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今日は何の日?■欧州市場でも通用する高い質感が特徴の7代目アコード
2002年(平成14)年10月10日、ホンダはワールドカーとして確固たる地位を構築している「アコード」の7代目を発売した。7代目アコードおよびアコードワゴンは安定した心地よい走りに加え、上質な内外装、高い安全・環境性能をもつ新しいミッドサイズセダンとして市場に放たれた。

大衆車として大ヒットしたアコードも徐々に上級志向へ
初代のアコードは、シビックのワンランク上のセダンとして1976年にデビュー。シビックをベースにボディとエンジン排気量を拡大して、ゆとりの室内スペースとシビックゆずりの走りが人気を呼び、特に米国では大ヒットを記録した。

1981年にデビューした2代目は、キープコンセプトながら米国における海外ブランド車のトップセールスを記録。3代目は、ワイド&ローのスタイリングにリトラクタブルヘッドライトでスポーティさをアピール。4代目は、固定ヘッドライトに戻して4WSやABSが装備されたのが特徴だった。

5代目は、衝突安全設計を採用するとともに全幅の拡大により3ナンバーボディに、6代目は全車VTECエンジンを搭載して5ナンバーに回帰した。
しかし、2000年中頃にはバブル崩壊によってセダン人気が低迷し始めたが、それでもアコードは堅調な販売を続けて、1988年に累計生産台数100万台、1990年に200万台、1993年に300万台、そして1999年末に累計500万台を達成した。
再び3ナンバー化して高い質感を追求した7代目
2002年10月のこの日にデビューした7代目アコードにはセダンとワゴンが用意され、再び3ナンバーモデルとなった。これは、日本仕様と欧州仕様のボディ共用化を図ったためである。

7代目アコードは、シャープなフォルムによって世界トップクラスの空力Cd値0.24を達成し、これによりセダンもワゴンも欧州車に負けない優れた高速安定性が特徴だった。さらにボディの拡大によって室内が広くなり、FFのメリットと相まって居住性はクラストップレベルだった。またインテリアは、ダッシュボードのデザインがT字型で、パネルに木目などを使用していないが、全体の質感は高く保たれた。


パワートレインは、最高出力155ps/最大トルク19.2kgmを発揮する2.0L 直4 DOHC i-VTEC、200ps/23.7kgmの2.4L 直4 DOHC i-VTECの2種エンジンと、5速ATの組み合わせだが、後述の高性能モデルであるユーロRには6速MTが用意された。駆動方式は基本FFだが、4WDも用意された。

車両価格は、標準グレードで199.0万円(2.0L)/215.0万円(2.4L)に設定(除く、ユーロR)。総合的に完成度の高い7代目アコードだったが、日本市場で販売を伸ばすことはできなかった。
欧州のスポーツモデルに対抗してユーロRを設定
7代目アコードでは先代に引き続き、走りを追求した高性能スポーツ「ユーロR」が設定された。アコードというクルマの性格からホンダスポーツの象徴である「タイプR」という車名ではなく、ヨーロッパのライバルに対抗することを意識して「ユーロR」と名づけられた。

ユーロRのパワートレインは、2.0L 直4 DOHC i-VTECと6速MTの組み合わせだが、エンジンはチューンナップされた。具体的には、高圧縮比化や熱間強度を高めたピストン、ピン径拡大のクランクシャフト、ツインサイレンサーの採用などで、最高出力220ps/最大トルク21.0kgmを発揮した。

トランスミッションは、ユーロR用の6速MTで高出力・高回転が楽しめるクロスレシオに設定。さらに軽量化や軽量フライホイールによって、俊敏なシフトチェンジも大きな魅力だった。
エクステリアは、前後にエアロフォルムバンパーやハニカムメッシュタイプのスポーツグリル、ブラックアウトサブリフレクターヘッドライト、専用17インチアルミホイールなどでスポーティ感を強調。インテリアには、レカロ製バケットシートやMOMO製本革巻きステアリング、アルミ製シフトノブ、スポーツペダルなどが装備された。
その他にも様々なチューニングが施されたユーロRだったが、2008年に販売を終えた。
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7代目アコードは、デザインや走り、静粛性、居住空間など、総合的に高いレベルのクルマに仕上がり、アコードとして3度目の“日本カー・オブ・ザ・イヤー”を受賞した(第23回 2002-2003)。しかし、高い評価が販売に直結しないことが現在のセダンの苦悩でもある。
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