BYD初の日本専用軽EV「ラッコ」誕生の舞台裏と狙いを直撃

BYDラッコとBYD Auto Japanの山岸聖昂さん

−−「ラッコ」という車名の由来は?

山岸さん 海洋生物の「ラッコ」ですが、そちらは「RAKKO」ですね。このクルマの綴りは「RACCO」になります。

−−このクルマは日本専用でしょうか? それとも海外展開を考えているのでしょうか?

山岸さん 今の所日本専用ですね。日本の軽自動車規格ギリギリのサイズに合わせて作ったモデルになりますので、日本専売モデルという形で発表しました。発売は2026年の夏をイメージしています。

−−BYDブランドの乗用車は、中国では「王朝シリーズ」(中国を統一した王朝の名を冠したモデル。日本では「アット3」(中国名「元プラス」)が該当)と「海洋シリーズ」(海の生物や軍艦を車名に冠するモデル。日本では「ドルフィン」「シール」「シーライオン7」が該当)の二本立てになっていますが、この「ラッコ」は「海洋シリーズ」に属するのではないかと。

山岸さん はい、おっしゃる通り、「海洋シリーズ」の一つになります。

−−軽自動車の開発を公表してから実車の発表までが非常に短い期間でしたが、開発の流れは中国と日本とでどう分担されたのでしょうか?

山岸さん 細かいところまではお話しできませんが、中国の本社から日本まで3〜4時間で来られるので、本社から直接日本の市場へ来て調査したり、日本のクルマを買っていろいろ研究したりしています。ですので日本からもリクエストをどんどん出しました。本社のスタッフも日本市場で軽自動車がどういう使われ方をしているかを勉強し研究しています。

−−BYDさんが日本市場のために軽自動車を作るということ自体が、お金の面を含めて非常にチャレンジングだと思います。

山岸さん そうですね、そのように思います。他のインポーターさんから日本専売モデルを作ったという話はほとんど聞いたことがないですね。限定モデルはよく聞くものの、車種そのものを作ることはないと思います。

「日本は佐賀や長崎、鳥取、長野など山間部の地方に行くと、軽自動車がたくさん走っているのが風景だ」と、当社の劉(学亮BYD JAPAN社長)がプレスカンファレンスでも話しているんですが、軽自動車が普段の生活の一部のツールとして使われているのが実態です。

ですのでやはり大きなクルマも必要ですし、小さなクルマも、一人一台という地域もあり、ガソリンスタンドがどんどん廃業している地域もありますので、こういう小さいクルマを展開する未来が見えているということもあり、「ラッコ」の開発に至っています。

BYDラッコ

日本市場のためにゼロから作った軽EV「BYDラッコ」が示す本気度

−−「ラッコ」のデザイン開発は日本主体で進められたのでしょうか?

山岸さん デザイン案は中国の方から日本へかなりのスケッチが日本に提示されて、その中から東福寺(厚樹BYD Auto Japan社長)や、もっと上の幹部組で「これなら売れるだろう」という案をいくつか選んだようです。

正直、私たち社員もその部分には関わらせてもらえないくらい、かなり水面下で動いていたモデルなので、「だいたいこんな感じらしい」としか教えてもらえないくらい、相当秘密裏に開発が進められました。

−−パッケージングに関してはウルトラハイト軽の王道を行く雰囲気が感じられます。そこは、ツボを外さないように強く意識されたのでしょうか?

山岸さん そうですね。日本車の中でも軽自動車の売れ筋ランキング上位に入るのは、背が高くてスライドドアで荷物も入ってシートアレンジも多彩で…となるとこの形になるので、これが一番欲しがられているという結論になります。

それに、BEVでリヤ電動スライドドアを実現するのはなかなか難しいんですね。レールを通すのもそうですし、コスト的にも重要的にも難しいと言われているので、そういった制限の中で、企画の段階で蹴られてしまうのが実態ですね。

それを、BEV専用のプラットフォームにすることで、まず重さと、高さの制限、あとはもちろんコスト……BYDはバッテリーメーカーですので、LFP(リン酸鉄リチウム)というレアメタルを使っていないバッテリーを使っていますので、コストの面もクリアしました。他ができないことテクノロジーで解決して、お客様の手に届きやすい価格で実現する。一番難しいことをやろうじゃないか、というのがBYDの考え方ですね。

両側リヤスライドドアを採用

日本の生活に最適化された軽EVとは?

−−プラットフォームは新規に専用で開発したのですか?

山岸さん そうですね。BEV専用の、特に軽自動車のこの幅、高さは日本にしかありません。「ラッコ」以外で一番小さいのは「アット1」、「シーガル」と呼ばれるモデルがあるのですが、それよりも小さいモデルになりますので。

−−ボディサイズはどのくらいですか? 長さと幅は軽自動車枠いっぱい(3395×1475mm)でしょうが…。

山岸さん 高さは1800mmですね。あと、バッテリーサイズは2種類用意します。その理由は、メインカーとして買われる方は、航続距離が欲しいですよね。ただ、軽自動車となると、セカンドカーとして購入されるお客様も多いので、そうなると街乗り中心なので、電池容量は小さくとも手に届きやすい価格である方が重要です。「ロングレンジ」に「ショートレンジ」という言い方をしていますが、その2種類を用意します。

BYDラッコ

−−国産メーカーでは安いグレードと高いグレードで安全装備に差を付けるケースが多いですが、「ラッコ」はどうですか?

山岸さん ホイールなどの細かい装備でグレードごとの差別化はするかもしれませんが、安全装備はBYDの考え方としてはフル装備のイメージです。「ドルフィン」や「アット3」もバッテリー容量の違いで2グレードしかありませんが、安全装備は全部載せています。

「ラッコ」も見ての通り、フロントにカメラがあり、前後にソナーが4つずつ付いています。それがあれば誤発進抑制機能が付けられますので。フロントバンパーを見るとレーダーセンサーがあるのも見えます。プロトタイプといえど、相当作り込まれているので…。

−−サスペンションが完全に出来上がっているので、このまま発売されそうですよね。

山岸さん カメラの所にも熱線が入っています。

BYDラッコに装着されているフロント単眼カメラ。ガラスには熱線が入っている

−−サスペンションはフロントがストラット、リヤはトーションビームですか?

山岸さん そうですね。軽のこのサイズになると、リヤはトーションビーム以外難しいですね。

−−駆動方式はFFですか? 4WDはありませんか?

山岸さん はい。今の所はFFのみの予定です。

リヤサスペンションはトーションビーム式。その奥にLFPバッテリーのケースがのぞく

もっとも気になる価格戦略を聞いた

−−問題はお値段ですね。専用開発ということですが、「ラッコ」以外に軽自動車を展開する予定はあるのでしょうか?

山岸さん 私たちは今の所聞いていないですね。

−−お値段はどのくらいと考えればよいのでしょうか?

山岸さん 手に届きやすい価格ということですが、私たち社員も正直知らないんです。ですが勝負力のある価格で出したいと思いますので、室内の装備などをいろいろ変えながら、「おっ」と思っていただける価格で出したいと思っています。

−−軽自動車といっても300万円前後のものもありますので…。

山岸さん 求められているものが、手に届きやすい価格というより、ちょっとプレミアムなところにも入ってきましたよね。付加価値と言いますか、キャンプに使いたい、泥水の山道を走りたいといった軽自動車もありますが、そういう点では「ラッコ」はスタンダードに近い、普段使いのポジションになりますね。

−−BEVといえどあまり高い価格にしたくはない、と。

山岸さん そうですね。このサイズのトールワゴンでBEVは初なので、バッテリーが2種類あり、電動スライドドアで…という点で、妥当な所に持って行きたいと思っています。

−−「ドルフィン」が結構お安いお値段(299万2000円〜)なので…。

山岸さん そうですね。価格的に棲み分けが必要ですね。「ラッコ」が「ドルフィン」より高いとなると、「ラッコ」の存在意義がなくなってしまいますので。グレードも価格もシンプルな設定になると思います。BYDは価格設定を発表の2日前といったギリギリまで粘りますので、本当に分からないんですよ。スピード感もそうですが、ギリギリ感もすごいですね。

フロントサスペンションはストラット式。展示車両は165/65R15 81Hのグッドライド・ラジアルRP18eを装着

BYD「ラッコ」2026年夏登場へ、ターゲットは幅広い?

−−「ラッコ」は2年間で開発されたのでしょうか?

山岸さん はい。アジャイル開発が得意なのがBYDで、かつ本社の開発者も若いので、私たちよりも年下の人たちが元気に企画し開発しているので、やっぱりすごいなと思いますね。

−−こういうウルトラハイトのBEVはそもそもありませんものね。日本のメーカーに先んじて発売されることになるので、本当に楽しみです。

山岸さん 一番かゆい所に手が届くものを出したいと思いました。BYDは今回展示した「仰望(ヤンワン)U9」のようなプレミアムモデルも作れる技術力を持った会社ですしね。今回こうした一番小さなモデルを作ることによって、BYDは幅広くお客様にご提案できることが示せたと思います。全国のお店もどんどん増やしていきますので、来年夏まで期待して、ぜひ乗っていただきたいと思います。

中国メーカーだから電池が危ないんじゃないかといった疑念についても、ディーラーで正しく説明できるので、実際に考えが変わって購入されたオーナーもたくさんいて、もう7000ユーザーを超えましたが、まだまだ少ないと思っています。

BYDラッコ

−−この「ラッコ」は大当たりする可能性がありますよね。

山岸さん 日本のお母さんたちにハマってくれるといいですね。

−−女性がターゲットですと内外装のカラーバリエーションの多さが非常に重要になると思います。

山岸さん そうですね。「ラッコ」は中性的なデザインなので、老若男女問わず…BYDのユーザーは免許取り立ての20代の方から80代半ばの方まで幅広いんですが、皆さんデジタルリテラシーが高いですね。そういう意味ではBYDはターゲットが読めないブランドではありますので、ユーザーの声を聞きながら、内外装のカラーバリエーションも決めていきたいと思います。

仰望U9

−−中国では「仰望」のほか「騰勢」(デンザ)や「方程豹」(ファンチェンバオ)といったサブブランドを展開されていますが、日本での展開はあり得るのでしょうか?

山岸さん 私たちももちろんその野望を持っていますので、まずは足元の、BYDの「王朝シリーズ」と「海洋シリーズ」をたくさんのお客様に選んでいただいて、そこからプレミアムモデルを導入したいと思っています。タイではBYDブランドが成功したので、「騰勢」も導入して、「方程豹」も導入の準備を進めています。

まずはLFPバッテリーの安全性と劣化しにくさを訴求していきたいですね。それができれば、リセールバリューも上がり、選んでもらえるブランドになると思います。昨年長澤まさみさんをブランドキャラクターに起用したことで、CMの好感度もかなり上がり、認知度も上がりました。今度はBYDの良さ、優れたテクノロジーを訴求していきたいですね。

そして、「仰望U9」がゲーム「グランツーリスモ」に収録されることが決まりました。中国メーカーでは初だと思います。早くプレイしたいですし、今後のラインアップも増えてほしいですね。

−−最後に、「ラッコ」の生産拠点は?

山岸さん 中国です。

−−2026年夏の発売を楽しみにしています。ありがとうございました!

BYDラッコ