連載

自動車エンブレム秘話

起点:「改称」と「統合」を経て生まれたBMW

BMWのルーツは、航空機産業の創成期を支えたカール・ラップとグスタフ・オットーという2人の技術者に遡る。1916年、オットーが率いる「グスタフ・オットー飛行機製造所(Flugmaschinenfabrik Gustav Otto)」は政府の要請により「バイエリッシェ飛行機製造会社(Bayerische Flugzeug-Werke AG = BFW)へと統合された。一方、ミュンヘンの航空機エンジンメーカーであった「ラップ・モトーレンヴェルケ(Rapp Motorenwerke)」は1917年に「バイエリッシェ・モトーレン・ヴェルケ(BMW)」へと改称された。

1922年、BMWは自社のエンジン製造部門を企業名とブランド名を含めてBFWへ移管。この結果、BFWが創業した1916年3月7日がBMW AGの創立日に定められている。複数の企業とその名称が複雑に交錯したこの歴史が、BMWというブランドの原点を形作っている。

第一章:青と白の円─“プロペラ神話”の正体

BMWが初めて企業ロゴを定めたのは1917年10月のこと。ラップ社から受け継いだ円形の外周に「BMW」の文字を配し、その中心に白と青の四分割を据えたデザインが生まれた。白と青はBMWが生まれたバイエルン州の色で、ブランドの故郷を象徴している。

これがエンブレムデザインの由来だが、BMWのロゴには長年「回転するプロペラを描いたもの」という誤解がつきまとってきた。その起点となったのは1929年の広告だと言われている。BMWが製造した航空機エンジンの宣伝に、回転するプロペラの中心に自社ロゴを重ねたイラストを用いた。このイメージが広く定着し、“BMWのエンブレム=プロペラ”という認識が生まれた。

さらに1942年には、BMWが出版した「航空機エンジンニュース(Flugmotoren-Nachrichten = Aircraft Engine News)」が同じ解釈を裏付ける記事を掲載し、回転するプロペラの上にロゴを重ねた写真を添えた。こうした経緯を踏まえ、BMW自身が「約90年の間に一定の正当性を獲得してしまった都市伝説」と語っている。公式見解は一貫しており、BMWロゴは誕生の地バイエルンを示しており、プロペラを示す意図は存在しない。

第二章:ロゴの進化──守られる伝統と新たな挑戦

BMWのロゴは誕生以来100年以上にわたり、青と白の中心部、円形の構造、そして「BMW」の文字という基本要素を保ち続けてきた。一方でそのデザインは時代に合わせて細かく変化している。1963年には書体がより現代的な表情へとあらためられ、1997年には立体感を持つメタリック調のロゴが採用された。これらはいずれもプレミアムブランドとしての存在感を強調し、技術力や品質を視覚的に訴えるものであった。

そして2020年には、BMWのブランド戦略を象徴する大きな刷新が行われた。外周リングを透明化し、フラットでミニマルな表情へと変わった新しいロゴが誕生した。デジタル時代における視認性と柔軟性を重視したものであり、ブランドのメッセージそのものを変化させた。

BMWは、「新しい透明ロゴは開放性と明瞭さを放ち、お客様をBMWの世界へと招き入れるもの」と説明している。ウェブサイトや車載スクリーンなどの“オンライン”と、車両エンブレムを含む“オフライン”両方のコミュニケーション接点で機能するロゴとして再設計されたことを強調している。100年以上続く伝統的なモチーフを保ちつつ、デザインの細部を通して革新の姿勢を示す──BMWのロゴはそうした進化を繰り返している。

第三章:M社が示す“走りの頂点”とBMWの二層構造

青に赤と紫で構成されるMのエンブレム。
青に赤と紫で構成される”M”モデルのエンブレム。

BMWの高性能部門であるBMW M社は、1972年にBMW本社の完全子会社として設立されたBMW Motorsport 社を起源とする。もともとはモータースポーツのための専門組織として発足し、レースで培った技術を市販車にフィードバックすることで、圧倒的なパフォーマンスを備えたモデル群を生み出してきた。

Mモデルに配される青・赤・紫のスラッシュを伴うMロゴは、BMWの“走りの最前線”を象徴する。一方で、青と白の円形エンブレムはBMW全体の核となるブランドを象徴し、企業としてのアイデンティティを示す。2つのロゴはそれぞれが役割を担っており、「本流」を示す青白のエンブレムと、「頂点の走り」を象徴する”M”が並立することで、BMWはブランドの広がりと深みを生み出している。

第四章:電動化の時代とBMWの現在

エンジンの滑らかさで世界中にファンの多いBMWも、「i」シリーズを中心に電動化を加速させている。(写真は「i」シリーズの最新モデルiX3。)
エンジンの滑らかさで世界中にファンの多いBMWも電動化を加速させている。(写真は「i」シリーズの最新モデルiX3。)

BMWは「i」シリーズを中心に電動化を加速させている。パワートレインが大きく変わるこの時代においても、青と白のエンブレムは変わらないブランドの核として掲げられている。ロゴの歴史が象徴したように、BMWはデジタル化や新たなモビリティへと積極的に歩を進めながらも、創業地バイエルンを示す青と白は不変だ。

技術が変わり、クルマのつくり方が変わっても、ブランドの根底にある価値は揺るがない。現代のBMWは、電動化の流れの中でその姿勢を明確にしている。

BMWの“原点と未来”をつなぐ青と白のエンブレム

時代が変わっても、BMWのエンブレムは伝統と故郷バイエルンに根付いたブランドであることを象徴している。
時代が変わっても、BMWのエンブレムは伝統と故郷バイエルンに根付いたブランドであることを象徴している。

BMWエンブレムの青と白は、創業地バイエルンを表す普遍的な記号である。同時にロゴのデザインは時代の要求に応じて細部が変化してきた。飛行機をモチーフにした1929年の広告や1942年の記事、そしてデジタル化に向けた2020年のブランド刷新を通じて、BMWがその時々の挑戦にどう向き合ってきたかを映し出している。

独自の存在感を放つアルピーヌ。そのエンブレムに込められたスピリットを紹介する(写真は最新モデルかつ初のBEV "A390")。

名作スポーツカーA110に受け継がれる“A”エンブレム【自動車エンブレム秘話22:アルピーヌ】

アルピーヌのフロントに掲げられる独特の「A」マーク。右上に伸びる線が描く軌跡は、創業時から一貫して追求する“軽さと俊敏性”というブランド哲学を象徴している。WRCでの成功やルノーとの協業を経ても、その意味は変わらない。アルピーヌがなぜ今も独自の存在感を放ち続けるのか──、今回はそのエンブレムを手がかりに紐解いていく。

連載 自動車エンブレム秘話

BMW特有の端正なモデルのボンネットに掲げられるエンブレムは、1917年から基本的には変わっていない(写真は「コンセプト・スピードトップ)。
名鑑 2025.12.01

BMWのエンブレムはプロペラではない・・青と白の本当の理由【自動車エンブレム秘話23:BMW】

独自の存在感を放つアルピーヌ。そのエンブレムに込められたスピリットを紹介する(写真は最新モデルかつ初のBEV "A390")。
名鑑 2025.11.24

名作スポーツカーA110に受け継がれる“A”エンブレム【自動車エンブレム秘話22:アルピーヌ】

常に“より速く、より美しく”を追い求めるマクラーレン。そのエンブレムは、人と技術が共に挑戦を続ける姿勢を象徴している(写真はハイブリッドモデルの「アルトゥーラ」)。
車の知識 2025.11.17

「キウイからスピードマークへ」マクラーレンのエンブレムの進化【自動車エンブレム秘話21:マクラーレン】

円と左右に生えた翼で構成されるMINIのエンブレム。BMWが定義する「伝統に根ざした基本要素」とは?
名鑑 2025.10.13

MINIエンブレム「翼の付いたホイール」が語るブランドのDNA【自動車エンブレム秘話20:MINI】

英国の名門ブランド「ジャガー」。ボンネットを飾った“リーピング・ジャガー”とフロントにいただく"グロウリング・ジャガー”。2つのシンボルに込められた哲学を紹介する。
名鑑 2025.10.06

“リーピング・ジャガー”と“グロウリング・ジャガー”の変遷を知る【自動車エンブレム秘話19:ジャガー】

イギリスを代表する高級SUVブランドの「ランドローバー」。緑の楕円形エンブレムに込められた意味とは?
歴史 2025.09.29

ランドローバー エンブレム完全解説|なぜ緑の楕円なの?【自動車エンブレム秘話18:ランドローバー】