューする。前後にモーターを積み、システム出力は250kW(340ps)。ホイールベースは標準とロングの両方があり、どちらも2列5人乗りと3列6人乗りを用意する他、ロングホイールベースでは3列7人乗りも選べる。欧州のロングホイールベース仕様とGTXは同年9月に受注開始となり、このときからスタンダードなID. Buzzにも標準ホイールベースの3列6人乗りが加わった。
アメリカでは同年5月にグレード構成を発表。ボディはロングホイールベース&3列シートだけで、Pro Sグレードは2列目がベンチの7人乗りで210kWの後輪駆動。上級のPro S Plusでは欧州GTXと同じ250kWの4WDも選べ、後輪駆動は7人乗りを標準とし、2列目がキャプテンの6人乗りはオプション。Pro S Plusの4WDは6人乗りが標準となる。8月には価格が発表され、受注が始まった。
●アメリカで不振の理由とは?
アメリカでの販売が始まって半年も経たない今年4月、2件のリコールが発生しはID.Buzzは販売中断に追い込まれた。ひとつは赤であるべきブレーキ警告表示の色がアンバーだったこと。これはソフトウェアの無償アップデートで対応したのだが、続いてもうひとつのリコールを余儀なくされる。

2件目は、3列目席の幅が広すぎるという問題。NHTSA(国家交通安全局)が3人座れる幅だと判断し、しかし2人分のシートベルトとヘッドレストしか備えていないから、安全基準違反とされてしまった。VWはシート座面の両端に嵌め込む硬質樹脂パーツを用意し、販売店でそれを装着することで対応。座面の有効幅を減らす苦肉の策だった。
こうした対応を6月までに打ち出したものの、米Automotive News誌によれば、今年1〜6月の販売はわずか2465台にとどまる。約3ヶ月の販売中断のせいとばかりは言えない。同誌は「高い価格、短い航続距離、標準以下の内装質感、使いにくいスイッチが、当初の熱狂を失わせた可能性が高い」と報じている。
EUからの輸入車に対するトランプ関税が27.5%から15%に軽減されたのは、ID. Buzzにとっても朗報に違いない。しかしアメリカのミニバン市場は2000年の130万台をピークに縮小し続けており、昨年は33万台ほど。「ミニバンはママのクルマ」と言われてイメージが低下し、3列シートを備える中大型SUVに需要を奪われたからだ。
加えて、60年代にタイプ2を愛し、サブカルチャーのムーブメントやサーフィン・ブームを牽引したベビーブーマー世代は、今は70〜80歳代。3列シートを必要とするライフステージではない。01年のマイクロバス・コンセプトが計画通りに05年に生産化されていれば、まだミニバン市場は110万台規模だったし、ベビーブーマー需要も見込めたのだろうが…。アメリカのID. Buzzに関しては、遅きに失した感が否めない。
●日本では期待大のID. Buzz
そして先日、六本木ヒルズで日本仕様のID. Buzzがデビューした。3列6人乗りのProと7人乗りのPro Long Wheelbaseの2タイプで、どちらも210kWの後輪駆動。生産型の欧州発表から3年余りも待たされたが、欧州でロングホイールベース仕様や標準ホイールベースの3列6人乗りが発売されてから10ヶ月足らずだ。むしろ早かったと言うべきだろう。
アメリカと違って、日本はミニバン全盛の国である。しかも1998年に導入されたVWニュービートルは、2010年まで8.3万台が売れ、アメリカ、ドイツに次ぐ世界第3位の市場だった。1985年に日産Be-1が大ヒットして以来、レトロモダンなデザインを受け入れる文化的素地が育まれてきたと言ってよい。ID. Buzzにとって日本は間違いなく大事な市場になるはずだ。

それにしても…と思うのは、01年のマイクロバス・コンセプトから20年余りを経て、デザインはどれだけ進化したのだろう? V6を積むICEからBEVへと中身は様変わりしたけれど、BEVらしさの外観表現はフロントバンパーのエアインテーク程度にとどまる。
「原点回帰」のレトロモダンなデザインは、いつでも難しい。ニュービートルはタイプ1=ビートルのサイドビューを3つの円弧の組み合わせと捉え、ビートルらしさをアイコニックに表現した。2011年に仕切り直したザ・ビートルは、タイプ1により忠実なプロポーションを目指した。どちらもモデルチェンジすることなく1世代だけで終わったのは、同じ切り口の原点回帰に二度目はないという教訓だ。
マイクロバス・コンセプトとID. Buzzがよく似ているのも、この教訓を思い起こさせる。振り返る原点が同じで、その手法も同じなら、時代が変わっても結果は同じになる。しかしVWのデザイナーにとって今回のID. Buzzは、ニュービートル、ザ・ビートルに続く3度目のレトロモダン量産車。彼らが過去の経験を活かし、これからID. Buzzをどう育てていくのかを、しっかり見届けたいと思う。ちょっと気が早いようだけどね。
フォルクスワーゲン「ID. Buzz(アイディー バズ)」誕生までの紆余曲折を振り返る【前編】タイプ2の名声を復活させるチャレンジは2001年に始まった | Motor-Fan[モーターファン] 自動車関連記事を中心に配信するメディアプラットフォーム