2025シーズン、表彰台に上がれていない現実

出席者はWECチーム活動の拠点であるTOYOTA GAZOO Racingヨーロッパ(TGR-E)の会長を務める中嶋裕樹氏(トヨタ自動車の副社長・CTOを兼務)、TGR-Eマネージングディレクターの上原隆史氏(トヨタ自動車パワートレーンカンパニー プレジデントを兼務)、TGR-Eチームディレクターの中嶋一貴氏、TGRグローバルモータースポーツディレクターの加地雅哉氏、新たにTGR-Eの一員に加わったテクニカルコーディネーターの山本雅哉氏である。

TGRは厳しい2025年シーズンを過ごしており、ル・マン24時間は7号車が5位、8号車は一時トップを走ったものの左前輪が脱落するトラブルに見舞われたこともあって脱落し、15位でレースを終えている。ル・マンのみならず第7戦富士も含め、今シーズンは、優勝はおろか表彰台にすら上がっていない。

TGR-Eチームディレクターの中嶋一貴氏(右)とTGR-Eマネージングディレクターの上原隆史氏(中)、左は中嶋裕樹氏(トヨタ自動車の副社長・CTOを兼務)

「ル・マンは自分たちとしても非常に思い入れのあるレースでしたし、万全の準備をしたつもりでした」と中嶋一貴氏。「(性能調整などの)条件面については決してアンフェアな状況ではないなかでのレースだったと思います。そんななかで非常に厳しい結果でした。フェラーリやポルシェなど、ライバルメーカーに後れをとる結果になった。何が足りなかったのか。一番大きな課題は空力性能だと思っています」

TGRが参戦するハイパーカーのカテゴリーは、ダウンフォースの上限やドラッグの下限に空力効率など、性能値が厳しく規制されており、大きな性能差が出ないような規則になっている。ところが実際には差が生じてそれがパフォーマンス差につながっており、「ルールの範囲内でもっとできることがある。そのことを、身をもって実感させられた」という。

2026シーズンは、空力をアップデートしたパッケージを投入

こうした状況を打破するため、TGRは2026年シーズンにアップデートした空力パッケージを現行のGR010ハイブリッドに対して投入することが明かされた。

「来年、新しいパッケージを投入しようと動いています。10月上旬にはテストを始めて、来年のル・マンは絶対に勝つつもりで、チーム一丸となって準備しているところです」

タイヤをどううまく使ってエンジン+モーターの力を路面に伝えるかも課題だと認識しており、この点については制御の見直しを行なっているという。

「タイヤをどう効率よく使うかは、いまのWECの戦いでは重要なファクターになっています。タイヤに対してどうスムースに力をかけられるのか。パワートレーンを含めいろいろな制御を見直し、ドライバーがどんな状況下でも安心して、自信を持って攻められるクルマを目指していきます」

上原氏からは、体制面のテコ入れについて説明があった。ラウンドテーブルに出席した山本氏はテクニカルコーディネーターとして、TGR-Eでテクニカルディレクターを務めるデビッド・フローリー氏を補佐する。また、エンジンスペシャリストの高橋氏がメンバーに加わり、エンジンの性能アップについてTGR-Eと協調しながら開発を進めていくという。

「山本はもともと電動車の走行制御をやっていた人間。(高橋氏も含め)彼らには、技術的な課題をリストアップしてくれとお願いしています。そこに量産の経験を入れてくれと。例えば、トラクションコントロールについても、どのようにリミットに当てるのか、いまは考え方が一定になっていない。また、7号車と8号車によくわからない差がある。そのあたりを量産の経験と技術でテコ入れしていきます」

組織の風通しも改善点

組織の風通しをよくする必要性も感じているところだ。ル・マンではトップを走っていた8号車の左前輪が外れるトラブルに遭遇したが、上原氏がメカニックと話をしてみると、以前から締め付けがしにくいと問題提起していたにもかかわらず、改善がなされないままル・マンを迎えていたことが判明した。

「そういう風通しの悪さも一緒に直していきたいと思います。山本には、コミュニケーションの悪いところを掘ってくれと頼んでいます。彼らが掘り起こしてくれたものをデイビッドらとシェアし、組織全体の風通しを良くしていきたいと思います」

エンジンについても空力と同様で、最高出力が制限されるなど厳しい制約の中での開発が求められる。

「マックスパワー(最高出力)が決められているので、馬力を上げるような進化ではなく、トラクションコントロールなどを中心にいかにドライバーのアクセル操作に対してリニアに反応させるか。そういうことがしやすい設計になっているか、制御になっているか。そういうところを中心に性能を磨いていきます。燃焼コンセプトに関しては、速く燃やす。なるべく薄い空気で燃えるようにする。均一に燃やす。動作点によっていろいろやりたいことが出てくるので、このあたりをモータースポーツの技術と量産の技術をしっかりミックスし、両方とも成長させていこうと思っています」

今年年央からTGR-Eの会長に就任した中嶋裕樹氏は、「そもそも大きなハードウェアの変更もなしに今年戦おうとしたことがだめだった。それが証明された」と話す。

「空力とタイヤなんです。これを徹底的にやらないといかん。敵はやってきた。正直いまは時間稼ぎしている状態。一貴が言ったように、新しいのをどんどん入れていきます。これはやるしかない。コミュニケーションの問題だとか、現場との距離だとか、トヨタ自動車が抱えている縮図と同じ問題がTGR-Eにもある。旧態依然とした体質です」

それまで外からTGR-Eの活動を見ていた中嶋裕樹氏が中に入ることで、見えてきた実態だ。

「勝ちにこだわっていたメンバーが勝てていない。難しいレギュレーションのなかで敵は進化しているのに、我々は進化していない。理由はいろいろありますが、それは事実。例えば、市場でクルマを売っているなかで、急にトヨタのクルマが売れなくなったら存続の危機です。それと一緒。我々はガチンコで勝負させていただいているので、その感覚をもう一度戻したい」

「水素」プロジェクトも進める

TOYOTA GAZOO Racingヨーロッパ(TGR-E)の会長を務める中嶋裕樹氏(トヨタ自動車の副社長・CTOを兼務)とTGRグローバルモータースポーツディレクターの加地雅哉氏

TGR-Eは水素エンジンを搭載したプロトタイプ車を開発中で、先のル・マン24時間では車両展示を行なっている。このプロジェクトの進捗について加地氏が説明した。

「水素エンジンのレーシングカーの開発を進めています。詳細は言えませんが、今年の年末くらいから開発テストを行なっていく。ル・マンやグッドウッドに展示したクルマは展示車両ではなく、開発テストするクルマです。量産にしっかりつながっていく技術の取り組みをしていきたいと思っています」

これについても中嶋裕樹氏が舌鋒鋭く(?)補足する。

「水素、いつまでも遊んでいる場合じゃないぞと。とっとと出せと。せっかく展示しておいて、いつ走んねんと。エンジンどうなってんねんと。不退転の覚悟で、オレたち後がないという危機感も醸成しないと。甘さはあったかなと認めざるを得ない。水素社会の実現は我々の責務だと思っています」

耐久レースで勝ちを取り戻すためのテコ入れは始まっている。水素エンジンを搭載するプロトタイプ車の開発にも鞭が入った。今後のTGRの展開に期待したい。