目指したのは狭隘道路でも扱いやすく、手の届きやすい価格のランドクルーザー
10月21日早朝、いよいよ待望のトヨタ「ランドクルーザーFJ」が世界公開を果たした。ずいぶんと前から、その存在は噂されていたが、デビューしたクルマは想像以上に未来を先取りしたものだった。

エクステリアデザインはかつて世間を騒然とさせたコンセプトカー「コンパクトクルーザーEV」に酷似したものであり、今思えば「なるほど布石だったか」と溜飲が下がる。多くの媒体やジャーナリストが予想したとおなるほどり、やはり“ランドクルーザーミニ”のコンセプトはあの頃からあったのであろう。

今回発表されたモデルは外観こそ未来的なものであるが、「ハイラックス チャンプ」などアジア地域の生活を支えるグローバルカー・IMVのシャシーを流用している。IMVのラダーフレームをショート化して、リヤサスにコイルリジッド式を採用。さらに補強ブレースを加えることで、ランドクルーザーに求められるオンロード性能レベルも確保している。

パワーユニットは、とりあえず2TR-FE型2.7L直4ガソリンエンジンのみの設定。このエンジンは250系に搭載されるほか、様々な世界戦略車に採用されるトヨタの基幹エンジン。信頼性や性能面では申し分ない。出力と環境性能のバランスも悪くない。
これに6速ATが組み合わされ、さらにパートタイム4WDシステムで4輪に駆動力を分配する。先進的な電子制御フルタイム4WDシステムを使う250系や300系と違い、あえて70系と同じパートタイム式を使ったのにも理由があると考える。

IMVプラットフォーム +2.7Lガソリンエンジン+パートタイム4WDという信頼の組み合わせ
さて、ランドクルーザーFJと聞くと、トヨタ輸出事業の立役者・ランドクルーザーFJ40型や、それをオマージュしたFJクルーザーを思い起こす人が多いのではないだろうか。「FJ」とは、そもそもトヨタのガソリンエンジンに与えられた型式だが、FJ40型がアメリカ市場を席巻したことから、ランドクルーザーの代名詞として今日まで語られることになった。
このことから、ランドクルーザーFJもまたそれから取ったネーミングだろうと考えていた。しかし、今回のFJは“Freedom and Joy”の頭文字だという。開発陣としては、「より多くの人にランドクルーザーに乗ってもらいたい」という狙いがあるようだ。
ここでメカニズムの話が、この狙いに結びつくわけだ。トヨタは現在、ランドクルーザーシリーズの仕向け地を約170の国と地域に広げているが、それぞれのモデルを仕向け地ごとに明確に想定している。例えばフラッグシップモデル300系はオーストラリア、中東、ロシア(現在は外交問題で輸出停止中)などの富裕な国だ。メインストリームの250系はオーストラリア、中東、北米、西欧、東欧、中国など。そして70系は中東やオーストラリアを筆頭に、インフラ面で十分ではない国と地域に送られている。
日本のユーザーが実感しているように、ランドクルーザーは80年代から徐々に車両価格が高騰し、今や高級車となった。90年代には「いつかはランクル」という言葉が流行したが、今や300系などは庶民には高嶺の花。ユーザーフレンドリーモデルだったプラドが前身の250系でさえも、高額になってしまっている。

しかし周知のとおり、これには理由がある。国際的な安全・環境基準の強化に合わせて、各メーカーはこれに準拠したクルマづくりを強いられており、安全性能のための電子制御システムはコストを圧迫し、法律が強化されるごとに価格は上昇せざるを得ない。結果、本来は発展途上地域を走るべきランドクルーザーは、富裕層の乗り物になってしまった。
もちろんトヨタは今も、発展途上地域を70系の輸出でカバーしている。日本では見られないが、3ドアショートボディやロングピックアップトラック、多人数乗りロングバンなど、様々なバリエーションを輸出しているのだ。しかしこれらも市況の変化により、価格が年々高騰していることは変わらない。

世界中の生活を俯瞰した場合、道路インフラが十分ではない庶民にこそ、ランドクルーザーの性能が欲しいわけである。そこに手を差し伸べるために開発されたのが、ランドクルーザーFJなのではないだろうか。ランドクルーザーとしての十分な性能を持ちながらも、価格を抑えて買いやすくすることが開発の命題だったであろう。
それを実現するには、まずプラットフォーム選びだ。250系や300系のGA-Fプラットフォームは、主に上位クラスモデルに使われるものだ。十分なスペースユーティリティを確保しながら、それに見合う剛性や安全性能を実現できる。一方、アジアや南米などの発展途上地域では、必ずしも大きなボディサイズを必要としないユーザーも多い。それは日本でも同じだろう。
ランドクルーザーFJに使われているIMVプラットフォームは、2002年のプロジェクトスタートから改良を重ねて単一プラットフォームで多くの車種を生み出してきた実績を持つ。日本でもお馴染みのハイラックスをはじめ、アジア市場向けのフォーチュナーやイノーバがそれだ。すでに20年以上の実績によって、その堅牢性や耐久性は十分に実証されており、加えて近年の改良によって安全性も向上している。様々なボディサイズに対応でき、コスト面でも有利だ。

オーセンティックなパートタイム4WDシステムについても同様である。複雑なメカニズムと電子デバイスを通さないパートタイム4WDは、新興国でのトラブル対応も容易だ。前後のディファレンシャルギア、トランスファー+副変速機、そしてプロペラシャフトというシンプルな構成のシステムは、そもそもの信頼性が高い。故障時のパーツの入手、修理も必要最低限で済むのである。しかも複雑なメカと配線を要さない分だけ、コストが下げられる。ブレーキLSDシステムを付けたとしても、ABS流用の範囲で済む。

リヤゲートの開閉方法にも注目したい。70系もだが、ランドクルーザーFJはリヤゲート横開きという選択肢を選んだ。これは上下開きにするとダンパーやヒンジの点などから、コストがかさむからだ。タウンエースバンは日本では上下開きだが、アジア地域では横開きになっているのもその理由からで、不自然な車名プレートでその痕跡を消している。
ちなみに背面スペアタイヤにしたのは、ショート化したことで床下に収納スペースがなくなったためだ。クロカン4WDの床下はプロペラシャフトとディファレンシャルギアが収まるため、スペースにゆとりがないのである。開発者によれば開発上の優先度はスペアタイヤの位置が優先で、その結果が横開きゲートとのことだった。しかし、横開きもコスト面での既定路線だった気がするのだが。
話を戻そう。どんなに信頼性の高い性能と低価格でも、クルマに魅力がなければユーザーを振り向かせることはできない。そこで未来的なデザインと5ドア5人乗りというパッケージを採用し、経済成長を実感している地域の人々に買ってもらおうという狙いの結果が、このランドクルーザーFJなのではないだろうか。
このモデルは、日本のユーザーにも多くの恩恵をもたらしてくれる。まず、ボディサイズ。道幅の狭い日本では、小ささはアドバンテージとなる。ショートホイールベース車は、オフロードの路面からの衝撃をもろに受けるが、反面、取り回しはラクだ。オンロードでの運動性能も高い。

ランドクルーザーシリーズにショートボディが存在したのは、2009年まで販売されていた3代目プラドまで。70系ショートやミドルは早々と姿を消した。ただしショートボディは、他社も含めて3ドアが当たり前。乗降性には難があり、荷物の出し入れもリヤゲートのみで行う。使い勝手は決してよくなかった。
こうした走りと使い勝手のバランスを考慮した結果、今回のパッケージが生まれたと思われる。いま生活が向上しつつあるという新興国の人々が享受したいのは、これまでのロワーモデルとは違うクオリティと使い勝手だ。多額の支払いはできないけれど、250系並みのものは欲しい。
そういう目線で見ると、ランドクルーザーFJは実にいい着地点を見つけたと言える。ボディサイズについてはオールドファンが“肥大化”などと揶揄しているようだが、安全性の確保とライフサイズの変化を考えればかつてよりボディサイズが大きくなるのは当然だろう。そもそもランドクルーザーFJはワークホースではないので、ユーザーに我慢を強いてはいけないクルマだ。
外観デザインも先進的だし、車内の雰囲気作り、クオリティも十分だ。今回、丸形ヘッドライトなどをオプション化することで、多くの価値観にも応えている。ランドクルーザーの末弟としての役割を、十分に果たしそうなクルマに仕上がった。すでに筆者の周りでは、ディーラーに走ったという気が早い人がいる。間違いなく大ヒットの匂いがプンプンするモデルだ。




