やっぱりあった、ハッチバック版シルビア!

今回のS13シルビア解説は、当初全3回から全4回、多くて全5回くらいのつもりでいたのだが、構想段階であれこれ考えているうち、180SXの話だって入れなければならないことに気づいた。
もうちょっと早い段階で採りあげたかったが「内装編」が長引き、第7章で採りあげることにした。
今回はS13シルビアにはいったん引っ込んでいただき、180SXに触れていく。

前にも書いたとおり、過去代々のシルビアは、血筋の異なるフェアレディベースのCSP31、B210サニーが母体のS10までがノッチバックの2ドアクーペ、その次のS110は、当初ノッチバックの2ドアクーペでスタートし、後で大きなバックドアを持つハッチバックを追加した。
さらに次のS12は最初から2本立てで発進している。

S12時代のシルビアシリーズ。向こう側のノッチバック2ドアクーペがシルビア、手前の赤いハッチバック型がガゼール(1983年)。

1988年5月、S12からS13にモデルチェンジしたとき、そのハッチバックボディが消えた。
ついでにいうと、S110とS12にあったガゼール名も廃止。

旧S110や旧S12のハッチバックに利便性を見出して乗っていたひとは、次に何を選べというのか?
そんな疑問に対し、日産は1988年5月のS13から約10か月遅れで回答した。

1989年3月15日、180SX発表。
発売を翌4月1日にしたのは、消費税導入に合わせたのだろう。

車両型式は「RS13」・・・母体がシルビアS13であることを物語る。

180SX(RS13型・1989年)。

ここから先は推測。
新しいシルビアシリーズは、車両企画段階ではやはりS12同様、ノッチバッククーペとハッチバックの2本立てだったに違いない。
開発もほとんど同時進行だろう。

S13の販売後、市場からハッチバック型要請があって初めて着手したなら、いくら共通部分が多いとはいえ、たった10ヶ月で生産・販売にこぎつけられるはずはないからだ。

むしろ10か月のズレとて当初から予定どおりと推測できる。
スタイルもネーミングも異なるクルマを同時発売して両車の印象がぼやけるよりは、新しいS13が定着した頃に新たにハッチバック版を出すほうが、180SXが注目されると同時に、この時点で新車効果が薄れているであろうS13も鮮度を取り戻すと考えられるからだ。

もっとも10か月ズレというのは国内向けの話で、欧米では前年秋に、2000や2400を積むクルマを「200SX」「240SX」として発表・発売していた。

ネーミングはS110時代からの輸出名に倣ったのだろう、国内向けはS13シルビアと同じ1800ゆえ、「180SX」を名乗る。
読みは「ひゃくはちじゅう・えすえっくす」じゃなく、「ワン エイティ エスエックス」。
おもしろいことに、S13とともにCA18エンジンを2000のSR20に載せ替えた後期になっても「180SX」のままだった。
数年で車名を変えるのは役所がいい顔をしないし、全国販売店の看板書き換えには億単位のお金がかかる。
後期のマイナーチェンジ時点ですでに「ワンエイティ」と親しまれていたこともあって、律儀に車名を変えることは見送ったのだろう。

【スタイリング&機種構成】

サイズは、全長×全幅×全高:4540×1690×1290mm。
全長は、4470mmだったシルビアより70mm長いが、全幅と全高は同じだ。
もちろん2475mmのホイールベースも変わらなければ、1465/1460の前後トレッドも最低地上高135mmも共通。
メカ母体が同じなのだから、違いは長さくらいしかないのは当然だ。

180SXフロント。
180SXリヤスタイル。このクルマには赤もよく似合う。

S13と違うのは、S12からリトラクタブルヘッドランプを引き継いだことだ。
これでノーズがより低くなり、空気を切り裂くイメージが強調された。
フロントバンパーの車両左側に「NISSAN」の文字を直接エンボスで刻印した処理は、日産デザインではめずらしい。
後におんなじ処理をホンダがインテグラのリヤバンパーに施している。

ライトにリトラクタブルタイプを起用したことからして、この180SXのほうが正当なS12シルビアのモデルチェンジではなかろうか。
写真で見てナンバープレート右側の「NISSAN」エンボスがわかるだろうか。日産にはめずらしい処理である。

機種構成は、シルビアのJ’s、Q’s、K’sの3種に対し、安いほうから「TYPE I」「TYPE II」の2種。
装備構成は、シルビアのK’sとQ’sはビスカスLSDやタイヤサイズの相違くらいしか違わなかった。
180SXの内容は、TYPE IIがK’s、Q’sに近く、TYPE IがJ’sに近いのだが、単純にそうといい切れるものでもなく、シルビアをまる裸で買えばどの機種にもついてこないドアミラーの電動格納機能やワイパーの時間調整機能がTYPE IIにつくいっぽう、J’s同様、パワーウインドウ&パワーロック、布張りドアトリムがつかないTYPE Iにも、TYPE IIも含めてビスカスLSDや195幅タイヤがつく。
というのも、180SXは自然吸気車がなく、全機種CA18DETのターボ付きだけだからだ。
したがって、走りのメカ関連はターボ付きK’sに準じているため、安いTYPE IでもビスカスLSDがつき、195/60R15タイヤがつくのは当然だった。

2機種あるうちの安いほう、TYPE I。車両本体価格は、5MT車が179万9000円、E-AT車が9万7000円高の189万6000円。
TYPE I 計器盤。
TYPE I 内装。
こちら上位版のTYPE II。車両本体価格は、5MTがきっかり197万円、E-AT車は206万7000円。
TYPE II 計器盤。
TYPE II 内装。

S13では安いJ’sも含めて全機種オプションだったHICAS-IIは、180SXでもオプション。
ただし選択できるのはTYPE IIのみ。
ついでにいうと、TYPE IIにはアルミホイールがつくいっぽう、TYPE IにはJ’sでついていたカバーすらつかず、鉄まる出しのホイールとなる。

HICAS-IIはTYPE IIにオプション。

S13では2種あったパッケージオプションに相当するのは、TYPE IIに用意される「スペシャルセレクション」で、フロントスポイラー、リヤスポイラーのほか、シルビアにはないリヤフォグランプがひとまとめになっている。
ここいらが「単純じゃない」といったゆえんで、そもそも180SXがターボ付きに限られ、機種数が違うぶん、装備構成も異なっているのだ。

たぶんシルビアにはないリヤフォグランプ。セットオプションのひとつだ。

【内装】

インテリアもS13からほぼ踏襲である。

計器盤のラウンドは同じ。
この角度のほうがわかりやすいか。
モダンフォルムシート。
布貼グローブボックス。

ラウンディッシュな計器盤に、一体成型のモダンフォルムシート・・・S13で売りだったデートカーエッセンス(?)は、そのまま180SXにも引き継がれている。
S13で筆者が気に入った布貼グローブボックスだって健在だ。

目隠しして乗り込み、目を開けばシルビアに乗り込んだと勘違いするほど同じだが、唯一異なるのはハンドルデザイン。
通常なら、パッドに刻まれていた「SILVIA」部分だけ「180SX」に貼り替えた、S13の上向き「↑」スポークハンドルを持ってくるところだろうが、それはS13だけのものにしたかったのか、180SXでは別デザインのものがあてがわれた。
見た目からして当時のエクサと同じものだろう。

180SXインテリアのS13との違いは、後ろを向いて初めて実感する。

後席の居住性は、上にハッチのガラスがあるので、首をちぢこませて座ることになる。

シルビアの後席は、3次曲面ガラスが比較的立ち気味で、屋根がかろうじて頭を覆っていたが、180SXはルーフを後ろに伸ばした格好のバックドアだから、乗員は屋根から下がったガラスに完全におっかぶされながら座ることになる。
カタログの側面視図やサイド写真を見ると、バックドアヒンジ位置なんて後席から斜め上前方なのだ・・・夜に上向きゃプラネタリウムになるわけだ。

サイドから見れば、ルーフは前席すぐ後ろから下がり始めている。
リヤガラス上から見ると、後席背もたれと座面の一部が見えるほど。

残念ながらトランクルームは小さい。
FRゆえに底が浅いのはシルビアと同じ。
ここに加えて180SXは上からバックドアのガラスが迫っている。
もうひとつ、ここはシルビアと同じかと思いきや、180SXはリヤサス構造の荷室への浸食度合いがシルビアより大きいのが意外。
残念ながら、フラット部分の面積が小さいのは180SXのほうで、180SXとシルビア、ふたの開き方は好みに任せるしても、荷室フロアの使用性はシルビアの方が上のようだ。

トランクスペースは、リヤサスがシルビアより張り出している。
シルビアと比べてみよう。

【パワートレーン】

さきにも少し触れているが、エンジンはターボ付きCA18DETのみ。
175ps/6400rpmの最高出力も、23.0kgm/4000rpmも、燃料の無鉛プレミアム指定もシルビアK’sと変わらない。

CA18DETエンジン。TYPE I、TYPE IIともに搭載される。

エンジンだけじゃない、リヤサスペンションのマルチリンクもタイヤの195/60R15も、5MT&E-ATのギヤ比もファイナルギヤ比も同一だ。

マルチリンクリヤサスペンション。

一般に、ひとつの銘柄で3BOX型とそれより全長が短いハッチバック型を持つ場合、ハッチバックの方が車重が嵩む。
後ろのハッチドアが大きな開口部を持つぶん、ボディ剛性低下を抑えるための補強が要るからだ。
180SXの場合、シルビアK’sと同じ条件同士のクルマで比べる(トランスミッション種やHICAS-IIの有無)と50kg差で180SXが重い。
補強のほか、シルビアK’sより全長が長いのと、開閉機構がついて重くなるリトラクタブル式ライト起用もあるだろう。
したがって、計算上、パワーウェイトレシオは180SXが不利になり、乗り比べれば、敏感なひとは180SXに多少重みを感じるかもしれない。
比較すると、シルビアK’sと180SXの重量差は次表のとおりだ。

180SXとシルビアK’sの重量差を表にしてみた。

峠の兄ィ「ワンビア」「シルエイティ」を思い出して思うこと・・・

こう書いては開発陣に叱られるだろうが、ここまで見てみると、180SXは構造上、しょせんはシルビアK’sの着せ替え人形に過ぎないことがわかる。

ところが、本当に着せ替えして楽しまれたのがこの180SX&S13シルビアだ。

何度も書いたとおり、180SXとS13シルビアはメカを共有している。
ボディ骨格は、特に前半がおおかた同じと考えていい。
だいたい、S13とRS13は、フロントガラスとサイドドアは共通なのだ。
S13とRS13、お互いのボディにお互いの顔を相互乗り入れさせて「ワンビア」「シルエイティ」に仕立て上げて楽しんだ走り屋さんたちがいたもの。

カローラとスプリンター、あるいはサニーとパルサーの顔を互い違いにして「カロリンター」「スプーラ」、「ササー」「パルニー」にした人間なんかおらず、兄弟車間の顔移植文化(?)は、この世代のシルビア&180SXに限ったものだ。


私は自分のクルマのグローブボックスに、夜間使いやすいようランプを設けたが、これも一種の改造だ。

買ったままで乗っときゃいいものを、クルマを改造するなんて、興味のないひとにはバカバカしい行為で、シルエイティもワンビアもランプ設置も本質は変わらない。

いまは環境保護やCO2ゼロとやらで、草食志向のお行儀のいいクルマばかり。
出てくるクルマ出てくるクルマ何もかもがおしなべておとなしくなると、自動車がつまらなくなってしまうことがよくわかった。

私は元来、クルマの改造にもハイパワーにも興味はない。
そういったクルマに興味のない私でさえ、かつてクルマが売れ、自動車市場全体が賑わっていたのは、この頃のクルマ全体が、収入に対してまあ何とか変える価格であったことのほか、肉食的で、改造も含めたバカバカしいことをしたくなるほどのクルマも(「が」じゃなくて「も」といっておく)存在したことがあってのことだったのではないかという気がしている。
語弊や異論があろうことは百も承知。
周囲に騒音をまき散らし、山間道のカーブでドリフトだなんて行為は感心しないが、その良し悪しはともかく、S13やRS13(もちろんセリカやプレリュードも)が若者に親しまれたクルマであり、80年代終盤の市場活況の一翼を担っていたことは間違いない。

いまの日産自動車の凋落ぶりを伝えるニュースを見ると、必ず「過去を思い返して、S13やR32のようなクルマを出せばいい」なんていう声が出てくるが、あまりに短絡的だと思う。
話はそんなに簡単じゃない。

仮にいまS16シルビアないしRS16 180SXを出したところで、喜ぶのはメディアだけで、実際には多く売れることはないだろう。
かつてと違い、いま、日本の乗用車市場は、SUVとミニバン、そして軽自動車が多数を占めている。
オートサロン会場でS13やRS13の類のクルマがあればその周囲はひとだかりで、衆目を集めることは集めるのだが、その現代版をいざ全国で売り出したところで、かけた開発費のモトが取れるほど売れるかどうかは疑わしい。
想定される需要と供給のバランスを考えたとき、どう考えても手の届きにくい車両価格になるはずだからだ。
やはり2ドアスペシャルティは過去のジャンルのクルマなのだと思う。

なんだか「それをいっちゃあおしまいよ」といわれかねない終わり方になってしまったが、今回はここまで。
次回はS13デザインのお話をします。

【スペック】

日産 180SX TYPE II
(E-KRS13型・1989(平成元)年型・5MT・HICAS-II 装着車

●全長×全幅×全高:4540×1690×1290mm ●ホイールベース:2475mm ●トレッド前/後:1465/1460mm ●最低地上高: 135mm ●車両重量: 1190kg ●乗車定員:4名 ●最高速度: – km/h ●最小回転半径:4.7m ●タイヤサイズ:195/60R15(ポテンザRE71) ●エンジン:CA18DET型・インタークーラーターボ付き水冷直列4気筒DOHC ・縦置き ●総排気量:1809cc ●ボア×ストローク:83.0×83.6mm ●圧縮比:8.5 ●最高出力:175ps/6400rpm ●最大トルク:23.0kgm/4000rpm ●燃料供給装置:ニッサンEGI(ECCS・電子制御燃料噴射) ●燃料タンク容量:60L(無鉛プレミアム) ●サスペンション 前/後:ストラット式/マルチリンク式 ●ブレーキ 前/後:ベンチレーテッドディスク/ディスク ●車両本体価格:197万0000円(当時・除くHICAS-IIオプション価格)