キャデラック初の電気自動車は、日本庭園を眺めるような静けさが好印象

キャデラックはアメリカのゼネラルモータース(GM)が展開する高級車ブランドである。モータースポーツに関心のある人なら、「WEC(FIA世界耐久選手権)のハイパーカークラスに参戦している」とか、「2026年からF1に参戦する」ブランドとして認識するかもしれない。先日、アメリカのトランプ大統領が来日したが、都内を移動する際に乗っていた大統領専用車がキャデラック(キャデラック・ワン/ビースト)だった。天皇陛下がお乗りになるクルマはトヨタ・センチュリー(セダン)である。

天皇陛下はセンチュリー、アメリカ大統領はキャデラックと伝えれば、キャデラックというブランドのイメージが伝わるだろうか。もっとも、そうして初めてキャデラックを認識する層がリリック(LYRIQ)に関心を示すかどうか、確信は持てない。

キャデラック初の電気自動車となるリリック。

いずれにしてもキャデラック初の電気自動車(BEV)であるリリックは、相当に気合いが入った商品であることは疑いがない。なにしろ、日本に導入されるのは右ハンドル仕様なのだ。世の中には左ハンドルのアメ車を好む層が一定数いることは理解できるし、全長が5400mmある3列シート7人乗りSUVのエスカレードは、左ハンドルであっても日本の道路環境で持て余すことはない(気を使うシーンはあるが)。

ボディサイズは全長4995mm×全幅1985mm×全高1640mm、ホイールベース3085mm。

それなのに、わざわざ右ハンドルを用意してくれるのである。全長はエスカレードより405mm短い4995mmしかない(比較対象がおかしいか)。全幅は2mを切っている(1985mmだ)。全高は1640mmしかなく、実物を目にすると、思っていたより背は低いんだな、という印象を抱く。SUVというより、セダンとSUVのクロスオーバー的な雰囲気だ。だから、運転席に乗り込む際にフロアに右足を掛けて体を持ち上げ、左足をフロアに滑り込ませるというような2段階のステップを踏む必要はなく、ドアを開けたらダイレクトにシートに腰を滑らせることができる。

運転席前から中央部にかけて鎮座するディスプレイは33インチというワイドサイズ。

室内は正統派ラグジュアリーのおもむき。33インチの湾曲したカラーLEDディスプレイは今風だが、反射率の低いダッシュボードやドアトリムの黒と、鮮やかな白、それにつや消しシルバー、そして本物のウッドを組み合わせている。どう組み合わせたらラグジュアリーに感じるかを熟知した人たちが絶妙にデザインした。そんな印象で、シートに身を沈めた瞬間に落ち着きとやすらぎを感じる。

上質な素材を組み合わせて構成された室内。クラシックホテルのような、洗練されたラグジュアリーさが漂う。
ホイールベースが約3mということもあり、後席の足元は広々としている。
AKGと共同開発したサウンドシステムを搭載。ヘッドレストを含めて、19個のスピーカーが備わる。

リリックにはシングルモーターの設定もあるが、日本に導入されるのはツインモーター仕様でシステム最高出力は384kW、システム最大トルクは610Nmである。モーター単体で見ると、フロントの最高出力は170kWなのに対しリヤは241kWでリヤのほうが高出力。理想駆動力配分的には適正な配分で、意のままに曲がることを意識して設定した諸元と読み取ることができる。バッテリー容量は95.7kWh。一充電あたりの走行距離は510kmだ。

前後に搭載されたモーターのトータル最高出力は384kW、同最大トルクは610Nm。バッテリー容量は95.7kWhで、一充電走行距離は510km(WLTPモード)を確保する。
フロントサスペンション:マルチリンク式
リヤサスペンション:マルチリンク式

走り始めてすぐ、静粛性の高さに驚いた。BEVはそもそも静かなのだが、リリックの静粛性の高さは数あるBEVの中でも上位にランクされる気がする。プレスリリースには以下のような記載がある。

「ボディのあらゆる部分に吸音材や制振材を施すことでノイズを減らし、騒音を低減しました。フロントサイドの二重ガラスはもちろん、リヤガラスには5mm厚の強化ガラスを採用しています。また次世代型のアクティブノイズキャンセレーションを採用。車体四隅に配置した3軸加速度センサーでタイヤからの振動を検知し、キャビン内のマイクセンサーで検知したノイズと合わせて不快な侵入音を打ち消し、高レベルの静寂性を追求しています」

タイヤサイズは前後ともに275/45R21。

徹底した遮音とアクティブノイズキャンセレーションの組み合わせて無類の静粛性ならぬ静寂性を実現したというわけだ。リリックの高い静寂性は間違いなくセールスポイントのひとつである。誰もいない病院の待合室のような静けさではなく、床の間が据え付けられた和室から風のない日の日本庭園を眺めるような、落ち着いた静けさだ。そういえば、「キャビン全体に温かみのある空間を演出する」といういわゆるアンビエントライトには、「KOMOREBI(こもれび)」という日本語の表現が用いられている。

ドライブモードはツアー、スポーツ、スノー/アイス、マイモードの4種類で、モードに応じて前後のモーターの制御が切り替わる。アクセルペダルの戻し側で減速をコントロールできるワンペダルドライブが用意されており、オフ、ノーマル、強の3種類から選択が可能。機能をオンにした場合は完全停止させることも可能だ。

4種類のドライブモードが用意される。
ワンペダルドライブは「オフ」「ノーマル」「強」の3種類から選択が可能。

リリックが単にドライバーを含めた乗員をラグジュアリーな気分にさせるだけのクルマではないことを、ステアリングの裏にあるパドルを操作して思った。ドライバーに走りを楽しませる仕掛けが用意されている。リリックの場合、通常は左右にあるはずのパドルが左側だけにしかない。予備知識なく走り出し、回生ブレーキのレベルを切り換える役割が与えられているものだと思って、パン、パンとダウンシフトよろしく引いてみた。

ステアリングホイールの左奥には、回生ブレーキのコントロール用パドルが設けられている。

すると、引いた瞬間だけ回生ブレーキが効いて引き込むように減速し、パドルが元の位置に戻った瞬間に、パドルを引く前の空走感に戻る。「ん?」と思って何度か操作しているうちに疑問は氷解した。ハンドブレーキなのである。パドルの引き具合によって回生ブレーキの強弱が調節できる。なんなら、フットブレーキに頼ることなく減速をコントロールすることが可能。パドル操作で完全停止まで持ち込むことができる。ワンペダルドライブの補助として使うことも可能で、便利かつ、おもしろいことこのうえない。

この機能があるというだけで、キャデラック・リリック、筆者にとっては大好きな1台である。

グレードキャデラック・リリック SPORT
全長4995mm
全幅1985mm
全高1640mm
ホイールベース3085mm
室内長
室内幅
室内高
乗員人数5名
最小回転半径
最低地上高
車両重量2650kg
システムトータル最高出力 384kW
システムトータル最大トルク 610Nm
フロントモーター種類交流同期電動機
フロントモーター最高出力170kW/15500rpm
フロントモーター最大トルク415Nm/0-1000rpm
リヤモーター種類交流同期電動機
リヤモーター最高出力101kW/6000rpm
リヤモーター最大トルク141Nm(14.4kgm)
バッテリー容量95.7kWh
一充電走行距離(WLTPモード)510km
サスペンション前:マルチリンク式 後:マルチリンク式
タイヤサイズ前:275/45R21 後:275/45R21 
価格1100万円