モータースポーツ由来の電動排気ターボチャージャー「eTurbo」搭載
2024年に登場したポルシェ911、いわゆる992 II型のカレラGTSにはT-Hybridと名づけられたハイブリッドシステムが搭載された。「T」はターボの意味で、ターボチャージャーがまず特殊である。タービンとコンプレッサーの間に発電とアシストを行なうモーター/ジェネレーターを挟んでいるのだ。


いわゆるMGU-Hである。排気が持つ熱エネルギーでタービンホイールが回ると、同軸にあるMGU-Hも回転し、最大11kWの出力で熱エネルギーを電気エネルギーに変換する。つまり、熱エネルギー回生システムとして機能するわけだ。ポルシェはMGU-Hを組み込んだターボチャージャーをeTurbo(イーターボ)と呼んでいる。
いっぽう、排気のエネルギーが少ないときは電気エネルギーを使ってMGU-Hを回転させる。こちら側の最高出力は20kW。排気エネルギーに頼らずコンプレッサーを高速回転させて過給圧を高めることができるので、低回転域であってもレスポンス良くトルクを発生させることができる。ポルシェの発表によると、1500rpmで500Nm、2000rpm以下でシステム最大トルクの610Nmを発生させることが可能だ。

911カレラGTSのTハイブリッドはeターボを1基しか備えていない(6気筒なのにツインターボではない)。レスポンスとパフォーマンスを両立できるので、「ターボは1基で十分」とポルシェは説明している。さらに、余剰の排気を逃がすウェイストゲートも備えていない。MGU-Hが発電する際の抵抗で羽根車の過回転を抑えることができる(過給圧を制御できる)ので不要としたのだ。

さらに、多くの量産ハイブリッド車に適用されておなじみの、減速時の運動エネルギーを電気エネルギーに変換するモーター/ジェネレーターユニット(MGU-K)も搭載している。最高出力40kW、最大トルク300Nmを発生するMGU-Kは8速PDK(デュアルクラッチトランスミッション)に組み込まれている。

回生した電気エネルギーはフロントバルクヘッドの前に搭載する400Vリチウムイオンバッテリーに蓄える。このバッテリーは2170サイズの円筒形セル216本で構成。容量はグロスで1.9kWh、ネットで1.47kWhである。重量は約27kg。冷却は水冷だ。

400Vリチウムイオンバッテリーに追いやられた12V補機バッテリーはリヤシート下に搭載する。こちらもリチウムイオン(ただし400VのNMCと違って耐久性、信頼性の高いLFP)とすることで重量を抑え、従来の鉛バッテリーの約3分の1となる約7kgしかない。
ポルシェ911は伝統的にリヤエンジン・リヤドライブ(RR)だ。カレラGTSはリヤアクスル(後車軸)の後方に水平対向エンジンを搭載するが、Tハイブリッド化するにあたって排気量は従来の3.0Lから3.6Lに引き上げられた。ボアは91mmから97mmに、ストロークは74.6mmから81mmに拡大している。

eターボやPDKに組み込んだMGU-Kのアシストがあるおかげでエンジンが不得意とする領域をカバーできるため、高負荷・高回転領域でもλ=1(ラムダワン)の理論空燃比で運転できるようになったという。つまり、タービン保護(のための冷却)などのために燃料リッチにする必要がなくなったということである。これは燃費の観点でも好都合だし、排ガス性能(三元触媒は酸素不足でも酸素過剰でも具合が良くなく、λ=1が理想)の面でもありがたい。
バルブ可変機構はVarioCam PlusがVarioCamに変更され、バルブリフトの切り替えをなくし、バルブタイミング制御のみのシンプルな構造になっている。また、バルブ駆動はバケットタペットから摩擦損失の小さなローラーカムフォロワーに変更されている。
エンジンは排気量を増やしにもかかわらず全高を約110mmも低くしている。高電圧コンポーネントを搭載するためだ。エンジンの上に載るのは、高電圧分配ボックス、PDK統合型パルスインバーター、パワーエレクトロニクスの3点である。

高電圧分配ボックスは400Vリチウムイオンバッテリーからの電力を効率的に分配し、eターボなどの各種電動コンポーネントに電力を分配する役割を担う。PDK統合型パルスインバーターは、400V/12Vの電圧変換を実施。つまりDC-DCコンバーターで、12Vに変換した電力は後席下の12Vバッテリーに送られる。パワーエレクトロニクスはいわゆるインバーターで、バッテリーの高電圧直流電流(DC)をモーター駆動のための三相交流(AC)に変換する。
高電圧、高出力のバッテリーを得たことにより、シャシー制御も進化させている。油圧制御だったPDCC(ポルシェ・ダイナミック・シャシー・コントロール)は電動化。モーター駆動のポンプとアキュムレーター(オイル溜め)の組み合わせとなっている。また、歩道側の縁石に乗り上げる際などに役立つフロントアクスルリフトシステムは、電動油圧ユニットを搭載したことで、従来5〜6秒費やしていたリフト時間が1秒に短縮されている。
ポルシェのTハイブリッドは911のためのハイブリッドであることから、燃費向上を主眼に置かず、開発の狙いをパフォーマンスに置いている。F1が導入しているハイブリッドシステムと同じだし、かつてポルシェがWEC(FIA世界耐久選手権)に投入していた919ハイブリッドのシステムと同じ思想だ。技術面のフィードバックも当然あったことだろう。

システム最高出力は398kW(541ps)。ニュルブルクリンク北コースのラップタイムは7分16秒934で、従来の記録を8.7秒も更新。発進から2.5秒の加速では、従来のカレラGTより7m遠く(21.5m)まで到達する。それだけ瞬発力が高いということだ。
何度でも繰り返す。ポルシェ911カレラGTSは素晴らしい!
Tハイブリッドと911カレラGTSの実力を試す機会を得た。ステージは、千葉県木更津市にあるポルシェエクスペリエンスセンター(PEC)東京である。PEC東京には5つのコースがある。全長2.1kmの「ハンドリングトラック」は里山の地形を生かしたアップダウンに富んだコース。前半は鈴鹿サーキットのS字をモチーフにしており、ニュルブルクリンクの名物コーナーであるカルーセルを模したコーナーもある(反転させているが)。後半にはアメリカ・ラグナセカの名物、コークスクリューを模したタイトな下りコーナーが待ち構えている。エスケープゾーンがないという意味でも、攻め応えのあるコースだ。

「ドリフトサークル」はスプリンクラーシステムによって散水された、低摩擦コンクリートの円周コース。「ダイナミックエリア」は30×200mの広大なアスファルト路面で、スラロームやローンチコントロール、フルブレーキを試すことができる。
「ローフリクションハンドリングトラック」は、氷上のように滑りやすい路面。ここでは、クルマの挙動が低車速で確認できる。「キックプレート」は車両が通過する直前に地中に埋め込まれたプレートをランダムに左右に動かすことで、スピンを誘発するコース(路面は散水されている)。緊急回避のトレーニングに向いたコースだ。

センターディスプレイのエネルギーフローを確認していると、微低速ではエンジンの動力で走りながらPDKに内蔵されたMGU-Kを連れ回して発電し、バッテリーに電気エネルギーを溜めている様子がわかる。もちろん体感上は何の変化もないし、モーターやインバーターに特有の高周波音は聞こえてこない。それより、水平対向6気筒エンジンが奏でる心揺さぶるサウンドが耳に届き、いい気分だ。

ハンドリンクトラックではアクセルペダルでグリップレベルを探りながらコーナーの脱出でアクセルペダルを踏み抜いていくシーンがあった。どこがエンジンの実力で、どこがモーターのアシストなのか、ドライバーには一切わからない。間違いなく、ターボチャージャーに組み込まれたモーターが作動して過給圧を素早く立ち上げているのだろうし、並行してPDKに組み込まれたモーターがアシストしているのだろうが、ドライバーにはただ単に、要求どおりの力がリニアに立ち上がっているようにしか感じられない。それも、気分を高揚させるエンジンサウンドの上昇をともなって。

Tハイブリッドはデバイスの存在を意識させないハイブリッドシステムであり、パフォーマンスを向上させ、快感と、ポルシェ911というマシーンに対するリスペクトを倍増させるための黒子に徹しきっている。「素晴らしい!」としか言いようがない。ひと言付け加えるなら「気持ちいい」であり、Tハイブリッドと911GTSカレラがもたらす快感には中毒性がある。
極端に滑りやすい路面ではコントロール性の高さと各種デバイスによるスピンを抑制する制御技術の高さを確認。発進からの全開加速とフルブレーキングでは、加速の鋭さと減速Gの激しさもさることながら、安定感としっかり感の高さ、それに、大きなパワーを手の内に収めている懐の深さを実感した。何度でも繰り返すが、ポルシェ911カレラGTSは素晴らしい!
| グレード | ポルシェ911カレラGTS | ||
| 全長 | 4555mm | ||
| 全幅 | 1870mm | ||
| 全高 | 1295mm | ||
| 室内長 | ー | ||
| 室内幅 | ー | ||
| 室内高 | ー | ||
| ホイールベース | 2450mm | ||
| 最小回転半径 | ー | ||
| 最低地上高 | ー | ||
| 車両重量 | 1610kg ※リヤシート付き車は1620kg | ||
| パワーユニット | 3.6L水平対向6気筒DOHCターボ+モーター | ||
| エンジン最高出力 | 357kW(485PS)/7500rpm | ||
| エンジン最大トルク | 570Nm | ||
| トランスミッション | 8速DCT | ||
| システム出力 | 398kW(541PS) | ||
| システムトルク | 610Nm | ||
| モーター最高出力 | 41kW | ||
| バッテリー種類 | リチウムイオン電池 | ||
| バッテリー容量 | 1.9kWh | ||
| 燃費(WLTCモード) | ー | ||
| サスペンション | 前:ストラット 後:マルチリンク | ||
| タイヤサイズ | 前:245/35ZR20 後:315/30ZR21 | ||
| 価格 | 2379万円 | ||