技と心で顧客の信頼を掴む!ヤマハ「World Technician Grand Prix 2025」開催

コロナ禍の影響などで、7年ぶり、ヤマハ発動機70周年の記念すべき節目に再開された「World Technician Grand Prix 2025(以下:WTGP)」は、ヤマハが全世界で展開する独自の整備士教育プログラム「ヤマハ・テクニカル・アカデミー(YTA)」の集大成として、2002年から始まりました。現在、3万5700名のYTA認定整備士が全世界で活躍しているといいます。

ヤマハ「World Technician Grand Prix 2025」は、世界各国のYTA認定整備士が集い、メカニック(整備士)の最高峰を決めるこの大会です。大きく分けて「故障診断」と「お客様対応」の2つの”競技”で構成されていて、修理対応の総合力を競います。限られた時間内に故障の真因を特定し修復する”技術力”と、来店したお客様への分かりやすい説明で信頼を築く”対応力”を評価する。競技は実走想定の課題で構成され、採点は手順遵守、正確性、説明力、公平性に加え、安全意識と倫理観も重視し、厳格な世界水準の審査が行われる。

ヤマハ発動機本社で開催されたWTGP2025決勝の様子をレポートをしていこう。

ヤマハが全世界で展開する独自の整備士教育プログラム「ヤマハ・テクニカル・アカデミー(YTA)」

【競技1】 故障診断:科学的アプローチで真因を突き止める「技」

「故障診断」のセクションでは、限られた時間の中で、仕込まれた不具合をいかに早く、正確に突き止めるかが試されます。単に部品を交換するのではなく、車両の症状から原因を推察し、的確な診断を下す「プロの整備技術」が求められます。

参加者たちは、本番の緊張感とプレッシャーの中、PCに繋いだ診断機や工具を手に集中力を極限まで高めて作業にあたります。ここで試されるのは、YTAで培われた豊富な知識と、世界トップレベルの技術力に裏打ちされた正確な作業スピードです。

具体的な競技内容を見てみましょう。題材となる故障を想定したバイクは、スポーツモデルクラスとコミューター(スクーター)クラスの2種類に分けられています。例えば、優雅にロングツーリングを楽しむ人が多いヨーロッパと、バイクが生活の大事な相棒となるアジア圏など、実際のマーケットの実態に即したものとするためのもの。違った見方をすれば、それだけ世界の幅広い地域で、様々にヤマハのモーターサイクルは行き渡っている証拠とも言えます。

そして、競技に用いる車両には、あらかじめ「故障」が同様な状態で仕込まれています。その故障の原因を突き止めること。そしてその故障をいかにして修復するのか。という修理のプロセスを時間内に実施できるかを競っていきます。

しかし、その人為的不具合は、相当に難しい見つけにくいものを仕込んでいるとのこと。なので、すべての故障を発見、対策しても100点満点は取れないレベルなのだそうです。さらに、その診断、対策を行う順序も決められているため、後から分かっても逆戻りして対策することはできないのだそうです。実際に、各選手がクリアした箇所は会場のモニターに星印で表示されますが、それがすべて埋まった選手はいませんでした。

競技の心境状況はリアルタイムに表示される。

それだけ複雑な故障箇所の問題を作るのも、容易でないのは想像に難くありません。主催する側のヤマハ発動機本社サイドも相当な本気で出題していることが図り知れます。

【競技2】 お客様対応:お客様に安心と感動を提供する「心」

「ん? メカニックって接客するんだっけ…」と思ったかたも多いのではないでしょうか。

WTGPが他の技術コンテストと一線を画すのは、この「お客様対応」を重視している点です。顧客役(言葉が通じるよう販売店のある世界各地から招いています)に対し、整備士は車両の不具合を分かりやすく説明し、不安を取り除き、安心感を与える対応力が求められます。

メカニックは機械を修理、メンテするだけじゃありません。どこに不具合があったか、何を交換したのか、それがいかにお客様のためになるのかを説明しなければなりません。それに、良かれと思ってやったことでも「そこまで頼んでないのに…」というパターンも想定できます。

そういったシーンで、わかりやすく、十分に納得いくように説明でき、お客様に感動の対応を実施するのもメカニックのお仕事なわけです。

競技は、バイクのメンテナンスを依頼したお客様を店内で納得行くように接客することを想定して行われます。お客様役を務めるのは、そのメカニックの所属する販売店と関係のある地域のヤマハインポーターの担当者などが多いとのこと。言葉がちゃんと通じて、顔見知りのため、要らぬ緊張をすることもないというわけです。

来店時の挨拶、お客に椅子を勧めたか、不安無く不具合等の説明ができたか、ヤマハ純正パーツの必要性を納得してもらえたか、などがポイントとなるようです。

ヤマハ社員がいれば世界中と会話できる!

さて、ここで注目したのがその世界各国からの選手を採点しているスタッフです。

19もの国や地域から来ている競技参加者は、当然現地の言葉で接客します。その時の言葉や態度を、ネイティブの感覚で審査しなければならないわけですが、その審査員はすべてヤマハ発動機社員で、様々な部署から選抜された人たちなんだそうです。

その選抜審査員は、もちろん本来の業務でその国に通う必要がある日本の人たちもいますし、逆にその国の人が日本のヤマハ発動機本社で働いている場合もあります。中にはプライベートで様々な国へ訪れていて、「あの人なら◯✕語に堪能だ」ということで協力している場合もあるとか。

ヤマハ発動機は、まだ庶民がクルマを買えない発展真っ只中の地域へバイクを届けているばかりか、手漕ぎボートで漁をしていたアフリカの漁村へ船外機を使ったボートによる漁法を伝えたり、水道がなく電気もままならない地域へその集落だけで完結する水処理システムを導入してきたといった世界に広がっていった歴史があります。ヤマハ発動機の社員がいれば、世界中の人とコミュニケーションが取れるじゃないか、というワクワク感が目に見えるようです。

さらに、この大会を本来の業務でない部署からお手伝いに来てくれている社員がいるわけで、ヤマハ発動機という企業の横の繋がりの強さとともに、全社を挙げてこの競技イベントに本気で取り組み、楽しんでいる様子が伝わってきます。

舞台も本気!まるでレコード大賞並みの造作

ヤマハ発動機 設楽元文社長と「World Technician Grand Prix 2025」に参加したメカニックたち

さて、ほぼ丸一日を費やし、故障診断と接客対応競技を終えた選手たちは、コンテストの表彰が行われる社内のステージもある講堂へと移動します。薄暗い会場内は、金色のトロフィー、ゴールドを基調とした背景や看板でゴージャスに彩られています。ここもすごく本気で気合が入っています。

22名の参加者がステージに並び、ひとりひとりに対し設楽元文社長自らトロフィーを授与します。

そして、スポーツモデルクラスの優勝者は、イギリス代表のリアム・コフィ選手(キャッチフレーズはNescafé / 珈琲紳士)。

コミュータークラスは、アルゼンチン代表のファン・クルス・ルナド・ロチャ選手(キャッチフレーズはThe Relentless Resolver / 妥協せぬ解決者)がそれぞれ優勝者と発表され、称賛の拍手を浴びます。

アルゼンチン代表のファン・クルス・ルナド・ロチャ選手

日本代表YSP八戸の清野貴裕さんは惜しくも優勝は逃しましたが、一生に一度しかチャレンジできない世界大会でやりきった様子でした。

最後に、紅白歌合戦の最後のような派手なクラッカーの炸裂で締め括り、世界大会はお開きとなるという演出は、この大会を最大限に本気で楽しんでいる社員の姿が目に浮かびます。それでも7年前の前回よりも少しおとなしくなったんだとか。

全員本気で楽しむことが感動創造の原点に違いない

バイクを売るだけで終わりではない、安全に使わなければ危険さえ及びかねない道具。そのためには正しい運転方法と普段のメンテナンスが必須であることは明らかだ。それを実現するのに欠かせないのがメカニックであり、そこにスポットを当て世界大会を開いて、そのテクニックを競ってもらおう。その発想は、ある程度の認識があれば思いつくことでしょう。

しかし、ヤマハ発動機が他と一味違っているのは、その願いや真意が本当に伝わるようにするには、主催者も参加者も楽しんでやらなければその成果は十分に伝わらないと思ったことではないでしょうか。営業セールスナンバーワン表彰ならば、賞品やご褒美で称賛するほうが似合っているのかもしれないが、メカニックを称えるには本気の技術や心を競わせ、結果を誠実に判断してあげることが、メカニックとして参加者も本気になって楽しめるはずだ、と理解しているからこその判断だと思います。

中途半端では楽しめない、参加者も主催者も全員が本気を出すことで楽しめる。感動創造のベースがそこにあるのが手に取るようにわかり、WTGPに一日触れることで取材する側である筆者自身も感動しました。