S13の走りを特徴づけた、日産の熱量熱々の足まわり技術

「時代の名車探訪」シルビアS13編、都合により8月半ば過ぎで中断していたが、話はまだ続ける。

今回のS13話は、S13に与えられた新技術・・・リヤマルチリンク式サスペンションとHICAS-IIが主役だ。

裏を返せば、S13に投入された走りの新技術はこの2つくらいのもので、フロントのストラットサスは日産にとっては造り慣れたものだし、CAエンジンとて幾度と改良を受けてはいても1981年デビューのもので、格別目新しいものではない。

日産足まわり技術の象徴フレーズ「901活動」とは?

いまではあまりいわれなくなったが、トヨタのクルマづくりを象徴する言葉に「80点主義」がある。

「スタイル、走りの性能、装備、使用性などが平均点にあればそれでよし」というトヨタのクルマづくりの表現として、あるいはトヨタ車の個性が薄いことを称し、半ば揶揄的に使われていた言葉だ。

初代カローラの開発まとめ役を務めた長谷川龍雄さんの言葉・・・ということになっているがこれは間違いで、長谷川さんが唱えたのは「80点主義+α」だ。
みんなで「+α」の部分を忘れ、「80点主義」だけがひとり歩きをしてしまった悪い例だと思う。
その「+α」が初代カローラに於いて何だったのか、いずれこの「時代の名車探訪」で初代カローラを採り上げるときが来たら述べるつもり。

さて、このひとり歩きに似たような例がもうひとつある。
90年代の日産車の足まわりを語る際に必ず出てくる「901活動」というやつだ。

一般には「90年代までに世界一の足まわり、走りをめざそう」という日産のスローガンのようにいわれ、その象徴として、S13シルビアをはじめ、1989年のR32スカイラインにZ32フェアレディZ、90年のP10プリメーラがよく挙げられるが、これもさきの「80点主義」と同様、誤解釈された上でひとり歩きしてしまっている。

「活動」とか「めざす」なんていわれると、何だか、「みんなでがんばろう! な! な! な!」と設計陣や実験部がみんなで仲良く肩組んで夕日に向かって歩く様子が目に浮かぶが、そんな青春ドラマのような単純ものではない。

日産社内で「901活動」のフレーズが挙がったのは、時期としてはY31セドリック/グロリア開発の少し後ことだが、この活動の本当のねらいは、実験部門のエクセレントドライバーの養成にあった。

クルマに乗るのが人間なら、そのクルマを造るのだって人間だ。
その造り手が優れた感覚を持ち合わせていなければ、乗り手が気持ちよく感じるクルマなんてできない。
だからまずは自分たちが感覚を磨かなきゃいけない。
磨かれた感性で開発を手掛ければ、「90年代までに世界一の走りのクルマを造る結果につながるはずだ」という考えから、日産はその一環として、若手にはヨーロッパの養成所に留学までさせ、「どのように走ると人間はどのように感じ、どのような反応を示すのか」といったことを学ばせた・・・これが「901活動」だ。

世間はこの「結果」の部分だけをクローズアップして誤解釈し、その「プロセス」をまったく無視してしまったから「901活動」が意味を違えて理解されてしまっている。

結果は同じかもしれないが、本来の意味はまったく異なるのである。

マルチリンクリヤサスペンション

S13のリヤサスペンションは、その901活動の成果でうまれた足まわり技術のひとつだ。
ここでは日産呼称「マルチリンクリヤサスペンション」とする。

S13シルビアで始まったマルチリンクリヤサスペンション。

ご存じのとおり、サスペンション型式には、独立懸架なら「ストラット式」「ダブルウィッシュボーン式」「トレーリングアーム式」「セミトレーリングアーム式」などがあり、車軸式なら「リーフ式」「トーションビーム式」などがある。

そもそもサスペンションの第1の役割とは何か?
それはタイヤを地面に対して常に垂直にすることだ。

どんな状況であろうと、タイヤを地面に対して90°にすることでトレッド面を接地させたい。
接地のさせ方にムラがあるとグリップ性能が100%発揮できないし、走行安定性だっておぼつかなくなる。

とにかく優れた運動性能にしろ乗り味にしろ、タイヤ性能が100%引き出せてこそ。
そしてそれはタイヤが常に地面に対して90°直立を保ち、しっかり路面グリップを遂げていてこその話だ。
現代の、ABSやVSC、自動ブレーキのような安全デバイスてんこ盛りのクルマなら、その重要度はなおのこと高い。

平坦路であろうと坂道であろうと砂利道であろうと、人間がすっ転ばずにちゃんと歩けるのは、足が地面に対して垂直で、靴底が地面をしっかとつかんでいるからだ。
そしてそれは、足首やひざの関節が自動車のサスペンションのリンクの役割を果たしているゆえなのである。
ついでにいうと、無理な力をかけてホイールアライメントが狂ったり、リンクやドライブシャフトが折れるのは、人間なら捻挫や骨折に相当する。

お話を自動車に戻して。
直進時は、平坦路のみならず、荒れた路面に出くわしたときだってタイヤ上下動(ストローク)は垂直のまま(=車体に対するキャンバーが変化しない)上下動させたいところだ。
ところが現実には理想どおりにはいかない。
オーソドックスなストラット式が顕著だが、クルマを正面から見たとき、タイヤは弧を描きながらストロークするから、バウンド時のキャンバーはネガティブ寄り(ハの字)に、リバウンド時はポジティブ気味(逆ハの字)になってしまうのが欠点とされ、これはさきの対地90°の理想に反する。

ストラット式サスペンション。ここでは乗用車では国産初採用だった、初代カローラのストラットサスをお見せしよう。といってもこれは前輪のストラットサスペンションだが、前であろうと後であろうと全体は同じだ。ついでにいうと、この頃の大衆車のリヤサスはリーフ式が一般的だった。
初代カローラ(1966年)。

S12シルビアのターボモデルは、日産がブルーバード510や初代ローレル以降の主力FR車で長く使ってきたセミトレーリングアーム式だった。
引きずられる(トレーリング)腕(アーム)の揺動軸線が車体に対して斜め(後退角を持つ)であることからセミトレーリングアーム。
車体(の長手方向)に対して垂直だとフルトレーリングアームだ。

S13・・・じゃなく、その前のS12シルビア/ガゼールのターボモデルのリヤサスは、セミトレーリングアーム式だった。図はカタログからのものだが、えらく簡易的な線図だ。
S12シルビア(のハッチバック)。1983年。
国産初採用が快挙だった、3代目ブルーバード(510型)のリヤセミトレーリングアーム式サスペンションの上面視。 アームの取付が斜めになっているからセミトレーリングアームなのだ。 これがこの写真で見て水平だとトレーリングアーム式となる。
3代目510型ブルーバード(1967年)。リヤサスの話だから、いちばん安い2ドアセダン、1300スタンダードの後ろ姿をお見せする。

セミトレでも後退角の選び方次第で上下ストロークに伴うキャンバー変化を最小限に抑えることは可能だが、旋回時、車体外側を上に持ち上げようとするジャッキアップ現象を引き起こしがちなのがセミトレの悩みだ。

もともとクルマはタイヤ接地点で支えられているが、ことロール時は車体が沈み込むからより大きな力がかかる。
ロールセンターに向かって働く接地点からの反力のうちの、垂直方向の分力がボディを押し上げるのがジャッキアップ現象だ。
旋回外側に作用するジャッキアップと内側に働くジャッキダウンを相殺するには、動的リンク配置の自由度が高いダブルウィッシュボーン式が有利といわれている。

サンプルとして4代目プレリュードのリヤダブルウィッシュボーンサスの絵を持ってきた。 90年代のホンダはダブルウィッシュゴーンを4輪に備えるクルマが多かった。ボンネットを低くするにはダブルウィッシュボーンのほうが都合がよかったためだ。
4代目プレリュード(1991年)。

構造としては、車体から横に延びる上下1対のA字型アッパーアーム/ロワアームで車輪を支え、地面に対して垂直を維持=車体に対して常にほぼ平行のままタイヤを上下させるのがダブルウィッシュボーンだが、これはストラット式で悩ましいキャンバー変化の抑制とジャッキアップ現象を生じにくい設計が両立しやすいことを意味する。

ただし、クルマはまっすぐに走るばかりではない。
右に左に曲がるし、そのときのスピードだってケースバイケースだ。
どうせなら大きめの横Gがかかるような旋回時、車速が高めの右(左)旋回で車体がロール(車体の横傾き)するときには車体に対してキャンバー変化させ、対地90°を維持することはできないか。

たとえばクルマが高めの速度で左旋回するとしようか。

左に旋回中(というほどでもないが)のS13シルビア。

このときカーブ外側になる車体右側が沈むと右タイヤはバウンド寄りの過ぎたポジティブキャンバーになり、浮き気味になる左タイヤはリバウンド寄りのネガティブキャンバーとなる。
常時対地90°の理想からすると、右タイヤは沈んだボディに対してはネガティブキャンバーに、左タイヤは浮いた車体に対しポジティブキャンバーにしたい。

直進では車体に対して平行に、旋回時は片やネガティブに、こなたポジティブに・・・そんな理想を追い求めて日産が開発したのがマルチリンクリヤサスペンションだ。

日産が満を持して量産化したマルチリンクリヤサスペンション。

マルチリンク式はダブルウィッシュボーンの変種とよくいわれるが、変わった後の姿はいろいろだ。

日産の場合、ダブルウィッシュボーンならロワアームと同じA字型になるはずのアッパーアームをフロント側とリヤ側2本のリンクに分けてハの字にレイアウトし、その先でタイヤがつくハブキャリアをはさみつける格好にした。
もっともリヤ側アッパーリンクは、中央にショックアブソーバーやコイルばねを通す大きなホールがあることから、「リンク=棒」のイメージはない。

いっぽう、ダブルウィッシュボーンのときと変わらずA字のままのロワアームは、クルマを上から見たとき、前開きのスラント配置にされ、アーム後ろ側にもうひとつラテラルリンクを組み合わせてある。

左後輪部上面視。ダブルウィッシュボーンでは1本だったA型アッパーアームが、フロントアッパーリンク、リヤアッパーリンクの2本に分かれている。
サイド視。A字のロワアームは、車体に対して前開きなだけでなく、水平から上向きにも配されていることがわかる。
後ろ側から。ただの某にしか見えないラテラルリンクも重要な役割を果たす。

整理すると、ダブルウィッシュボーンでA字だったアッパーアームは前後に分けて2本のアッパーリンクと化し、ロワアームはこれまでのA字形そのまま1本のリンクに見立て、ここにラテラルリンクを加えて2本構成のロワリンクに・・・分離や別パーツの追加で増えた棒型パーツで構成されるのが「マルチリンク」たるゆえんだ。
ハブキャリア=タイヤをこれらアームやリンクが前後上下の方向から保持し、タイヤの動きや車体の姿勢を理想に近づけてやろうというのがマルチリンク式の概念なのだ。

日産はこのマルチリンク構造を、S13シルビアを皮切りに、以後のFR車・・・セフィーロやローレル、セドリック/グロリアなどのリヤサスペンションに展開したのである。

マルチリンクリヤサスペンション3つのキー

1.ダブルリンク方式

前述した、前後2本ずつのリンクで構成されたアッパーリンクとロワリンクを、当時資料では「ダブルリンク方式」と呼称。

本文では触れなかったが、ダブルリンクには、対地90°のほか、スカッフ変化の抑制と・・・、
アンチスクワットとアンチリフトによるフラットライドの実現もある。

ダブルウィッシュボーンではただのA字型1本だったアッパーアームの分離で複数リンク化したそれぞれに役割と動きを与えることで、車輪の動きを理想に近づけやすくしている。
その理想が、タイヤ上下動に対するキャンバー変化特性の最適化・・・対地90°であることは前述した。
車両を正面ないし真後ろから見た際、リンクがマルチになっているから個々リンクの長さや角度選定の自由度も高まる・・・ダブルリンク化で理想的なキャンバー変化を設定できる可能性が上がるわけだ。

ダブルリンク式で得られるもうひとつのメリットは、さきのジャッキアップ現象の抑制だ。
ジャッキアップは、大きめな横Gがかかって車体がロールするとき、車体とリンクその他構成部材との角度などが変化することで、その瞬間瞬間のロールセンターが旋回外側上方に移動しやすいサスペンションで起きるとされている。
だったら、いっそのことロールセンター位置そのものをも手玉に取ってジャッキアップが起きにくくなるようなリンク配置を考えてやればいい。
ここでもマルチリンク化による設計&レイアウト自由度の高さが活きてくるわけだ。

図は右旋回なのに、本文や写真では左旋回なのは申し訳ない。 サス型式によってはロールセンターが刻々と移動することにより、ジャッキアップ現象が起きる可能性がある。 ダブルアッパーリンク構造にすることで、そのロールセンター位置をも自在に設定できればジャッキアップを抑えることができる道理だ。当時資料では、これを「ロールセンターの動的コントロール」と呼んでいる。

2.DARSシステム

「Diagonal A-arm Rear Suspension」でDARS。
「diagonal」とは「斜めの」の意で、ロワリンクを形成するうちのA型ロワアームの斜め配置を日産はDARSと名付けた。

DARSシステム。

diagonal=斜めなのは車体へのレイアウト。
車体への取付点を結んでできる揺動軸が、車体の長手方向に対して後退角を与えられながら=前開きにして取り付けられているのだ。
揺動軸が斜めという点でセミトレーリングアームに似るが、セミトレほど前開きにはなっていない。

サスペンションの構成部材は全部が全部車体に直付けされているわけではなく、間にゴムブッシュを介している部位もある。
このブッシュの変形がタイヤの動きに悪影響を与えることもあるのだが、これを逆手に取り、たわみを利用して意図したアライメント変化になるよう、リンク配置とコンプライアンスの最適化を図っている。
すなわちタイヤが力を受けたとき、アームと車体を介在するラバーブッシュのたわみにより、アーム全体が揺動軸に沿って後方スライドすることでタイヤをトーイン側に振り向けるのだ。
「トー:toe」とは「つま先」のこと。
バレエの靴のことを「トゥ・シューズ」というでしょ?
あの「トゥ」であり、「トー」なのです。

余談さておき、アームスライドによるトーインのプロセスは、上面視図を見るほうが理解しやすい。

揺動軸に沿ってアームが後ろに移動すると、その先のハブキャリア側ピボットも後ろに移る。
成り行きでアームとセットのラテラルリンクのハブ側ピボットも後退するが、ラテラルリンクは車体取付点を軸とする回転運動だから横方向への移動量は小さい。

つまり、Aアーム先端のピボットほど横移動しないラテラルリンクのピボットがわずかな回転で後退することで、Aアームピボットがハブキャリアを車体内側に引き込むから、後輪がトーイン側に傾くという仕掛けだ。

横力を受けたときのコンプライアンス・トーインの説明図。
車輪に後ろ向きの力を受けたときのコンプライアンス・トーインの説明図。 実はこの動きにも細かな配慮が与えられている。 それは次のダブルアッパーリンク方式の項で・・・

当時資料ではこれを「コンプライアンス・トーイン」と呼び、旋回時の横力やブレーキング時の後ろ方向への制動力がタイヤに働いたときトーイン側に向き、高速安定性や操舵応答性、制動時の安定性を高める効果があると謳っている。

私の理解では、過去を想えば日産は駆動方式問わず、後輪をトーコントロールするリヤサス設計に早くから積極的だった。
1985年のB12サニーや86年のN13パルサーの後輪には、後方荷重がかかったタイヤを後方に平行移動させることで、極力トー変化を抑えるパラレルリンク式ストラットサスを与え、1987年のU12ブルーバードは、FFこそサニー/パルサーと同じ型式だが、4WD=ATTESAのリヤサスには、同じパラレルリンク式でも不等長パラレルリンクを用い、旋回時は左右後輪が前輪と同位相に、制動時はトーインを向く、受動的4WSとでもいうべき考え方を採り入れた。
いわくSTC-sus(スーパートーコントロールリヤサスペンション)だ。
これらに続いたのがS13のマルチリンクリヤサスペンションなのである。
トー変化を抑えたりトーインにしたり同位相にしたり・・・クルマによりけりで3者3様なのがおもしろい。

6代目B12サニーや3代目N13パルサーのリヤを担っていた、リヤパラレルリンクストラット式サスペンション。
2本のパラレルリンクは、直進時は名のとおりへ移行だが・・・、
タイヤに後ろ向きの力がかかると、車体とハブ部で平行四辺形をなす。タイヤはトー変化しない。トー変化しないのもトーコントロールのひとつだ。
B12型6代目サニー(1985年)。
N13型3代目パルサー(1986年)。
1987年、U12型ブルーバードの4WDモデル・ATTESA(アテーサ)のリヤサスに組み込まれたSTC-sus(スーパートーコントロールサス)。
サニーやブルーバードのFFでは等長だったパラレルリンクを不等長にし、タイヤ上下動によるトー変化抑制を防ぐ他・・・、
トーコントロール機能も有し、車両旋回時や高速での車線変更時は前輪と同位相側を向き、ブレーキング時はトーインになる・・・何だ、S13の前年から、マルチリンクリヤサスやHICASの機能をFFベースのATTESAで先取りしているではないか。
U12型ブルーバードATTESA(アテーサ)。1987年。

3.ダブルアッパーリンク

さて、DARSシステムのコンプライアンス・トーインのうち、制動による働きについてである。

ダブルアッパーリンク説明図。

車速ゼロの停止については触れないとして、クルマの制動操作にはフットブレーキとエンジンブレーキの2種がある。

自発的にクルマ=車輪を締めあげて減速させようとするフットブレーキと、ドライバーのアクセルOFF時、転がるタイヤの回転を受けたエンジンの内部抵抗でクルマ全体を減速させるエンジンブレーキとでは、サスペンションへの力の入り方が違う。
ために、トーインの量にも違いが生じてくる。

というわけで、開発陣は2種の減速操作それぞれに適したトーイン量となるよう、トー変化の回転軸=キングピン軸の傾斜の与え方にまで踏み込んだ。

クルマを後ろから見たとき、キングピン軸が通常のハの字だったとすると、フットブレーキ時はコンプライアンス・トーインになってもエンジンブレーキ時はトーアウト向きに力が働くから弱めのトーインになり、旋回中のアクセルOFF時はタックイン発生の恐れをきたす。

そこで、このマルチリンクリヤサスでは発想を変え、フットブレーキ、エンジンブレーキ、それぞれでトー変化量を適正化できるよう、キングピン軸を通常とは逆の、逆ハの字にした。

フットブレーキであろうとエンジンブレーキであろうと(要するにアクセルOFFにすればいつでもエンジンブレーキなわけで、このときギヤが低ければ減速作用が強く働く)、トーアウト方向に力が働いても、キングピン軸の逆ハの字効果で全体的にはコンプラインス・トーインになるようにしようというねらいだ。

もっとも、キングピン軸といってもS13の後輪を外したところでキングピン軸は存在せず、正確には仮想キングピン軸だ(いまのクルマは一部を除いてフロントも仮想キングピン軸)。
これも図を見ていただくほうがいいだろう。

現実にはタイヤにぶっ刺さってしまうから設けることのできないキングピン軸を仮想化してタイヤ内に設定。
軸線上方をタイヤ外側に置いて上開き逆ハの字の仮想キングピン軸とした。 これがフットブレーキであろうとエンジンブレーキであろうと、適正なトーイン量を実現できた種だ。

このリヤサスの場合、ダブルアッパーリンクそれぞれを延長した交点は外側=タイヤ内に仮想的に位置する。
この交点と、A字ロワアームの頂点を結ぶと逆ハの字の仮想キングピン軸となる。
この軸まわりにかかるモーメントが、モーメントトーアウト発生を、フットブレーキの場合は微小に、エンジンブレーキ時は抑え気味にする・・・どちらのブレーキであろうと、両者の場合とで差が出ないようにしながら、全体的にはトーインになるよう意図されているのだ。

ところでここまで、マルチリンク式のいいところばかり述べてきたが、欠点もある。

たとえばストラット式の利点は、構造が簡単、省スペース、軽量、低コストなどのメリットがあるが、マルチリンク式は逆に、構造が複雑、取付スペースが要る、重量がかさむ、コスト高などの難点がある。
これらデメリットに譲歩してでも、いいクルマ、いい走りのサスペンションに挑んだところに当時の日産開発陣の本気心がうかがえるというものだ。

S13に始まった日産のマルチリンク式リヤサスペンションは、以後も少しずつ姿を変えながら進化していくことになる。

かけ足で解説したが、S13のマルチリンクリヤサスペンションのお話はここまで。
今回説明するつもりだったHICAS-IIは次回にまわす。

【撮影車スペック】

日産シルビア Qs
(E-S13HA型・1988(昭和63)年型・4速AT・ライムグリーンツートン(特別塗装色))

●全長×全幅×全高:4470×1690×1290mm ●ホイールベース:2475mm ●トレッド前/後:1465/1460mm ●最低地上高: 135mm ●車両重量: 1110kg ●乗車定員:4名 ●最高速度: – km/h ●最小回転半径:4.7m ●タイヤサイズ:185/70R14 ●エンジン:CA18DE型・水冷直列4気筒DOHC・縦置き ●総排気量:1809cc ●ボア×ストローク:83.0×83.6mm ●圧縮比:9.5 ●最高出力:135ps/6400rpm ●最大トルク:16.2kgm/5200rpm ●燃料供給装置:ニッサンEGI(ECCS・電子制御燃料噴射) ●燃料タンク容量:60L(無鉛レギュラー) ●サスペンション 前/後:ストラット式/マルチリンク式 ●ブレーキ 前/後:ベンチレーテッドディスク/ディスク ●車両本体価格:186万9000円(当時)