ホンダコンパクトカーコンセプトの二転三転
クルマというのものは同じ車名のクルマでも往々にしてモデルチェンジごとにサイズが拡大する傾向にあり、そのクルマが本来担っていた市場から乖離してしまう。すると、メーカーはその市場をフォローするために新たな車種を投入することになる。
初代シティも、軽自動車を除くホンダ最小モデルであったシビックが徐々に大きくなったことから、これまでのシビックの市場を担う役割が期待された。ホンダはそこにありきたりなコンパクトカーではなく、”トールボーイ”スタイルやポップなイメージを打ち出し、新時代のブランニューカーとして大いに話題と人気を攫ったのはこれまで語り尽くされてきた話だ。

而るに、1986年にフルモデルチェンジした2代目シティは初代から一変。当時、ホンダが全モデルレベルで推していたワイド&ロー&ロングなスタイルを選択。初代トゥデイ(JW型)、3代目シビック(AG型、通称「ワンダーシビック」)や3代目アコード(CA型)のエアロデッキと共通するシューティングブレークのようなスタイルとなった。

しかし2代目シティは、そのスタイルと3ドアのみという設定で、ルーミーさやユーティリティが重視するコンパクトカーユーザーには受け入れられなかった。また、バブル景気と高性能化に沸く自動車市場ではターボやV-TECといった高性能エンジンを搭載したモデルも設定されず、売れ行きは低迷した(当時のレギュレーションと合致して猛威を奮ったジムカーナで歓迎された以外は)。

ブランニューコンパクト「ロゴ」誕生
そんな2代目シティの反省を生かして誕生したのがロゴだった。オーソドックスなハッチバックボディは3ドアと5ドアを設定。同時期の6代目シビック(EK型、通称「ミラクルシビック」)をやや縦長にしたようなスタイルだった。これで、初代ほどでないにせよ2代目よりは背も高くなり、格段にルーミーな室内空間を手に入れた。

デザインは人気だった5代目シビック(EG型、通称「スポーツシビック」)のようなグリルレスのフロントマスクを採用したプレーンなルックスで、「ホンダならではの洗練 “スマート・カジュアル・デザイン”」と謳われた。

エンジンはD13B型1.3L直列4気筒SOHC8バルブ。マイナーチェンジでスポーティグレードに16バルブ仕様も設定されたが、このエンジンにはV-TECは採用されなかった。「ハーフスロットル高性能」ととして、日常域での使いやすさと燃費性能を求めた設定だった。
トランスミッションは5速MT、3速ATに加え、ホンダ独自のCVT「ホンダマルチマチック」も設定された。

また、時代的にも自動車業界は安全装備の充実を進めており、ベーシックカーであるロゴにもエアバッグやABSが用意された。
真面目に作られたベーシックコンパクト
真面目に作られており、デザイン、走り、ユーティリティ……全方位においてコンパクトカークラスにおいて過不足ないクオリティを備え、加えて77万円〜(デビュー時)という優れたコストパフォーマンスを実現していた。デビュー当時の評価も、ベーシックコンパクトとして基本的に良好だった。
一方で、「ホンダらしくないのでは?」といった声もあったようだ。特に、初代シティのターボ系、ジムカーナで活躍した2代目シティ、V-TECエンジンを搭載したシビック/CR-X、そして1996年に登場する「タイプR」といった1980年代後半〜1990年代前半に醸成されたホンダのスポーツイメージから縁遠かったことがその理由だろうか。

マイナーチェンジでスポーティグレードと福祉車両を追加
そんな評判、あるいは伸び悩む販売台数からか、早くもデビュー翌年の1997年にはマイナーチェンジを実施。さらに、1998年、2000年と矢継ぎ早にマイナーチェンジを重ねている。加えて、特別仕様車も1997年、1999年、2000年と立て続けに設定している。

中でも福祉車両は、手動式運転補助装置「ホンダ・テックマチック」も設定した自操車仕様を設定した他、1998年には介護車両も設定した点はロゴの白眉と言えるかもしれない。

一方で、1998年のマイナーチェンジでは同型式ながらSOHC16バルブ仕様のエンジンを搭載したスポーティグレードと、4WDモデル(CVTのみ)が追加されている。




しかし、あまりにオーソドックス過ぎたのか、”華”が無かったのか、こうした特別仕様車や追加モデルがあっても、モデルライフを通じて地味な印象は拭えなかったようだ。
| 発売年月 | 主な変更など |
| 1996年10月 | ロゴ発売 |
| 1997年9月 | マイナーチェンジ 福祉車両「アルマス」追加 |
| 1997年12月 | 特別仕様車「ラシック」設定 |
| 1998年3月 | 福祉車両「アルマス介護車」追加 |
| 1998年11月 | マイナーチェンジ 「TS」・4WD追加 |
| 1999年9月 | 特別仕様車「スポルティック」設定 |
| 1999年12月 | 特別仕様車「カラリス」設定 |
| 2000年4月 | マイナーチェンジ |
| 2000年11月 | 特別仕様車「トピックス」設定 |
| 2001年5月 | 生産終了 |
コンパクトカーの革命児「フィット」へバトンタッチ
基本に立ち返ったはずのロゴだったが、あまりに合理的かつ経済的に作りすぎたこともあってか、販売は苦戦。そのモデルライフは5年弱、ロゴの車名は1代限りで消えることになった。

とはいえ、2代目シティが9年で約16万7000台だったのに対し、ロゴは5年で20万2000台と販売台数自体は伸ばしている。ただ、目標月販販売台数が6000台(デビュー時)だったことを考えると、良くて及第点といった評価だろうか?

ロゴはトヨタ・スターレット、日産マーチといったベーシックコンパクトの二大ライバルに対して、”コレ!”といったセールスポイントが不足していたように思われる。トヨタは言わずもがな、当時の日産はまだ販売力もあり2代目マーチ(K11型)はコンパクトカーの定番中の定番だった。
加えて、ロゴのモデルライフである1990年代後半は、コンパクトカーにおいてもマツダ・デミオ(1996年)やトールワゴンスタイルの日産キューブ(1998年)といったモアルーミーでユーティリティ性に優れた個性派モデルが登場し、人気を集めた。そのような状況下にあっては、ロゴはあまりにプレーンに過ぎたのかもしれない。
また、ロゴはキャパと初代HR-Vという共通ブラットフォームの派生車があり、トールワゴンスタイルのキャパ(1998年)の存在がお互いを苦戦させた可能性もある。
なお、HR-Vは現行モデルにその名跡が残るが、キャパもロゴ同様に1代限りの車名となったのはまた別の話。
そんなロゴの跡を継いだのが、センタータンクレイアウトとモノフォルムデザインで、これまでのコンパクトカーを超えたスタイリッシュさと室内空間を実現したフィットだった。そのサクセスストーリーは誰もが知るところだろう。

ロゴはオーソドックスなベーシックカーとして真面目に作られていたのは間違いない。しかし、ユーザーは当時のRVブームから、コンパクトカーにもクラス以上の何か……広さであったりユーティリティであったり……が求められる時代になっていたのと重なった巡り合わせの悪さだったかもしれない。










