若桜鉄道に“隼駅”があったことがイベント開催のきっかけに

鳥取県の八頭郡八頭町と八頭郡若桜町を結ぶ路線区間19.2kmの若桜(わかさ)鉄道。その全9駅の中に“隼”という名の駅がある。2008年、同名つながりということで、鉄道会社の社員がスズキ二輪に直談判したところ、「地域おこしの一助になるのなら」と先方が快諾。モーターショーに展示されたハヤブサのポスターが隼駅に贈られた。このつながりに便乗した二輪専門誌が急遽、「8月8日はハヤブサの日、ハヤブサオーナーは隼駅に集まれ!」と呼びかけたところ、掲載誌の発売日から二日後、しかも平日の金曜だったにもかかわらず、7台のハヤブサが駅前に集結した。これをきっかけに、翌2009年から地元有志たちによる“隼駅を守る会”や八頭町が中心となって毎年開催されているのが“隼駅まつり”だ。

隼駅は、1日の平均乗降人員が50名前後という小さな無人駅で、駅本屋およびプラットフォームは1929年(昭和4年)の建築である。2008年には駅舎や橋梁、SL関連施設など、沿線の鉄道関連23施設が一括して国の登録有形文化財に登録された。これは日本初のことであり、今でこそハヤブサ乗りの聖地となっているが、鉄道ファンにとっても訪れる価値の高い場所なのだ。

開業95周年を迎えた若桜鉄道・隼駅。スズキから贈られたハヤブサのポスターを掲示して以降、地域住民によって荒れていた駅前が整備され、すっかりきれいに。丸型の郵便ポストは、昭和の景観に合わせて2015年8月に設置された。
2014年、駅前にオープンしたHOME8823(ほーむはやぶさ)は、地域コミュニティの場として、また地元の食材をふんだんに使った食事処としてオープン。もちろんライダー大歓迎のお店でもある。

2010年4月には、駅舎内に売店“把委駆(バイク)”がオープン。隼駅グッズやスズキ公認のハヤブサグッズ、聖地限定ご当地ステッカーなどを販売するようになった。また、2016年3月からはスズキの協力によって“隼ラッピング列車”が運行されるなど、隼駅まつりが地域おこしの一助となっているのだ。

7月1日から8月31日までの2カ月間、隼駅まつりに合わせて駅名板がハヤブサ仕様となる。木造の小さな駅舎は昭和の雰囲気が漂い、まるでタイムスリップしたかのような感覚に。
現在の隼ラッピング列車は4代目で、今年3月から運行されている。桜吹雪が舞うデザインはスズキの鈴木俊宏社長がリクエストしたものだ。

前日からハヤブサ乗りが記念撮影のために隼駅へ訪れる

前日の8月9日、記念撮影のために愛車を駅前に並べるハヤブサ乗りたち。

今年の隼駅まつりの開催日は8月10日(日)。参加するライダーは前日から鳥取入りする人が多く、駅前には記念撮影を希望するハヤブサ乗りたちが列を作っていた。隼駅を守る会のスタッフに聞いたところ、今年は九州地方が災害級の大雨に見舞われたこと、またイベント当日が雨予報ということもあって、駅前の混雑ぶりは例年の1/3から1/4ほどだという。それでも、ひっきりなしにハヤブサがやってくるさまは圧巻だ。

次々と隼駅にやってくるハヤブサ乗り。
駅舎の前に愛車を置いて撮る。
撮影を手伝う八頭町のスタッフ。このイベントはかなりの人数のボランティアによって支えられている。
新幹線のはやぶさカラーにラッピングしたハヤブサ3型を隼駅の前で撮るの図。青森県は七戸十和田からの参加で、イベント後にはこのラッピングをはがしてしまう予定とか。

メイン会場は隼駅から約4分のところにある船岡竹林公園

隼駅まつりは、2009年の第1回こそ駅前で開催されたが、250台ものバイクが訪れたために、2010年の第2回は駅近くの隼小学校に場所を移動。しかし、この年は前年の2倍以上、およそ600台が集まったことから、第3回以降はさらに広い船岡竹林公園で行われるようになった。ちなみに、この施設内にあるトイレは、スズキの協力によって整備されたことから、2016年の隼駅まつりにおいて竣工式が執り行われている。

予報通りの雨の中、会場である船岡竹林公園に続々とハヤブサ乗りが集まってくる。
イベント自体は車種を限定していないが、駐輪場を見渡すと肌感覚的には9割以上がハヤブサだ。
駐輪場を巡っていると、北は北海道から南は九州まで、文字通り全国各地からハヤブサ乗りが集まってきたことが分かる。

過去最多のブース数、スズキ・鈴木俊宏社長による挨拶も

船岡竹林公園での受付開始は午前9時。記念ステッカーおよび記念うちわが配布されることから、1時間前の8時ごろから長蛇の列ができていた。雨が降り続いていたこともあり、バイクで来場したライダーはみなレインスーツを着たままであったが、例年よりも気温が低かったことから、むしろ歓迎する声が聞こえたほどだ。

隼駅まつり本部の受付に並ぶ待機列。このイベントで雨が降ったのは初めてとのこと。
記念ステッカーのほかに来場者特典として配られたのが、デイトナ製のスタンドホルダーだ。ハヤブサのロゴ入りというイベントオリジナルグッズで、昨年はイエロー、今年はグリーンだった。
9時の受付開始とほぼ同時に各ブースの物販もスタート。今年はキリのいい第15回ということで、出店数は過去最高だったとか。有力コンストラクターやショップのデモ車を間近に見られたり、新製品の詳しい説明を担当者から直接聞けたりするのは、イベントに足を運んだ者の特権と言えるだろう。
デモ車のほとんどが最新の3型だ。どのブースからも「スズキのフラッグシップだけにパーツの開発を継続したい」との声が聞かれた。
隼駅を守る会をはじめ、“隼オリジナルフレーム切手 2025年版”を販売する八頭郵便局、鳥取県交通安全協会、地元鳥取県の食の魅力をアピールするブースなども盛況だった。

10時からセンターステージで始まった開催行事では、隼駅まつり実行委員会の石谷優会長、八頭町の吉田英人町長らが挨拶。そして、スズキの鈴木俊宏社長が登壇すると、雨にもかかわらず全国からやってきた来場者に感謝の意を表しつつ、「ハヤブサの30周年に向けて、設計陣が奮闘している」といったニュアンスの発言が飛び出す。この4型を匂わせるトークに、会場が一瞬どよめいたのは言うまでもない。

鈴木俊宏社長による歓迎の挨拶。右は今年4月に現職となった伊勢敬二輪事業本部長。マイクを手にし、「四輪のエンジン設計を担当していたころ、谷田部の高速周回路のバンクで、ライダーがこちらに手を振りつつ外側から抜いていったのがハヤブサでした」との思い出話を披露した。
毎回恒例のゲストライダーによるトークショー。右は元世界耐久選手権元チャンピオンの北川圭一さんで、京都からハヤブサで会場入りした。左は津田拓也さんで、隼駅まつりの前週に開催された鈴鹿8耐に参戦したばかり。猛暑対策として自転車によるトレーニングを取り入れているという。

2000人ものライダーを温かく迎える、それが隼駅のある八頭町だ

この隼駅まつりの取材を通じて感じたのは、本当に奇跡のようなイベントだということだ。最も来場数の多かった昨年は2500台/2700人で、この数のバイクを受け入れられる自治体は全国でも数えるほどしかないはず。しかも、隼駅や船岡竹林公園までの道すがら、町の人たちはライダーに向かって会釈をしたり、手を振ったりしているのだ。加えて、広域を網羅する地元ボランティアの誘導は完璧かつ手慣れたもの。地域住民に歓迎されているのが伝わるからこそ、リピーターが多いというのもうなづける。

毎年恒例の来場者による“隼”の人文字をドローンで撮影。
今年の来場数は1800台/2000人と発表された。

八頭町役場のイベント担当者に聞いたところ、隼駅まつりが地域おこしのきっかけとなっているのは確かで、ライダーの受け入れ体制が周辺の自治体にも広がりつつあるとのこと。二輪専門誌の思い付きでスタートしたイベントが、こんなにも大きく立派に成長するとは。ハヤブサ乗りに限らず、ぜひ一度は隼駅や八頭町を訪れてみてほしい。

イベント終了後、雨脚が強まる中を帰路につくハヤブサ乗りたち。それを鈴木俊宏社長や伊勢敬二輪事業本部長、北川圭一さん、津田拓也さんらが手を振りつつ見送る。