エレガントさを求めたら、S13とつながりのないCSP311とつながった!
S13シルビアは、ターボ付きCAエンジン、リヤのマルチリンクサスペンション、HICAS-IIなど、クルマ好きが唸るメカ魅力で買ったひとが多かったろうが、
「難しい技術のことなんかどうだっていい。このスタイルに惚れたの!」
そんな盲目的な想いが働いて販売店に猛ダッシュしたひとだってたくさんいたのではないだろうか。
シルビア解説第8章は、S13デザインのお話だ。
※★マークは、当時資料などでの呼称です。
理想的なプロセスを経て生まれたS13
発売から37年経ったいま、後追いで調べてみると、S13はハード面、スタイリング面ともども、理想的なプロセスをたどって生まれたクルマであることがわかる。
S13シルビアの開発まとめ役を務めた、故・川村紘一郎さんの想いは、ごくごく単純なものだった。
とにかく乗って楽しいクルマを造ろう―――
内外スタイリングにあたってもS12の後継であることを意識せず、デザイナーに指示したのは、
お前たちの乗りたいクルマを造れ―――
だ。
シルビアはセダンではないのは当然のこと、セダンから派生した2ドアクーペでもない。
実用性よりもファッション性に重きを置いたスぺシャルティクーペだ。
その「スペシャルティ」はどうあるべきかを考えた結果、センスがよくて走りが楽しいスタイリッシュクーペにしようということで進められた。
最終的に掲げられたテーマは次の3点だ。
1.エレガントで流麗なスタイリング
2.モダンでヒューマンタッチのソフトインテリア
3.気持ちの良い楽しい走り
お気づきだろうか。
2ドアのFRクーペでありながら、走りに関する思想が3つめに置かれ、デザインに関するテーマが最初の2つを占めていることを。
つまり、S13シルビアの開発思想は、マルチリンクリヤサスペンションやHICAS-IIに代表される走りのメカを積極的に採り入れながらも、それよりは、ひとの目や肌に触れる部分を主眼にしていたのだ。
本記事ではメカについては触れないとして、開発陣は、「スペシャルティ」として、とにかくスタイリッシュでカッコいいものをめざすことを考えた。
具体的には、街に置いてもファッショナブルであるが、これ見よがしに自己主張することはせず、周囲に溶け込みながらも存在感を主張する。
それでいて、スカイラインのような汗臭さや熱さとは無縁の、秘めた走りの性能、ハンドリングの楽しさを予感させるスタイリングでなければならない・・・何とも抽象的で、これを形で表現するのはそう簡単な作業ではない。
まずは複数のスケッチが描かれた。
どれを見ても、FRの2ドアスペシャルティでありながら、トリッキーな、あるいは凄みを感じさせるわざとらしいスケッチはない。
スラントしたロングノーズ、ワイド&ローを共通項に、面質やラインの入れ方を違え、ファッショナブルにしてさりげない存在感をどのように具現化するか、いろいろな形で模索している。
代表的なスケッチをいくつかお見せする。
掲載の都合上、勝手にA案、B案・・・と名付けた。
描いたら描いたなりにいろいろな種類のスケッチが出来上がるものである。
まったくの主観で述べさせてもらうと・・・
A案は硬質な面の中腹に、明快なレリーフを前後にスパッと通した。
ちょっと未来的(当時としての)に見えるが、そのせいか、初代アルシオーネを連想させる。

B案は、先端を極限まで下げたスーパースラント(?)ノーズ。
これだけ傾斜が強いとエンジンの収容に難が出そうだ。
前輪アーチとフードとの距離(=フェンダー厚さ)からして、ストラットサスが成立するかどうか。

C案。ボディ下半身は、ステップ状の樹脂プロテクターを想定したらしい。
ということは、樹脂に色を塗るかどうかはともかく、2トーンスタイルが前提なわけだ。

D案。全身をやさしいソフトな面で覆い、かつ、前後フェンダーに張りを与えている。
張りのあるリヤフェンダーからリヤエンドにかけての描き方は、その後のR32スカイラインを想わせる。
このスケッチが案外、この頃開発中だったR32デザインチームにまわされたのではと想像するのも楽しい・・・といいたいところだが、当時資料から察するに、これがスケールモデルに進展したようだ。

E案は、「戦闘的、クール」がキーワードなのだと。
これもノーズ先が低く、顔全体もコンセプトモデル的である。

F案は、「あたたか、ふくよか、スポーティ」なのだそうだが、何だかレパードクラスのすごみを感じさせるラグジュアリークーペのようで、シルビアとしては似合わない気がする。

G案は逆にひとクラス下のクーペのようで、RZ-1の次世代のよう。
シルビアとしては格下げ感を抱かせる。

スケールモデル化で次のステージへ。
S13のスタイリングは、デザインチーム内に設けられた2つのグループの競作で進められ、それぞれ数種の1/4モデルを経て決戦モデルになったのが次のふたつだ。
採用案は、何となく全体にまだ硬さが見られるのと、フロントやコーナーのランプ、ナンバープレート位置などが量産デザインと異なっている。
この後手直しを受けるのだろう。

いっぽう、こちらは最後まで争った没案だ。
この没案も捨てがたい。
グリルレスの顔がシルビアにふさわしいかどうかはともかく、フロントやリヤの硬質さ、サイドボディ面の柔らかさ・・・これがアンバランスというよりはうまく融合している印象がする。
ウエストラインの張りもこちらのほうが際立っている。
やや未来感のあるサイドのウインドウグラフィックスやリヤピラーも魅力だ。
加えてクオーターガラスの面積はこちらの方が大きいから、実用性=斜め後方視界は採用案より上だ。
グリルレスをもうちょいブラッシュアップし、これが現実のS13とは別のネーミング、もしくは「シルビア●●●」のサブネーム付きで量産化、併売したとしたら、街でどんな姿に映っただろう?
なるほど、さすが最後の最後まで競り合っただけのことはある。
ぜひとも量産デザインが見たかった没案だ。

ここで参考までに、さきに触れた、1/4スケールモデルの写真も載せておこう。




S13シルビア、エクステリアデザインのアピールポイント
このようなプロセスで完成して発表されたS13のスタイリングについて、当時の日産は次の点を大きくアピールしている。
★エレガントストリームライン
エクステリアデザインは、「流麗なラインと美しい面でまとめること」が基本コンセプト。
デザイナーは、「どこにもひっかかるようなところのない、本当に自然な流れにかなったラインを選び出し」たという。
いわく「エレガントストリームライン」。
このS13シルビアのサイドを目で見て肌で触れたとき、確かに「ひっかかるようなところ」は見当たらない。

低く、かつやさしい曲線を描いたフードのラインが、まるでクルマ自らが風と相談して決めたかのようなフロントピラー&ガラスの角度でルーフに向かい、ゆったりしたカーブを描いた先でリヤガラス~リヤエンドに到達する。
ボディサイドパネルの造形も美しい。
わざとらしいプレスやうねりを意識的に入れず、キャビンを包んでいるおおらかな面には繊細な1本線が前から後ろに走るばかりだ。
ただ、この5年後、3ナンバーサイズに踏み込んで1730mm幅になったS14シルビアを見た後では、S13のサイドがやせて見えるようになる・・・勝手なものだ。
★クリスタルグリル
S13シルビアのエクステリアを大きく特徴づけているひとつ。
「グリル:grille」とは、「自動車の前部につけた格子」と意。
クリスタルグリルは走行風をエンジンルームに採り入れるわけではないから、本当はグリルとはいえないのだが、両脇の超薄型ヘッドランプを透明ポリカーボネート製のパネルで結び、フラッシュな顔をなす。
エンジンルームへのエア導入は、バンパー下部の開口部に任せている。

★グラマラスフェンダー
クルマを上から見たとき、フロントを絞り込み、フェンダー上部を張り出させていることで面の豊かさを表現。
空力的な形状にすることでフロントに量感を与えると同時に、ここに走りの高性能を予感させる役割を与えている。


★カプセルリヤウインドウ
後ろのガラスを3次曲面にしたカプセルリヤウインドウでキャビンをモダンに、スマートに、そしてコンパクトに見せたという。
第2章で書いたが、ウエストラインがあと5~10mm低くなればいくらかでもサイド視界が広がり、このカプセルリヤウインドウとともに、スマートさと機能性を併せ持った凝縮感あるキャビンになったかも知れない。

★フラッシュサーフェス
ドアガラスやリヤサイドガラスをスムースにつないで面一に。
ウエストラインやドアハンドルなど、ボディ面との段差を限りなくゼロに近づくように努めている。
空力性向上を狙うフラッシュサーフェスの徹底は、日産は1990年の初代プリメーラででも挑戦している。
★リヤビュー
旧S12と違い、S13のリヤナンバープレートはバンパー側に。
通常、ランプ間にはフィニッシャーを当てはめるが、S13では横長のセパレート型ランプをボディに直接据え、ワイド感を強調した。

S13にCSP311との近似性を見た
ところで筆者は第1章で、「1965年のCSP311型シルビアと、1975年から「S●●」型式を名乗り始めて以降の歴代シルビアに関連はない。」と書いた。
CSP311は成り立ちが当時のフェアレディがベースであること、CSP311の生産終了からS10までの間に中断期間があることが理由だ。
だがS13とCSP311を比較したとき、外形スタイリングに関しては大きな連なりがあるように思えてならない。


CSP311シルビアは2人定員のクルマで、サイズは全長×全幅×全高=3985×1510×1275mmと、S13よりひとまわりもふたまわりも小柄だ。
ホイールベースは2280mmで最低地上高は170mm(ここだけ想像に反して高い!)。
CSP311に近いアングルのS13後期型写真があったので比べてみると、2人乗り、4人乗りの違いはあるが、ボディ全体のシルエット、サイドの前後ガラスの輪郭などはS13に近い。
ノーズ先のランプに至るカーブ、その下の低い位置から先を鋭く見つめるかのようなライト、余計なプレスのない、張りのある面も似ている。
ましてやその面を上下に分けるラインの位置も似ているばかりか、どちらもドアハンドルを貫通しているところまで一緒だ。


そして共通しているのは気品だ。
内に高性能を秘めながらそれを誇示することはせず、気品あるたたずまいで存在感を醸し出している。
アクセサリーは最小限で、CSP311はフロントフェンダー、S13はリヤフェンダーに車名or機種名のバッジをつけているだけ。
あちらこちらに装飾品を散りばめて自らを飾り立てるようなことはどちらもしていない。
人間でいえば、服装は派手でなくとも、そのたたずまいとふるまいで気品を感じさせる大人である。
もしCSP311に後席に2人が乗れる申し訳程度のスペースを加味し、キャビンが後ろに拡大されたと想定すると、リヤサイドのガラスも拡大され、上の頂点が辺になった三角型の四角形になる。
併せてちょっと短く感じるリヤオーバーハングも延ばしたとすると、ますますS13に近似してくるのではないか。
素人技でCSP311に画像加工して比べてみた。
リヤオーバーハングを延ばしたついでに、トランクリッドも水平にしておいた。


・・・・・・・・・。
何だか見れば見るほど、S13のオリジナルデザインは、このCSP311なのではないかとすら思えてならないのである。
やはりCSP311のサイズやキャビンを時代や性能に応じて大きくし、前後ガラスを寝かせて現代版(当時としての)にしたのがS13だと思えてならない。
これが果たして意図的なのか、偶然なのか?
× × × × × × × × ×
というわけで、本当は内装デザインも触れる予定だったが、長くなりそうなので次回に。
ではまた。
【撮影車スペック】
日産シルビア Q’s
(E-S13HA型・1988(昭和63)年型・4速AT・ライムグリーンツートン(特別塗装色))
●全長×全幅×全高:4470×1690×1290mm ●ホイールベース:2475mm ●トレッド前/後:1465/1460mm ●最低地上高: 135mm ●車両重量: 1110kg ●乗車定員:4名 ●最高速度: – km/h ●最小回転半径:4.7m ●タイヤサイズ:185/70R14 ●エンジン:CA18DE型・水冷直列4気筒DOHC・縦置き ●総排気量:1809cc ●ボア×ストローク:83.0×83.6mm ●圧縮比:9.5 ●最高出力:135ps/6400rpm ●最大トルク:16.2kgm/5200rpm ●燃料供給装置:ニッサンEGI(ECCS・電子制御燃料噴射) ●燃料タンク容量:60L(無鉛レギュラー) ●サスペンション 前/後:ストラット式/マルチリンク式 ●ブレーキ 前/後:ベンチレーテッドディスク/ディスク ●車両本体価格:186万9000円(当時)
【CSP311シルビアスペック】
日産シルビア
(CSP311型・1965(昭和40)年3月・4速MT)
●全長×全幅×全高:3985×1510×1275mm ●ホイールベース:2280mm ●トレッド前/後:1270/1198mm ●最低地上高: 170mm ●車両重量: 980kg ●乗車定員:2名 ●最高速度: 165km/h ●最小回転半径:4.9m ●タイヤサイズ: 5.60-14-4P ●エンジン:R型・水冷直列4気筒OHV・縦置き ●総排気量:1595cc ●ボア×ストローク:87.2×66.8mm ●圧縮比:9.0 ●最高出力:90ps/6000rpm ●最大トルク:13.5kgm/4000rpm ●燃料供給装置:キャブレター(HJB38W-3型 2個) ●燃料タンク容量:43L ●サスペンション 前/後:独立懸架ウィッシュボーン ボールジョイント式/半浮動バンジョー型 ●ブレーキ 前/後:ディスク/リーディング・トレーリング ●車両本体価格:120万0000円(東京価格・当時)


