Aston Martin Valhalla

1079PSのモンスターをサーキットでアタック

2基のフロントモーター、1基のリヤモーターに4リッターV8ツインターボを組み合わせるハイパーPHVカーのヴァルハラ。貴重なハイパーカーにサーキットで試乗する機会を得た。
2基のフロントモーター、1基のリヤモーターに4リッターV8ツインターボを組み合わせるハイパーPHVカーのヴァルハラ。貴重なハイパーカーにサーキットで試乗する機会を得た。

アストンマーティンは本気である。正確にいえば、ローレンス・ストロールの熱情が英国の老舗ブランドを突き動かしているのだ。F1界の頂点に立ち、同時にロードカー分野でも世界一に。それがローレンスの野望だ。それはすなわち「マラネッロに追いつけ追い越せ」という壮大なチャレンジである。

野望に向かって着実に前進していると言っていい。シルバーストーンに建設されたアストンマーティン・アラムコF1チームのファクトリーは世界一の規模を誇る施設であり、CFRP成型からウインドトンネル、シミュレーターまで最新鋭の設備が整う。わずか2台のレーシングカーを走らせるためだけに、何百人ものスタッフが日夜働いているのだ。

なかでもデザインチームが凄い。200人はいようかという巨大なデザインルームでは日々パーツデザインの更新が行われているが、その変更スピードが早すぎるため、とてもじゃないがパーツの製造を外部に委託することはできないという。欧州で最も大きなレベルを含む大小様々なCFRP成型用のオートクレーブを備え、デザインルーム直結で全パーツを製造しているのはそのためだ。

サーキットでの驚くべき安定性

驚くべきサーキットでの安定性と快適性を見せつけたヴァルハラ。最近のアストンマーティンの勢いを象徴するようなモデルだ。
驚くべきサーキットでの安定性と快適性を見せつけたヴァルハラ。最近のアストンマーティンの勢いを象徴するようなモデルだ。

デザイナールームの中央には大きなガラスルームの部屋があり、そこだけアナログに原寸大のマシン線画が掛かっている。エイドリアン・ニューウェイの部屋だ。私が訪れた日も、彼は若いデザイナーたちと熱心に話し込んでいた。レギュレーションが大幅に変わる来シーズンはいよいよホンダ製のワークスPUを得て、必勝体制が整う。果たしてローレンスによるアストン新時代の真の幕開けとなるだろうか……。

それはともかく、F1で勝てば当然ながらブランド価値が上がり、ロードカービジネスも好転する。市販モデルのラインナップもそれに合わせるかのように着々と揃えられてきた。2シーターのスポーツカーから、V8ツインターボの2+2GTカー、12気筒の豪華なスポーツカー、限定生産のハイパーカー、そしてスーパーSUVまで、ショールームラインナップはまさにマラネッロ風である。

そんなラインナップの最後のピースとなるモデルが今回の主役であるヴァルハラだ。システム総合の最高出力が1000PSを超えるプラグインハイブリッドパワートレインを積んだミッドシップのスーパーカー、と聞けば読者の皆さんもすぐに「フェラーリ SF90 XX ストラダーレ」を思い出すことだろう。フロント2機+リヤ1機の電気モーターをV8ツインターボエンジンに組み合わせる、と聞けばなおさらだ。他には「ランボルギーニ テメラリオ」も採用するシステム構成で、今やスーパーカーのメインストリームになりつつある。

AMG GTブラックシリーズ用に開発されたスペシャルエンジンを搭載

もちろん最新モデルであり、F1テクノロジー直結であることを示すファクトの数に関しては既存のライバルを上回る。ヴァルハラのエアロダイナミクスやコンポジットマテリアルの開発には前述したF1ファクトリーも密接に関係しており、CFRPモノコックボディの採用などはライバルを凌駕するポイントのひとつと言えそうだ。

フロントに配された2機の電気モーターは、当然のことながら、トルクベクタリングやトルクフィル、リバース、EV走行、回生ブレーキに活用される。レスポンスに優れた油圧式の電子制御デファレンシャルを備える新開発の8速DCTにはもう1機の電気モーターが組み合わされており、これに4.0リッターV8ツインターボエンジンとドッキングして、ドライバーの背後に積み込んだ。

ここで注目しておくべきは最高出力828PSを発揮するエンジンだ。アストンマーティンの最新モデルに積まれたV8といえば誰もがメルセデスAMG製であると知っている。だが事情通であれば800PSオーバーと聞いて「何かが違うはず」と思ったことだろう。実はこのエンジン、他のアストンマーティンに搭載されるM177系ではなく、M178 LS2と呼ばれる“別物”だった。M178 LS2はフラットプレーンクランクを持つドライサンプ式のV8ツインターボで、メルセデスAMGの至宝であり、そもそもはGTブラックシリーズ用に開発されたエンジンなのだ。これをベースにアストンマーティンが専用にリファインし、ヴァルハラの心臓部とした。

世界限定999台。25年中にはデリバリーが始まるというヴァルハラの生産プロトタイプをテストできるというので、シルバーストーンサーキット内にあるアストンマーティン専用テストコース「ストウ」にやってきたのは7月も終わる頃だった。世界でわずか15名にしか与えられなかった機会を逃さず、急遽、イギリスへと飛んだのだ。

視認性に優れる大型ディスプレイがサーキット走行をサポート

ファクトリー見学の翌日。待望のストウでの試乗が待っていた。まずはヴァンテージでコースレイアウトを学ぶ。平坦だがなかなか面白いコースで、幅もエスケープゾーンも十分。1000PSオーバー・スーパーカーの味見にはもってこい。

英国ナンバーのついたヴァルハラに乗り込んだ。無駄をそぎ落としたカーボンコクピットに収まるとボルテージが一気に上がる。いつになく緊張しながら走り出したけれども、最初のひと転がしで大いに安堵した。乗りやすいと感じたからだ。フロントが両腕に直結して素直に動く感覚と、パワートレインの扱いやすさ、そして何より洗練された乗り心地にヴァルキリーとはまるで違って親しみさえ覚える。すぐにマシンとの一体感が生まれた。

最初の1周は様子見。そうは思っていたけれど裏の直線に入った瞬間にスイッチが入ってしまう。右足を目一杯、奥まで踏み込んでみる。

スポーツ+モードながらオートマチック変速。これが良かった。まるで“先生”のように的確に、変速のポイントと適正なギヤを教えてくれる。そしてもちろん、とてつもなく速い。速いが怖さはほとんどない。冷静に速さを味わうことができる。

ブレーキ性能にも驚かされた。思い切り踏み込むとガバッとリヤウイングが立ち上がる。それを傍目に見つつ、コーナーを目指す。回生による違和感はまるでない。ダイレクトかつスムースに速度を落とした。制動コントロールも優秀だ。

ベクタリングの効くフロントモーターのおかげで自分が思うより一段高いギヤを使っている。電気モーターの存在をほとんど感じさせず、ステアリングの操作感は極めてダイレクト。フロントに引っ張られるような感覚もない。ハイパワーなミッドシップスポーツカーの操縦フィールを心から楽しむことができる。しかも驚くべき速さで……。

最も美しく速い、公道を走れるハイパーカー

ベクタリングが効くフロントモーターのお陰でサーキットでも自由自在に操ることができるヴァルハラだが、調子に乗って周回を重ねていると思ったよりもGで身体がダメージを受けたようだ(笑)。
ベクタリングが効くフロントモーターのお陰でサーキットでも自由自在に操ることができるヴァルハラだが、調子に乗って周回を重ねていると思ったよりもGで身体がダメージを受けたようだ(笑)。

走れば走るほどに速くなっていく。パドルでマニュアルシフトも試みた。マシンとの一体感がさらに高まる。タイムそのものは同じくらいか、ひょっとすると遅いかもしれない。けれども手足がパワートレインと繋がることで、自在に操っているという感覚が大いに増した。

無我夢中で楽しんでいると、腹筋のあたりが痛くなった。胃の感覚もなんだかおかしい。思っているよりも速いコーナリングスピードに、私の身体の方が悲鳴を上げ始めたのだ。日頃の運動不足を罵った。あと2周のサインを見て、速度を落とす。本当はもう1周走れたのだけれど、悔しいことに諦めざるを得なかった。

1/999。すでにオーダーした方には心からの祝福を捧げたい。これほどまでにエレガントで乗りやすく、しかも洗練された速さをもつスーパーカーは今、他にない。同時に新車で購入できる最も美しくて速いミッドシップカーであると思う。

REPORT/西川 淳(Jun NISHIKAWA)
PHOTO/Aston Martin Lagonda
MAGAZINE/GENROQ 2025年10月号

SPECIFICATIONS

アストンマーティン・ヴァルハラ


ボディサイズ:全長4727 全幅2014 全高1161mm
ホイールベース:2760mm
エンジン:V型8気筒DOHCツインターボ
総排気量:4.0リッター
システム最高出力:793kW(1079PS)/6700rpm
システム最大トルク:1100Nm(112.2kgm)
トランスミッション:8速DCT
駆動方式:AWD
サスペンション形式:前ダブルウィッシュボーン 後マルチリンク
ブレーキ:前後ベンチレーテッドディスク
タイヤサイズ:前285/30ZR20 後335/30ZR21
最高速度:350km/h
0-100km/h加速:2.5秒
車両本体価格:1億2890万円

【問い合わせ】
アストンマーティン・ジャパン・リミテッド
TEL 03-5797-7281
https://www.astonmartin.com/ja

シルバーストンでの試乗でエンジニアと談笑する筆者。

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