MotoGP第17戦日本GPが、9月26日から28日にかけて、栃木県のモビリティリゾートもてぎで行われ、決勝レースで2位を獲得したマルク・マルケス(ドゥカティ)がチャンピオンに輝いた。
栄光から一転、2020年の負傷に始まった苦難
マルク・マルケス(ドゥカティ)の2025年シーズンのチャンピオン獲得を語るには、2020年に触れなければならない。このシーズンは新型コロナウイルス感染症の感染拡大の影響で、MotoGPクラスの初戦が7月のスペインGPとなった。その初戦スペインGP決勝レースで転倒を喫したマルケスは、右上腕骨を骨折したのである。
以降もいくつかの重大な怪我を負ったが、その中でも大きな影響を及ぼしたのが、この右上腕骨の骨折だった。結局のところ、マルケスは右上腕骨の手術を4度も受けた。
その間にヨーロッパメーカー勢が台頭した。その反面、日本メーカー勢はドゥカティなどの後塵を拝するようになった。かつてシーズンを席巻した「マルケス&ホンダ」というパッケージは最強ではなくなり、優勝どころか表彰台を獲得することすら難しくなった。
そして、2023年、マルケスはホンダを去る決断を下す。2024年シーズンはドゥカティのサテライトチームであるグレシーニ・レーシングMotoGPで戦い、少しずつ自信を取り戻していった。さらに今季は、ドゥカティのファクトリーチーム、ドゥカティ・レノボ・チームに移籍すると、かつての強さでシーズンを席巻している。第16戦サンマリノGPまでに、スプリントレースで14勝、決勝レースは11勝を挙げているのである。
2位でチェッカー。そしてマルケスは叫んだ
こうしてマルケスは、チャンピオン獲得に王手がかかった状態で日本GPを迎えた。日本GPを終えた時点で、チャンピオンシップのランキング2番手であるアレックス・マルケス──マルク・マルケスの弟である──に対し、185ポイント以上の差を築くことができれば、マルケスのタイトルが決まる、という状況だった。
予選2(Q2)は3番手で、土曜日午後のスプリントレースは1列目からスタートして、2位でゴールした。これまでにホンダで6度の最高峰クラスのチャンピオンを獲得してきたマルケスであっても、このレースはいつもとは違っていたという。
「守りのポジションだったし、守りのライディングだった。すべてに対して、いつもよりも慎重だった」
マルケスが決勝レースで優勝、あるいは2位を獲得すれば、アレックスの結果にかかわらず、マルケスのチャンピオンが決まるという状況で、マルケスは日曜日の決勝レースを迎えた。
スプリントレースの再現のように、ポールポジションからのスタートだったチームメイト、フランチェスコ・バニャイア(ドゥカティ)がレースをけん引する。レース序盤、マルケスは前を走るペドロ・アコスタ(KTM)のタイヤが垂れるのを待って、3番手を走行。やがてペースを落とし始めたアコスタをパスし、2番手に浮上した。
途中、トップを走るバニャイアのエキゾーストから度々白煙が上がるシーンもあった。それを見たマルケスは、さすがに慄いたという。このときバニャイアの後ろを走っていたのはマルケスであり、もしも誰かが最初に転倒するなら、それはマルケスだったはずだからだ。しかし、幸いにもバニャイアはトップでチェッカーを受け、マルケスがクラッシュの悪夢に見舞われることはなかった。
2位でフィニッシュラインを通過したその瞬間、マルケスのチャンピオン獲得が決まった。
フィニッシュ後にコースを1周するクールダウンラップで、マルケスは絶叫した。絶叫して、そして泣いた。これまで見せたことのない、マルケスの姿だった。
「すごく不思議な気分だよ。もちろん楽しんでいる。でも同時に、楽しんでいない自分もいる。なぜかはわからないけれど、ただ、心の中で平穏を得ている感覚なんだ。この数年間、本当に多くのものと戦ってきたから……。でも、いちばん難しかったのは、マルクが(自分の中の)マルクと戦うことだった」
「一人のマルクは『こうすべきだ』と言い、もう一人のマルクは『別の道だ』と言う。一人は『やめろ』と言い、別の一人は『続けろ』と言った。でも結局、僕は本能に従って、100%を尽くし、決して諦めなかった。そして、ひたすら挑戦した。“挑戦する”――それがすべてだ。挑戦して、やり遂げた」
「だから今は、この瞬間を楽しみたい。君たちが聞いてくるだろうことはわかっているけれど、僕は自分が通り抜けてきたことを思い出したくない。ただ“今、この瞬間”を楽しみたいんだ」
2019年以来、6年ぶり。最高峰クラス7度目。125㏄クラスの1回、Moto2クラスの1回のタイトルと合わせると、通算9度目のタイトルである。これまでに5年の空白を経てロードレース世界選手権MotoGPのタイトルを獲得したライダーはおらず、マルケスはその最初の一人となった。
この日、マルケスが着たチャンピオンTシャツにはこう刻まれている。「More than a number」と。「このタイトルは僕の中では“ただのチャンピオンシップ以上”の意味を持っているんだ」と、マルケスは言う。マルケスがこの日手にしたのは、数字や言葉だけで説明できるものではない、それ以上に価値を持つものだったのだ。
