1988年当時のクーペ人気と自動車市場と教室市場?
このクルマが出た当時、私は中学生だったが、同じクラスに、このS13にぞっこん惚れ込んだ友人がいた。
2025年現在のいまも口にしているが、外観も去ることながら、「内装のシンプルなところが気に入った」のだった。

買うならK’sがいいか、Q’sがいいか…免許もなければ買えもしないのに、カタログを見て「エアクルマ選び」を楽しんでいた姿を思い出す。


その友人も含む周囲がシルビアだ、セリカだ、プレリュードだと教室を賑わすいっぽう、当時日産応援団だった私は、シルビアに惹かれながらも、アテーサで人気だったU12ブルーバードやトラッドサニーに興味があったが、売り始めてからすでに6年も経っていたカクカクのプレーリーにも関心を抱いており、S13から4か月後の1988年9月に発表された、U12ブルーバードベースに昇格した2代目プレーリー(旧型は最初のFFサニーベース)の変貌ぶりには「やったね!」と拍手を贈ったものだ。


シルビアのK’sかQ’sかを決めようとする友人を尻目に、こっちはこっちで、買うとしたら、旧型ならJW-Gだったが、新型はJ7か、やっぱりJ6かなんていっていたのだから、まあどっちもどっちである。
ただし、この種のクルマはまだ少数派で、当然市民権は得ていない時代。
「ミニバン」なんて言葉はなく、「もうひとつのセダン」という位置づけだった。
このコンセプトを理解したひとだけが買うクルマであり、多く売れることはなかった。
この頃の日本のクルマ市場は、ファミリー層はセダン、若者は2ドアクーペが既定路線だったのである。
そしていまのひとたちには信じられないだろうが、運転免許のない少年たちだって街ゆくクルマを憧憬の目で見つめていたのである。
サラウンド造形とゆったり傾斜のコンソールで優しさを表現するインストルメント
この時代のこの種の2ドアスペシャルティが「デートカー」などと呼ばれているのを見聞きするにつけ、何ともバブリーというか、チャラついた(?)軽々しい響きに感じるので、群馬県の田舎もんにして中古車ひと筋一家で育った私には何となく「ムカッ!」とくるのだが、ことS13シルビアに限っては、初代&2代目プレーリーに関心を抱いていた私でさえ、惹きつけられる魅力が確かにあった。
S13シルビアインテリアのデザインテーマは、「モダンでヒューマンタッチのソフトインテリア」。
たいていはデザインがばらつきがちなインストルメント、コンソール、シートなど、インテリアの主要をひとまとめに捉え、トータルでデザインされたのである。

ドアを開けて人間の視野の8割を占めるのはシートだといわれている。
だが、その定説もこのS13シルビアについては当てはまらないだろう。
まずはフロント側のインストルメントパネルに目がいったはずである。

特にインパネ左右がドア内張りにスムースに流れていく造形には「おおっ!」と驚嘆したに違いない。
このサラウンド造形は、モーターショーのコンセプトカーでは例があり、だからこそ夢があったのだが、市販車でこれほど徹底したクルマはS13シルビアの後にも先にもない。
向こう側から手前パッドの部分がなだらかにドアトリムに流れ込んでいく美しさよ。
ドアトリムとのすき間も均一だし、つながりに寸分のずれもない。
座ってホッとする安堵感や包まれ感はS13以外のクルマでは得られないものだったろう。
これはメーターとドアトリムの間に吹出口やスイッチ類が密集する運転席側より助手席側のほうが象徴的でわかりやすい。

S13インテリアのデザインは、エクステリアデザイン同様、2つのチームの競作で進められた。
そのスケッチをお見せしよう。
また勝手にA案、B案・・・と名付けさせていただく。
いずれも、いわゆるコクピットタイプのもの・・・サラウンド志向のもので進められたが、最終的に、コンソール傾斜の強い案(後述)が採用になった。





当時の私は、未来志向のショーコンセプトカーで見られるこのラウンド造形に、包まれ感よりは未来感を抱き、もしタミヤからS13シルビアのプラモデルが発売され、このサラウンド内装が再現されていたらぜひ買おうと思っていたのだが、いざ発売されて確認してみたら、室内はただの箱型で片付けられており、がっかりして買うのをやめたことがあった(いまはどうか知らないが、その頃はお店で箱を開けて中を確認できた。)。
余談さておき、さきに書いたように、このインパネのパッド部は、左右いっぱいからセンターコンソールまで、分割線も継ぎ目もない一体成型。
これだけ大きいと、当時の他社メーカーのひと・・・内装設計のひとは「よくぞやり遂げた」と称えたろうし、生産技術やラインサイドのひとは、キャビンへの取付作業性を心配しただろう。
なにしろ車室幅いっぱいであるだけじゃなく、コンソール下部までをも一体で造り上げようというのだ。
表皮下すみずみまでパッドが行き渡って発泡するかどうか。
ひずみなく仕上がるか。
狙いどおり造れたところで、生産ラインでドア開口部からどこにもぶつけずにキャビンに据え付けられなければ意味がない。
2ドアクーペは4ドアセダンよりもフロントドア&開口部が大きいが、スタイリッシュが信条だけに低全高。
開口部だって上限寸が短い。
おそらくドア開口形状との相談ずくでのデザインだったとも思う。
実際、担当者は苦労しながら造り上げたようだ。
このインパネの製造メーカーとの往復だって1度や2度ではなかったろうし、社内生産サイドとの調整だって、他のクルマの場合より綿密に行なわれたはずだ。
インパネも含む内装のカラー種は、特に名称を与えられていないが、ブラックとブラウン(?)の2色。
私はクルマの内装は明るいほうがいいと思っているので、ブラックやグレー内装を好まないのだが、ことS13内装に限ってはブラックが似合うと思う。
ブラックといっても室内黒1色! というわけでなく、シートは深いグレーで生地も落ち着いた材質だ。
もうひとつのブラウンはちといただけない。
というのも、カタログで見た当時から思っていたのだが、この色調がブラウンというよりはほとんど黄土色なのだ。
助手席側パッドなんかこの色調のせいで何となくサハラ砂漠を見ている気分になり、そのうちのどが渇いて水が飲みたくなってくる。

それはともかく、この魅力的造形の内装なら、シックな色調にすることを念頭にした深いレッドやブルーなども似合いそうだ。
オートサロン会場で、ときに内装色を落ち着いたトーンの赤や青でまとめたS13展示車を見ることがあるが、なかなか魅力的だ。
実は当時、私はインパネ左右のサラウンドに目を奪われるばかりでちっとも意識せず、今回の記事のために調べて初めて知ったのだが、コンソール(空調パネルやオーディオが収まっている部分)の傾斜も特徴づけられた部分で、「スロープドセンターコンソール」と命名されている。

与えられたのは傾斜だけじゃない、このコンソールには役割も与えられており、前席乗員空間の上半分に開放感を与え、下半分にスポーティなフィット感をもたらすことを狙っている。
FRゆえ、フロアトンネルが高い=シフトや駐車ブレーキ部が高いこととの相乗効果もあるだろう。
確かにこの傾斜が以前の日産車のように垂直だったり、申し訳程度の傾斜だったら類型的に映ったろうし、下半分の適度なフィット感も得られまい。
ソフトの想いはスイッチ類にも
さきに掲げたテーマ「モダンでヒューマンタッチのソフトインテリア」の思想は、ひとが頻繁に触れる部分にも表現されている。
いくつか例を挙げると、まずは筆者が気に入った布貼グローブボックスを、勝手に代表格に掲げよう。
ハンドル脇の、丸みを帯びたハザード/リヤ熱線スイッチはS13シルビア専用品。
センターコンソールは、ひと目「ふたを閉じた姿がなめらかで美しい」と思ったが、それもそのはず、調べたらこれも「・・・ソフトインテリア」コンセプトの一環だった。



この頃の日産車は、ワイパー/ターンシグナルレバーやシフトノブが硬い印象のものから、丸みを帯びた、触ってやさしい感触の形に変わったし、タクシーみたいに素っ気なかった室内側ドアハンドルも、ふくらみを持ちながらドア内張りにインテグレートされたものになっていたが、これも今回調べたらこれらはこのS13シルビアが起点で、次の初代セフィーロや2代目プレーリー、ブルから独立したマキシマ、6代目ローレルへと順繰りに続いていく(プレーリーはシフトノブだけで、他はなぜか旧デザイン品が使われているが。あれー?)。



シフトノブなんてAT用はゴツゴツに角ばった、武骨な印象のものだったが、新デザインノブはゴルフクラブの先っちょ(ヘッド)みたいな、包む手の形に即した丸みを持っている。

それにしてもS13の内装デザインは、S13以後の日産車に使うことが前提だったにしても、どれもこれも、無意味に触りたくなるものばかり。
乗るひとの感覚に寄り添うやさしさを第一に置いて造形したことがよくわかる。
U12ブルーバード、このS13、S13の後の2代目プレーリーや初代セフィーロなど、日産はこの頃から少しずつ変わろうとしていたのである。
身を優しく包みこむ、モダンフォルムシート
変わったといえばシートだ。
これまたインパネと同じく一体成型。
背もたれにしても座面にしても、通常ならサイド部は表皮が別だったり、同じであるにしても縫製で区切られるものだが、「モダンフォルムシート」と名付けられたこのS13シートには継ぎ目がいっさいなく、表皮と内部のウレタンが一体成型にされている。
シートバックはヘッドレストまで一体。
リクライニング機能が要るから、さすがにシートバックと座面は一体ではないが、視覚上、一体に見える形になっている。
これも意識的なものだろう。

「インバース面形状をとったモダンフォルムシートを採用。シートそのものの形状が、最適のインバース面としているために、乗る人の体にピタリとフィット・・・(当時資料より)」
この手の、まことしやかな説明をされるシートは、たいていは造り手の自己満足に終わる。
このシートも見ればえぐりが大きく、どこかしっくりこないのではないかと警戒したのだが、実際に座ったら、特に上半身は腰部から肩口までぴったり身につくことがわかって感心した。
頭の上まであるヘッドレストだって後頭部を前に押し出す不快さはない。
むしろいまのクルマの方にこそ不快なクルマが多い。
頭部保護規制のせいでヘッドレストが大きすぎるせいだ。
S13で何よりもいいのは、サラウンドなインパネ同様、シート身の包み方にやさしさが感じられることで、もうちっと座っていたいなと思わせるシートである。
もっともこの感想も、あくまでも展示車での着座でのことであり、走行中の身体の安定性、保持性について語ることができないのがくやしい。
このシートの一体成型には、長期間に渡って乗り降りを繰り返してもしわができず、新車時の形状と性能が維持できる利点があるという。
デメリットは、形状が形状だけに市販のシートカバーがつけられないことだろう。
カバーを求めるひとがシルビアオーナーの中にどれほどいたか不明瞭だが、欲しけりゃここは専用形状のものを用品カタログから選ぶしかない。
何とセドリック/グロリア、クラウンで見ることが多いレースハーフカバーまであったのはたまらない。
もうひとつ、このモダンフォルムシートで、乗員がアジャストできるのは前後スライドとリクライニング角だけ。
8つもの調整機能を持った、旧S12の世界初「マルチアジャスタブルシート」とはえらい対照的なのがおもしろい。

昭和63年度グッドデザイン賞受賞
外形スタイルで模索した新しいシルビア像の創出、モダンなインテリアのたたずまい・・・内外それぞれ、生みの苦しみを味わった甲斐あって(?)、1988年5月の発表・発売から5か月経った1988年10月に、S13シルビアは「昭和63年度グッドデザイン大賞」を受賞した。
「グッドデザイン商品選定制度」は、当時の通商産業省(いまの経済産業省)の主催で、1957年に創設された制度で、審査対象は1984年に「すべての工業製品」になり、このとき輸送機器部門が新設された。
自動車が受賞する部門もいくつかあり、「金賞」や「外国商品」まで含むとだいぶ話は変わってくるのだが、「大賞」に限れば、輸送機器部門が新設された1984(昭和59)当年、最初に「大賞」に選ばれたクルマは3代目シビックシリーズ(1983年)の中の「シビック3ドア25i」で、昭和63年のS13シルビア「大賞受賞」はシビックに次いで2番目となる。
受賞理由は、
流麗な曲面デザインによる端正なプロポーションと、乗る人を優しく包み込むインテリアとの整合性や、車を操ることの楽しさを追求し、それを総合的に表現した点が、新しいトレンドを示すスペシャリティカーとしてふさわしい。
いうものだ。
次に載せる広告は、弊社「モーターファン」誌に出稿されたS13シルビア広告だが、受賞したのが1988(昭和63)年10月20日、その翌月11月に発売された「モーターファン1989(昭和64)年1月号」に出稿のシルビア広告では、さっそく「昭和63年度グッドデザイン賞受賞」をアピールしている。



商品としてのヒットにグッドデザイン大賞受賞・・・S13シルビアのスタイル内外を見ると、どうも大ヒットすることが約束されたデザインだったような気がする。
ヒット要因はもちろんデザインだけではないだろう。
そのコンセプト、走りのメカや楽しさなど、複合的にからみあっての大ヒットだが、たぶんデザイナーも含む開発陣は、セリカやプレリュードといったライバルばかりか、過去代々のシルビアすら意識することなく開発を進めてきたのではないだろうか。
S13シルビアまとめ役、故・川村紘一郎主管の「とにかく乗って楽しいクルマを造ろう」「お前たちの乗りたいクルマを造れ」という2つの言葉を純粋に受け止め、自己満足やひとりよがりでないクルマ造りを進めたからこそ、多くのひとびとに親しまれ、大ヒットしたS13だったのだと思う。
というわけで、S13シルビアのデザイン解説、これでおしまい。
【撮影車スペック】
日産シルビア Q’s
(E-S13HA型・1988(昭和63)年型・4速AT・ライムグリーンツートン(特別塗装色))
●全長×全幅×全高:4470×1690×1290mm ●ホイールベース:2475mm ●トレッド前/後:1465/1460mm ●最低地上高: 135mm ●車両重量: 1110kg ●乗車定員:4名 ●最高速度: – km/h ●最小回転半径:4.7m ●タイヤサイズ:185/70R14 ●エンジン:CA18DE型・水冷直列4気筒DOHC・縦置き ●総排気量:1809cc ●ボア×ストローク:83.0×83.6mm ●圧縮比:9.5 ●最高出力:135ps/6400rpm ●最大トルク:16.2kgm/5200rpm ●燃料供給装置:ニッサンEGI(ECCS・電子制御燃料噴射) ●燃料タンク容量:60L(無鉛レギュラー) ●サスペンション 前/後:ストラット式/マルチリンク式 ●ブレーキ 前/後:ベンチレーテッドディスク/ディスク ●車両本体価格:186万9000円(当時)

