採算が取れない?

三菱商事が落札した3海域での発電規模は約170万kW。本来なら2028年以降に発電を始める予定だった。まだ建設前の段階だが、円安や資材費、建設のための人件費などが高騰し「採算が取れない」と判断した。記者会見で三菱商事の中西社長は「発電開始から30年間の総収入を総支出が上回る。マイナスのリターンとなる事業を続ける選択肢を取れなかった」と語った。
風力発電の風車は予想以上に故障が多く、使い続けていると発電コストが上昇する--こんなレポートをイギリスのNPO法人であるREF(The Renewable Energy Foundation=再生可能エネルギー財団)が公表したのは2020年11月だった。日本でも2018年に公表された経済産業省調査のなかで「故障の多い部品」「故障すると面倒な部品」についてのデータが示され、重要部分が故障すると「ダウンタイム(発電できない時間)は1年を超える」と報告されていた。

欧州では以前、洋上風力発電設備は「使い続けているうちに発電コストはどんどん安くなる」と喧伝されていた。しかし、REFが発電風車を所有・運営する350社以上の会計報告を元に計算したところ、2008年設置の発電風車は2019年末の段階で発電費用がすでに運転開始時点の2倍に近くなっていた。
大きな風車は壊れやすい
REFによると、陸上風車でも洋上風車でも2008年までに設置された「比較的小出力の風車」、洋上については「水深10m以下の浅い海に設置された風車」は運転費用が安いという。しかし、2018年以降に設置された「より高出力な風車」、洋上については「水深30m以上の深い海に設置された風車」は、徐々に運転費用が高くなる。
デンマークのデータはさらに興味深い。陸上・洋上の風車約6,400基についての実際の「故障発生記録」によると、出力の大きい(つまりプロペラ直径が大きい)洋上風車は、運転開始からたった20カ月少々使っただけで全体の30%の設備に故障が発生していたという。比較的小型の陸上風車は運転開始から300カ月(25年)を経ても故障率は70%だが、出力2MW(メガワット=1メガは100万)以上の大型風車は運転開始から60カ月(5年)で全設備の約60%が壊れる。
故障発生率データからわかることは「発電出力の大きな風車は壊れやすい」ことだ。陸上設置でも洋上設置でもこの傾向は変わらない。発電出力はプロペラ直径にほぼ比例するから「大径プロペラを持つ発電風車ほど壊れやすい」ことになる。
故障したら修理すればいい。しかし、洋上風車へは船でしか行けない。故障箇所を調べ、交換する部品のリストを作り風車メーカーに発注する。しかし、もう日本には発電風車のメーカーがない。三菱商事は米・GE系の設備を使う予定だった。部品は輸入である。
しかし、風車メーカーがつねに補修部品を用意しているかというと、そうではない。とくにコストのかかる部品は補修用在庫を持たず「受注があったら作る」例がほとんどだ。以前、欧州で洋上風車のメンテナンスを請け負う企業を取材したときは、こう言われた。
「10基の風車があれば、毎年必ず2〜3基は故障する。いちばん厄介なのはローター(プロペラ)の回転部分にあるベアリング(軸受け)だ。交換部品を船で運び、プロペラとスピナー(覆い)を外し、ベアリングを交換する。高所作業であり、長ければ1年以上かかる。その間の作業船チャーター代だけで数億円になる。人件費もかかる」
似たような事例が世界各地で見られた。2023年11月、米国東海岸のニュージャージー沖にノルウェーのオルステッドが建てた風車について、同社は日本円で6100億円の損失を計上したことを理由に撤退を決めた。同じく米国東海岸での事業では、発電設備メーカーのGEが「ことしの損失も来年の予測損失も10億ドル」と発表し、事業規模縮小を決めた。
英REFが「洋上風車は使い続けると発電コストがどんどん上がる」と報告したのは2020年。三菱商事が洋上風車群プロジェクトを落札する前の出来事である。米国でオルステッドやGEが「巨額の損失」を公表したのは2023年だから、三菱商事が落札したあとだ。
そもそも日本にはサプライチェーンがない

日本では円安が追い討ちをかけた。国内に発電風車のサプライチェーンがないことから、すべて輸入に頼らなければならない。さらに、台風が多い日本では平均風速57m/秒の大型台風にも耐えられる「クラスT」洋上風車が必要であり、これもコスト高の要因だ。
それ以上に、日本は地理的な不利がある。365日24時間のなかで「発電している時間」を示す設備利用率で見ると、デンマークの首都コペンハーゲンとスウェーデンの都市マルメの間にあるエーレ海峡に設置した風車は最大55%の設備利用率だが、日本では期待値込みで約30%がせいぜいである。強い風が年中吹く場所は、日本近海にはほとんどない。
そして、英REFのレポートには「陸上風車は年率約3%、洋上風車は年率約4.5%で平均設備利用率が下がる」と記されている。これは故障や点検などによるダウンタイムがおもな原因だ。実際、スペイン沖の風車群でも毎年の使用率低下はREFの試算に近い数字である。
デンマークで平均設備利用率55%からスタートした洋上風車が、12年後には33%まで落ちた。風の強さと吹いている時間はほぼ同じだが、機械的なトラブルが利用率を下げた。1MW当たりの発電コストは、運転開始初年度に24ポンドだったが、毎年のダウンタイムと修理費によって12年後には42ポンドまで上昇すると試算され、実際にこの数字に近づいていると言う。

日本にも、数は少ないものの洋上風車がある。その平均設備稼働率は約20%である。年次ごとの瞬間最大効率は23.9%である。風の強い沖合に設置すれば30%を超えるとも言われているが、沖合へ行くほど点検修理コストが高くなる。
2018年実施の経済産業省調査で報告書に書かれていた交換部品の参考価格は、風車のプロペラブレード1本が約5,000万円、ベアリングは約4,000万円、風車の回転を増速して発電機に送るギヤボックスは約3,500万円、発電機は約3,000万円……だった。こうした修理実績が風車の保険料を上昇させている。
ほかにも漁業への影響、渡り鳥への影響、風車が発する低周波音による健康被害といった問題もある。「風は無料」だが、その力を電力に変換する過程でのコストとマイナス要因は、けして小さくはない。
すでに三菱商事は、2025年3月期に洋上風力事業で524億円の損失を計上している。先行投資の段階で、である。たとえば、このプロジェクトを国が買い取り国営にしたとしても、おそらく赤字垂れ流し状態で運営を続けることになるだろう。間接的に赤字を負担するのは国民だ。
今回の一件は、そもそもの制度設計として、果たして洋上風力が日本に向いているのかどうかをきちんと議論する契機になる。企業が損失を負担してくれている間に、政治と行政が本気で頭を使わなければならない。
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