毎年6月、CMFトレンド調査のために、シカゴで開催されるオフィス家具の展示会NeoConに出かけています。 

オフィス家具のデザインは、表層的な色や素材のトレンドのみならず、人を絡めた空間の考え方・捉え方が極めて重要であり、そういった面から、車両デザインでも特に内装に通じる点が多く、新たなヒントや発見を得るのに役立ちます。今回もそんな視点でユニークなデザインやCMFの様子を見てきましたので、ハイライトでご紹介します。

MOMENTUM : 個々の製品よりもまず空間の雰囲気をアピール。
森や水・空気の動きをイメージした絵画的なディスプレイ。

デザインポイント 「幸福感」

新型コロナパンデミックの終息以降、オフィス家具においては、ワーカーの心とカラダの健康に寄り添い、集中できることとリラックスできることに焦点を置く考え方がデザインの根底に流れており、優しいイメージの造形や、ソフトな印象の色・素材使いが継続しています。今年はその流れが進化し、より「精神的な幸福感」にフォーカスされ、さらに洗練性を増したデザインが多く見られました。

「幸福感」へのアプローチ

この「幸福感」というテーマは、世界的なコロナ蔓延の頃から、徐々に人々の大きな関心事になっています。今回も各オフィス家具メーカーでは、オフィススペースにおいて、ワーカーが働く上でのストレス軽減や回復力のある空間、またはモチベーションを持てる空間づくりが積極的に行われています。

この「幸福感」は、丸さ・おおらかさ・安定感といったイメージで、造形やCMFデザインに表れていました。毎回このショーで感じるのは、オフィスデザインは空間デザインであり、プロダクトとしての個々の家具がメインではあっても、あくまでもそれは空間の一部であり、重要なのは、その空間全体の空気感や表情を一つのデザインとして作り上げるという事。個々のカタチや色・素材のディテールといった表層的なものだけに固執してしまうと、空間全体の大切な空気感を見過ごしてしまいます。オフィス空間は、作業をする・考える・議論するといった、いわゆる機能空間であり、さらに今はそこに人々の心身への情感的な寄り添いが求められている状況です。空間を作る全体の印象(=空気感)の在り方が重要となります。これは、車の内装空間にも共通することではないでしょうか。

BERNHARDT design: 癒し・平穏の空気感。色や質感、間(ま)による空間の雰囲気を重視している。
空間全体の空気を感じ取ることで、個々の製品をより意識させる演出ともいえる。日本の「禅」的な構成を思わせる静寂な印象。

つながるオープンスペース

業務の効率化やワーカー同士の活性化には、人々が「つながり」や「モチベーション」を感じることができる空間作りが重要です。 今年は、人の出入りが自然で周囲からの隔離感覚が薄い、半個室のようなオープンなミーティングスペースが新作として多く登場していました。 昨年の会場でよく見られた、曖昧さのあるパーテーション表現からの流れと思われますが、今回はオフィスらしい形態によりながらも、「仕切り」「遮断」の感覚を抑えた、和やかな空気を作る演出といえます。

OFS : 一方は壁で囲われ、一方は共通スペースと混ざり合ったミーティングボックス。
共通空間に面しているようでもあり、それとなく一つの空間としてくくられているようでもあり、公共とプライベートが交錯する、ユニークな空間デザイン。
OFS : 天井部はルーバー形状、左右の壁はパンチングメタル製。遮断されていない風通しの良い雰囲気に作られている。

「丸み」の安心感・幸福感

ここ数年トレンドとして続いている、丸くて愛嬌のある造形。心を癒してくれる幸せな時間を連想させます。オフィスにおいても、このような形状や色は、落ち着いて穏やかに会話できる雰囲気を作り出します。

左/Andreu World、右/HAWORTH:滑らかで丸い形状は子供のぬいぐるみのようであり、幸せな時間を連想させる。ソフトな素材感や穏やかな色合いも、安心でき、心を寛がせる効果がある。

また、足元に重量感のある形状が、デスクやミーティングテーブルに多く見られました。しっかりとした足元が、「支えられている」という安定感を生み出します。また、角の取れたレトロ調の趣のあるオフィス家具が優美で印象的でした。どこか見覚えのあるような懐かしいデザインが、新鮮な感情の揺さぶりを生み出すようです。

左/NUCRAFT : しっかりとしたボリュームがあり、太くて丸い安定感のある脚の形状。安心・落ち着きを与えてくれる。 
右/DECCA : レトロ調の高級ウッド家具。ぐるりと周囲を取り囲んでいる天板は、ぽってりとした艶のあるラッカー塗装仕上げ。既に知っていて懐かしさを覚えるような形や素材感。

表皮材は温かみと柔らかさ

オフィスチェアやスツール、ソファ類の表皮材は、昨年に引き続き、太番手の糸を使用して織り込んだ、ざっくりとしたウール調ファブリックが主流です。トレンドである丸い形状デザインの雰囲気を壊さない、優しく温かみのある表情の表皮です。とにかく手触りがソフトであることが大切で、特に北米市場においては、表皮材の触感に、繊細で柔らかいタッチ感が要求される点で、車でも全く同じと言えます。

上段左/OFS : グレー基調のミックスカラーの立毛調糸で織り上げた、ビロードのようなリッチな触感。
上段右/OFS : ざっくりとした織りだが滑らかなタッチ感。グリーンとオレンジの糸を合わせた、美しいバランスのモダンなファブリック。 
下段左/MillerKnoll : モクモクとした柔らかい粒感で覆われたソファ。丸い形状と質感がマッチングしている。
下段右/HAWORTH : 同社で現在展開中の表皮材の一部。どの表皮もしっかりとしたボリュームがあり、テクスチャーも柔らかな凹凸感を感じる。

手仕事感のある仕上げ

今年のショーでは、天然素材(天然素材調の加工品も含めて)の素朴な肌質のものが増加傾向でした。素材そのものが持つ特性を生かした温かみのある素朴な表現が多く、手仕事を思わせる仕上げに癒しや安心感を求めていることがわかります。

上段左/Kettal : ざらざらとした触感の石材のテーブルトップ。 色はトレンドのバーガンディレッド。
上段右/ENWORK : 大理石とウッドのコンビネーションのテーブルトップ。質感を生かした他素材同士の組み合わせが、ゴージャス方向ではない新たな上質感を生み出す。
下段左/BERNHARDT design :ウォルナットの美しい杢目を強調する、流れるような造形と滑らかな手触りの背もたれ。
下段右/Mohawk : 家のリビングルームに敷きたくなるような、超極太のローゲージで編まれたフロアカーペット。
オフィス用として開発。この素朴な味わいで、オフィス空間の緊張感を和らげる効果が期待できそうだ。

静寂の「グリーン・パープル・バーガンディー」

今回のショーで最も注目した色は、パープル・グリーン・バーガンディの3色です。

・パープル

まず、昨年はほとんど見られなかったパープルが、今年の会場では一番存在感のある色として登場しました。このパープルは、アクセントカラーのような一過性のあるものにとどまらず、多くの製品でメインカラーとして採用されていました。派手さや奇抜さを狙うのではなく、むしろ静寂を感じさせる、彩度を抑えたトーンで、ライトグレーやくすんだブルーなどとのコンビネーションが美しく、落ち着いた雰囲気にまとめているのが特徴です。

興味深い点では、パープルは、このところ車のボディカラーにも同じように彩度を抑えたパープルが採用されているモデルが見られます。この色相は中国車に多く、地域の嗜好性との関係もあると思われますが、ケミカルな印象の彩度の高いパープル系とは全く違う色域であり、今回NeoConで感じたように、静寂や洗練性といった上品なイメージのあるパープルが、車体のボディカラーとしても特に女性に好まれるようです。

左/BOLD+ 中央/BERNHARDT design 右/BUZZI SPACE
左/BMW THE M5 中央/智界R7 右/xiaomi SU7
(参考画像:2025上海モーターショーより)

・グリーン

ここ数年トレンドであるグリーン系は今年も継続ですが、より静謐なイメージになり、モスグリーンや、ブルーを感じるアクアグリーンなどの抑えた彩度が印象的でした。明るく軽やかなナチュラル感ではなく、奥深さのある、熟成された静けさが感じられる色域がメインです。

上段左/ KI  右/OFS 下段/Shaw Contract

・バーガンディ

パープル系と同様に、今年は明度や彩度を落とした渋めのバーガンディレッドが新鮮でした。

表皮材の色としてだけではなく、テーブルトップや足元に広がるカーペットなど、採用される範囲に広がりを見せています。主張しすぎないバランスで、製品に温かみと適度なボリューム感を持たせていました。

左/HAWORTH 中央/HALCON 右/Mohawk

洗練が進む吸音素材

昨今、床・壁・天井は、空間構成の中でその重要度が著しく上がっています。さらにオフィススペースでは様々な機能をともなうデザインが要求されるエリアですが、ここ数年でリサイクル樹脂を利用した吸音機能素材は、デザイン表現の幅が拡大しつつあります。プリントやテクスチャーなどの表面加工や、ユニット構成によりオフィス環境で柔軟性を持たせるなど、空間と一体化しつつ、より洗練されたデザイン製品として、オフィス空間で役割を果たしています。今回もスマートあるいはユニークなデザインの吸音素材が展示されていました。

左/MillerKnoll : チューブ状の吸音材を等間隔で配置した天井。端正なテクスチャーを感じるモダンなデザイン。
右下段/Turf : 各サイズのパーツのレイアウトで大胆な天井・壁にimpactを持たせている。
右下段/Mohawk : 吸音ブロックをウォール材として壁に施工、一部にオーガニックの苔をあしらい、機能性・デザイン性を高めている。

空間デザインの考え方は、車・オフィス・ホームともに同じ方向を向いている

デジタル中心の生活が進化していくに伴い、プライベートの一般住宅とオフィスのような公共スペースにおける境界が消滅しつつありますが、現在はそこに車もすでに加わっています。車はデバイスの進化の中、車内空間の使われ方が多様化しており、移動する手段の「乗り物」としてだけではなく、「モビリティ」として、個人個人の楽しみ方を追求し、提供するものに変化しています。

今回のNeoConでフォーカスされていた幸福感の追求も、「安心」・「癒し」・「ストレスフリー」といったキーワードに代表され、車・オフィス・ホーム3者の共通のデザインポイントとして、同じ方向を向いていると言えます。素材感や空間表現のほかに、色彩にも、最近の車と同様のトレンドが見られるのは、情報の速さを物語るとともに、それだけ人々の求めるものが共通していることの現れだと感じました。

目まぐるしく進化するスマートなIT技術を使いこなしつつ、それに反比例するように温かみや優しさのある形状やCMFに癒しを求める心のバランス。現代のライフスタイルでとても大切なことを、今回のNeoConでまた垣間見ることが出来ました。 そして、個人的には、今回新しく見られた、ややノスタルジックなレトロ調、高級な手作り感といったトレンドも、今後は一般車のデザインに影響があるだろうと注目しています。