試乗前は期待と不安が半々

第1回目に記したように、オリジナルボックスのDトラッカーXは、フロントフォークにスルーロッド式加圧ピストンを導入し(主な目的はキャビテーション防止)、リアサスペンションの減衰力発生機構をディスクバルブ→ポペットバルブに変更している(応答性を良好にし、温度依存性を下げるため)。

そしてこの車両に対して、試乗前の僕の気持ちは期待と不安が半々だった。過去の2輪に前例がない機構を体験できることは嬉しいものの、ノーマルとの違いがわかるのか?……という感じで。

スルーロッド式加圧ピストンの概念図。伸縮時に上室と下室の容積・圧力が変化しないので、キャビテーションの原因となる負圧が発生しない。通しロッドの下端には、正圧の維持に貢献する加圧ピストンが備わる。イラスト●近田茂

とはいえ、同店が前後サスペンションの内部をモディファイしたDトラッカーXは、ノーマルとは完全な別物だったのだ。それどころか、これまでに仕事とプライベートで多種多様なフロントフォークとリアサスペンションを体験してきた僕は、このバイクの乗り味に対して、2輪の足まわりの理想形という印象を抱いたのである。

DトラッカーXの純正リアサスサスペンション用として製作中のポペットバルブ。この写真ではすべてのバルブが上を向いているが、実際には上向きと下向きが半々となる。

2輪用サスペンションの進化の余地

オリジナルボックスのDトラッカーXで、僕が最初に感心したのは、路面の凹凸の吸収性が素晴らしく良好なこと。もっともその点に関しては、ノーマルだって決して悪くはないのだけれど、オリジナルボックス車は衝撃の収束が瞬く間に行われるので、路面の至るところに段差ペイントが施された峠道でも、コーナー進入時は良路と同等の感覚でブレーキングとバンキングができるし、コーナーの出口では思い切ってアクセルを開けられる。

吸収性に続いて感心したのは、車体の安定感。ノーマルは乗り手がアクションを起こした際の姿勢変化が大きくて早く、その挙動は時としてマイナス要素につながるのだが、オリジナルボックス車のピッチングは体感的には穏やかで(ただし、遅くはないし、硬くもない)、できるだけ本来の姿勢を維持する感が強い。

だからだろうか、走行中は車格が小さく思えて、右へ左へという切り返しがサクサク行えるし、目線のブレが少ないことを考えると、ロングランでの疲労も抑えられるだろう。

DトラッカーXのフロントフォークはφ43mm倒立式。ノーマルのダンパー調整機構はボトムに備わる圧側のみだが、この車両はトップに伸び側用アジャスターを追加。

また、試乗開始から約1時間が経過した段階で、僕が感心を通り越して感動したのは、守備範囲がとてつもなく広いこと。このバイクの前後サスペンションは、近年の大排気量車で普及が進んでいる電子調整式・セミアクティブ式のように、マッタリ走行時に上質で優しい乗り心地が実感できる一方で、ソノ気になって飛ばしたときは明確な接地感と踏ん張りが得られるのだ。

Dトラッカーのリアサスペンションがガス加圧・リザーブタンク付きで、上部に圧側、下部に伸び側ダンパーアジャスターが備わる。

逆に言うなら今回の試乗を通して、僕は近年の前後サスペンションのハイテク化にそこはかとない疑問を抱くこととなった。もっとも最新の技術を否定するつもりはないのだが、電気の力を借りなくても、まだまだ2輪の足まわりには進化の余地があるんじゃないか……と。

どんなライダーでも美点が体感できる

そんなわけで、僕はスルーロッド式加圧ピストンとポペットバルブの資質に大感心。試乗を終えた後、このマシンの製作者であるオリジナルボックスの國政九磨さんに感想を伝えたところ、以下の答えが返ってきた。

主業務の4輪だけではなく、2輪事情にも精通している國政九磨さん。若き日はスクーターチューンに没頭し、近年は自身で手がけた車両で4輪のダートトライアルに参戦している。

「キャビテーションや応答性などという言葉を持ち出すと、一般的なライダーはちょっと引いてしまうかもしれませんが、当社のDトラッカーXを体験したら、どんな技量のライダーでもノーマルとの違いが確実に体感できると思いますよ。中村さんが言う通り、2輪用前後サスペンションには進化の余地がまだまだあるんです」

1998~2007年にカワサキが販売したDトラッカー/Xは、KLX250をベースとするスーパーモタード。

ただし現時点の同店では、前後サスペンションに関する2つの新しい技術を積極的に売り出す予定はないと言う。

「一番の理由は主業務の4輪が忙しいからですが、DトラッカーXの前後サスペンションに2つの技術を導入する際は、多くの部品をワンオフで製作して、かなりのコストと時間がかかりました。だから当社としては、サスペンションメーカーさんに興味を持ってもらえないだろうか……と、考えているんです。量産を前提にしてメーカーさんが製作すれば、スルーロッド式加圧ピストンもポペットバルブもそんなにコストはかからないですからね」

前後サスペンションのスプリングは当初はノーマルだったものの、全面刷新を図ったダンパーとのマッチングを追求した結果、現状ではノーマルよりレートが低くなった。

と言っても、オリジナルボックスは一般ユーザーに対して門戸を閉ざしているわけではない。コストと時間については要相談になるけれど、前後サスペンションを単体で持ち込めるなら、作業を受け付けてくれるそうだ。

緻密な空気圧管理ができるエアーチャックワン

基本的には旭産業のゲージボタル用として開発されたエアーチャックワンだが、製品には2種のフィッティングやジョイントが付属するので、さまざまなエアゲージで使用することが可能。

今回のテーマとは異なる話になるものの、オリジナルボックスでは数多くのオリジナルパーツを開発・販売している。それらの多くは4輪用だが、2018年以降の全日本スーパーフォーミュラ選手権で、すべてのチームがタイヤの空気圧計測で使用しているエアーチャックワンには、2輪ユーザーも興味を持つに違いない。

独自の構造をわかりやすくするため、同店が製作したエアーチャックワンのカットモデル。
チャックが完全な密閉状態を作ってからホイール側のバルブが開くため、エア漏れが一切起こらない。

本来はショックユニットの加圧ガス充填用として生まれたこの製品の特徴は、自動車用バルブコアを内蔵するクローズド構造を採用していること。一般的なエアゲージのチャックはバルブコアに抜き差しする際に、“プシュッ”という音と共に微量のエアが漏れるのだが(ゲージに表示された数字より、実際の空気圧が低くなる)、エアーチャックワンなら漏れをゼロにできるのだ。

もちろん、微量のエア漏れをどう考えるかは人それぞれである。とはいえ、ロードレースやジムカーナ、モトクロス/エンデューロなどでタイム短縮を目指しているライダーにとって、タイヤの空気圧の緻密な管理ができるエアーチャックワンは有効な武器になるだろう。

2輪用サスペンションでは前例がない新技術、その機構を解説

一般的なライダーだけではなく、できることならメーカーや前後ショックのプロショップに注目して欲しい。オリジナルボックスの革新的なダンパーに感銘を受けた今現在の筆者は、しみじみそう感じている。 REPORT●中村友彦(NAKAMURA Tomohiko) PHOTO●山田俊輔(YAMADA Shunsuke) 協力/資料提供●オリジナルボックス http://www.originalbox.co.jp/

2輪用サスペンションでは前例がない新技術、その機構を解説 | Motor-Fan[モーターファン] 自動車関連記事を中心に配信するメディアプラットフォーム

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