プロドライバーでもDATのほうが楽しめるし、ラク

25式GRヤリス 全長×全幅×全高:3995mm×1805mm×1455mm ホイールベース:2560mm 車重:1300kg(8速ATモデル)

2020年1月の発表以来(発売は9月)、GRヤリスはスーパー耐久シリーズ、全日本ラリー選手権など、モータースポーツの現場で「壊れては直す」を繰り返し、改善点を積み上げていった。その活動の成果を反映したのが、2024年1月に発表(3月に発売)した「進化型GRヤリス」である。先に伝えておくと、2025年4月にも進化型GRヤリスを発表しているので、混乱を避けるため、最初のGRヤリスを「20式」、2024年の進化型を「24式」、最新の進化型を「25式」として区別する(との公式的なお達しがあった)。

24式進化型GRヤリスの特徴は以下のとおりだ。

①新開発したGR-DAT(専用8速AT)を追加設定

②エンジンの高出力/高トルク化。最高出力は200kW(272ps)から224kW(304ps)、最大トルクは370Nmから400Nmに向上

③S耐参戦などでの学びを生かし、冷却系を強化

④開口率向上や整流改善など、性能向上のためにフロントのデザインを変更

⑤ハイマウントストップランプやバックランプの配置を変更

⑥コクピットのデザインを変更し、視認性・操作性を向上

⑦サスペンション・ボディの強化、EPS(電動パワーステアリング)の最適化

⑧4WDモードセレクトの仕様変更

「より多くの方に走る楽しさを提供し、モータースポーツの裾野を広げたい」とするモリゾウ氏の想いを具現化したのが、8速自動変速機であるGR-DATの設定だ。ただ変速を自動化しただけでなく、「レースでMTと同等に戦えるAT」を目指して開発が行なわれた。ブレーキの踏み方や抜き方、アクセル操作などを細かく感知し、車両の挙動変化が起こる前に変速が必要な場面を先読みすることで、Dレンジ(かつSPORTモード選択時)で「ドライバーの意思を汲み取るギヤ選択」を実現した。

ニュル24時間ではほぼ全員がDレンジで走った!

モータースポーツでも使えるATである8速AT(GR-DAT)

これも先にお伝えしておくが、25式進化型GRヤリスの変化点のひとつはDATの進化である。後でも触れるが、シフトアップタイミングの最適化やダウンシフト対応車速領域の拡張など、30項目以上の改善が実施されている。袖ヶ浦フォレストレースウェイで行なわれたメディア向け試乗会には開発に携わる大嶋和也選手(8月24日に鈴鹿サーキットで決勝レースが行なわれたSUPER GT第5戦では、GRスープラ勢最上位となる2位表彰台をゲットした)が参じており、こう言った。

「今年のニュル24時間ではほぼ全員がDレンジで走り切りました。自分で買うなら絶対DATですね。(シフト操作から解放されるので)ステアリングの操作に集中できる。コーナリング中にGが掛かった状態でシフトチェンジする手間が省け、クルマの荷重をコントロールしながら限界域を使い続けることができる。サーキットを攻めるうえでは、僕ら(プロドライバー)でもDATのほうが楽しめるし、楽だと思います」

25式進化型GRヤリスの主な変更点は次のとおりである。

①エアロパフォーマンスパッケージの追加設定

②締結剛性の高いボルトを採用

③ショックアブソーバー&EPSのチューニング最適化

④DATの進化

⑤フットレスト拡幅&エンジン制御変更

⑥縦引きパーキングブレーキレバーの設定拡充

①エアロパフォーマンスパッケージの追加設定

エアロパフォーマンスパッケージ

エアロパフォーマンスパッケージ(Aero performance package)はRC、RZ “High Performance”に設定され、10月1日に発売される。ダクト付きアルミフード、フロントリップスポイラー、フェンダーダクト、燃料タンクアンダーカバー、可変式リヤウイング、リヤバンパーダクトの6点セットだ。当初は5点で開発が進んでいたが、大嶋選手の強い要望でフロントリップスポイラーが追加され、6点になった。

25式進化型GRヤリスの発売が5月だったのに対し、エアロパフォーマンスパッケージの発売がずれこんだのは、フロントリップスポイラーを急遽追加することになったからだ。大嶋選手は開発の経緯について次のように説明する。

「エアロパフォーマンスパッケージなのでノーマルよりパフォーマンスを向上させたい思いがありました。(当初の5点で)リヤの安定感は格段に増したのですが、フロントのダウンフォースが出せないところに冷却との絡みもあってフィーリングが悪化方向に行ってしまいました。いろいろ考えた結果、フロントリップスポイラーを付けることによってバランスが改善。ノーマル状態よりタイムが向上したので採用しました。エアロが付いていない状態に比べるとリヤの安定感の向上が大きいので、少しアンダー(ステア傾向)は残っていますが、スタビリティは向上しています。そこを感じ取っていただけるとれうれしいです」

エアロパフォーマンスパッケージの装着により、富士スピードウェイではラップタイムが約1秒向上する効果が確認できたという。その効果を実感できるのは、レーシングドライバーだけではない。下山(Toyota Technical Center Shimoyama、愛知県豊田市・岡崎市)のワインディングロードを想定した周回路で社員ドライバーがエアロパフォーマンスパッケージ装着車を走らせたところ、50km/h程度のコーナーの通過速度が約20km/h、「気づいたら」上がっていたという。頑張ってスピードを上げたのではなく、安心感が高いので無意識に踏み込めてしまうということだ。効果は絶大である。

②締結剛性の高いボルトを採用

フロントロワーアームとナックルの締結部はボルトフランジにリブ形状を追加。リヤショックアブソーバー(ダンパー)のアッパーサポートとボディの締結部はフランジの厚みを増やした。また、リヤサスペンションメンバーとボディ締結部のボルトは頭部サイズを拡幅している。これらは2024年8月に発表され2025年4月に国内販売が始まったGRカローラに適用された技術と同じである。

③ショックアブソーバー&EPSのチューニング最適化

サスペンションの締結剛性を上げたのに合わせ、ショックアブソーバーを再チューニングした。具体的には、微低速領域の減衰力をアップし、乗り心地を向上させるために高速領域は減衰力をダウンさせ、接地性、ボディコントロール性の向上を図った。EPSはステアリングのリニア感(切った量に対して1:1で操舵感が得られる感覚)を改善した。ショックアブソーバー、EPSとも、大嶋選手と何度も富士や下山でテストを行なったという。

④DATの進化

GR-DAT 改良はソフトウェアによるものでハードウェアの変更はない。

「スポーツ走行時のドライバーの意思に寄り添った変速を実現」することが、開発のテーマである。改善点のひとつは、アクセル全開加速におけるシフトアップタイミングの最適化で、走行環境によって全開加速時のシフトアップタイミングを変更している。例えば、登坂路で平坦路と同じように変速させると、シフトアップした際の回転の落ちが大きく、その後の加速が鈍くなってしまう。そこで、登坂路ではシフトアップのタイミングをあえて遅らせることで、回転が落ちた先を平坦路と同様にし、伸び感のある加速を提供できるようにした。こうした小さな改良が30項目ある。

⑤フットレスト拡幅&エンジン制御変更

2ペダルのDATは左足をフットレストに置くシーンが多くなる。25式ではフットレストを拡幅し、左足を楽に置けるようにした。また、24式ではレブリミッターに当たったときに0.4秒でトルク制限をかけていたが、これを3.0秒まで延長。シフトアップさせずに現行段で引っ張っておきたいという走りに応えられるようにした。

⑥縦引きパーキングブレーキレバーの設定拡充

縦引きパーキングブレーキは全グレードで選べるようになった。13万2000円のオプション。

24式では縦引きパーキングブレーキをRCグレードにのみメーカーオプション設定にしていたが、25式では全グレードで選択可能にした。また、DAT用機械式LSDをディーラーオプション設定に加え、同じくディーラーオプションでエンデュランスバンパーボルトを新設定した。このボルトは、通常走行時に比べバンパーに強い力が掛かるスーパー耐久や全日本ラリーなどのモータースポーツの現場での経験から生まれた部品である。専用開発した締結構造により、ボディへの負担を抑えつつ、しっかり留めることができる。

いま選ぶならDAT! 20/24/25式乗り比べ

最初にドライブしたのは20式GRヤリス。当初はMTのみだった。これはこれですごく良い!

袖ヶ浦フォレストレースウェイでは20式MT、25式MT、25式DAT、25式DATエアロパフォーマンスパッケージの順に乗った。本音を言うと、20式GRヤリスも十分に魅力的だった。いささかも色あせていない。そう感じた最大の理由は、素晴らしくよく回り、応答遅れを感じさせずリニアに回転を上昇させて望み通りの力を出してくれる、官能的なエンジン(G16E-GTS型1.6L直列3気筒ターボ)のおかげだ。よどみなく回るサウンドが心地いい。

25式MT

24式での変化点ではあるのだが、25式MTに乗り換えた途端、目の前に広がる景色が一変していることに気づく。20式は素のヤリスのコックピットを引き継いでいたが、24式はプロドライバーだけでなく一般ユーザーからの改善要望を反映した機能的なコクピットに変わっている。ドライビングポジションが25mm下がった効果も大きい(身長184cmの筆者がヘルメットを被った場合、この点とくにありがたい)。

その24式MTに対して25式MTの変化点は主に締結剛性の強化とショックアブソーバー&EPSの再チューニング、エンジン制御の変更ということになる。筆者のようなビギナー寄りのアマチュアにとっては、進化したクルマの効果で速くなったのではなく、コースとクルマに慣れた効果のほうが大きいかもしれないし、タイムを計測したわけではないので正確な表現はできないが、25式MTは20式MTに対してより安定した動きの印象。実を言うと、20式のヒラリヒラリとしたしなやかな動きも捨てがたい。25式は動きがシャープだ。

25式DAT

24式が登場した直後に今回と同じコースで試乗した際は、DATもいいけど、やっぱりMTのほうが好きかな、という感想だったのだが、今回の試乗で気持ちは変わった。大嶋選手に感化されたわけではないが、いま選ぶならDATだ。前回の試乗時にDATになびくことができなかったのは、Dレンジで走行中、コーナーに向けての減速時に思ったギヤ段に落ちてくれないという印象がつきまとったからだ。25式では、ビギナーやウエット路面でブレーキを踏みきれないときでも積極的にシフトダウンするよう制御が変更された。

この変更が利いており、開発のテーマどおり、より「ドライバーの意思に寄り添った変速」をしてくれるようになった。結果、下がってほしいギヤ段まで下がってくれる頻度が高くなっている。それでも足りないシーンがあったのは、25式進化型GRヤリスのカバー範囲よりももっと筆者のブレーキが緩かったからだろうか。

しかし、そんな状況でも心配は要らない。パドルを引けばいいのである。すると25式DAT車は電光石火の早わざでダウンシフトしてドライバーの要求に応えてくれる。パドル操作から変速開始までの時間を短縮したのも、25式での変更点のひとつだ。大嶋選手はニュル24時間のレース中もずっとDレンジと証言していたが、長時間コンスタントに、疲労を限りなく抑えて速いペースで走るにはDレンジが適しているのだろう。

だが競技ならともかく、操る楽しさの点ではシフトレバーを右側に倒してマニュアルモードに切り替え、自分の意思でパドルを操作して変速したほうが上だと思う(と言い張ってみる)。アップシフトもダウンシフトも、とにかく反応が速い。ダウンシフトではパドル操作に応えて変速動作に入ったことを、フォンというエンジン回転上昇にともなうサウンドで教えてくれ、刺激的なそのサウンドとシンクロするように軽いGの変動で変速が行なわれていることを教えてくれる。このリズミカルな一連の動作が気分を高めてくれる。楽しいったらありゃしない。

エアロパフォーマンスパッケージ

エアロパフォーマンスパッケージはまず、どこから眺めてもひと目でエアロパフォーマンスパッケージだとわかるのがいい。パフォーマンスに特化した仕様であることがひと目でわかる。リヤスポイラーの角度は0度、5度、10度の3段階で調節が可能。出荷時は5度だ。試乗時も5度だった。

スタビリティお化けなのは間違いなく、(後から思えばだが)さっきまで緊張感をもって臨んでいたコーナーが鼻歌交じり(実際には無言だが)になるくらいの変化はある。同じ速度でよければ心に余裕が生まれるし、さっきとは違うこと試してみようかなという遊び心が生まれる(油断は禁物だが)。パフォーマンスの向上分をマージンとして使うことも可能。懐が深くなった仕様と言い換えることもできるだろうか。

GRヤリスの進化は止まらない。最新が最良であることは、まず間違いがない。