ホンダコンパクトカーコンセプトの二転三転

クルマというのものは同じ車名のクルマでも往々にしてモデルチェンジごとにサイズが拡大する傾向にあり、そのクルマが本来担っていた市場から乖離してしまう。すると、メーカーはその市場をフォローするために新たな車種を投入することになる。

初代シティも、軽自動車を除くホンダ最小モデルであったシビックが徐々に大きくなったことから、これまでのシビックの市場を担う役割が期待された。ホンダはそこにありきたりなコンパクトカーではなく、”トールボーイ”スタイルやポップなイメージを打ち出し、新時代のブランニューカーとして大いに話題と人気を攫ったのはこれまで語り尽くされてきた話だ。

初代シティ(1981年)。写真はシティ「R」で、他にもターボやターボIIなどのスポーティグレードが追加されただけでなく、ソフトトップのカブリオレや商用バンも設定されるなど幅広いユーザーに訴求。1986年のモデルチェンジまでに約31万200台を販売した。

而るに、1986年にフルモデルチェンジした2代目シティは初代から一変。当時、ホンダが全モデルレベルで推していたワイド&ロー&ロングなスタイルを選択。初代トゥデイ(JW型)、3代目シビック(AG型、通称「ワンダーシビック」)や3代目アコード(CA型)のエアロデッキと共通するシューティングブレークのようなスタイルとなった。

2代目シティ(前期型/GA1)。写真は装備が充実した上級グレードの「GG」。

しかし2代目シティは、そのスタイルと3ドアのみという設定で、ルーミーさやユーティリティが重視するコンパクトカーユーザーには受け入れられなかった。また、バブル景気と高性能化に沸く自動車市場ではターボやV-TECといった高性能エンジンを搭載したモデルも設定されず、売れ行きは低迷した(当時のレギュレーションと合致して猛威を奮ったジムカーナで歓迎された以外は)。

1988年にマイナーチェンジした後期型(GA2)。写真の「CZ-i」はホンダの電子制御インジェクション「PGM-FI」を搭載した上級グレードで、「CR-i」と合わせて当時のジムカーナで活躍した。

ブランニューコンパクト「ロゴ」誕生

そんな2代目シティの反省を生かして誕生したのがロゴだった。オーソドックスなハッチバックボディは3ドアと5ドアを設定。同時期の6代目シビック(EK型、通称「ミラクルシビック」)をやや縦長にしたようなスタイルだった。これで、初代ほどでないにせよ2代目よりは背も高くなり、格段にルーミーな室内空間を手に入れた。

ロゴ・3ドア「L」(1996年)

デザインは人気だった5代目シビック(EG型、通称「スポーツシビック」)のようなグリルレスのフロントマスクを採用したプレーンなルックスで、「ホンダならではの洗練 “スマート・カジュアル・デザイン”」と謳われた。

ロゴ・5ドア「L」

エンジンはD13B型1.3L直列4気筒SOHC8バルブ。マイナーチェンジでスポーティグレードに16バルブ仕様も設定されたが、このエンジンにはV-TECは採用されなかった。「ハーフスロットル高性能」ととして、日常域での使いやすさと燃費性能を求めた設定だった。
トランスミッションは5速MT、3速ATに加え、ホンダ独自のCVT「ホンダマルチマチック」も設定された。

ロゴのインテリア。ベーシクコンパクトとしてはオーソドックスで機能的なレイアウト。写真はマルチマチックマチックで、運転席と助手席にエアバッグを装備している。
6代目シビックから採用されたマルチマチックをロゴにも設定。シビックではシフトレバー横に配置されたモードスイッチが、ロゴではステアリングに移された点は評価が高かったようだ。
運転席エアバッグは上級グレードで標準装備され、助手席エアバッグもオプションとして用意された。1998年のマイナーチェンジでABSと合わせて全車標準装備に。

また、時代的にも自動車業界は安全装備の充実を進めており、ベーシックカーであるロゴにもエアバッグやABSが用意された。

真面目に作られたベーシックコンパクト

真面目に作られており、デザイン、走り、ユーティリティ……全方位においてコンパクトカークラスにおいて過不足ないクオリティを備え、加えて77万円〜(デビュー時)という優れたコストパフォーマンスを実現していた。デビュー当時の評価も、ベーシックコンパクトとして基本的に良好だった。

ロゴ・5ドア「L」のフロントシート。ファブリック生地は3ドアと5ドアでデザインを異なる。運転席は手動のハイトアジャスターが備わる。
ロゴ・5ドア「L」のリヤシート。「キュービック・パッケージ」を謳った室内はルーミーで、グラスエリアも広く開放的。シートベルトにはチャイルドシート固定機構が備わる。

一方で、「ホンダらしくないのでは?」といった声もあったようだ。特に、初代シティのターボ系、ジムカーナで活躍した2代目シティ、V-TECエンジンを搭載したシビック/CR-X、そして1996年に登場する「タイプR」といった1980年代後半〜1990年代前半に醸成されたホンダのスポーツイメージから縁遠かったことがその理由だろうか。

F1こそすでに撤退(1992年)していたが、1995年に「SiR」以上のハードグレードとしてインテグラに追加された「タイプR」は、ホンダのスポーツイメージをさらに高めることになった。

マイナーチェンジでスポーティグレードと福祉車両を追加

そんな評判、あるいは伸び悩む販売台数からか、早くもデビュー翌年の1997年にはマイナーチェンジを実施。さらに、1998年、2000年と矢継ぎ早にマイナーチェンジを重ねている。加えて、特別仕様車も1997年、1999年、2000年と立て続けに設定している。

1997年に設定された特別仕様車「ラシック(Lachic=フランス語の”おしゃれ”)」。助手席エアバッグとABSが標準装備となり、カラードドアバンパーなど内外装を、抗菌シフトレバーや電動ドアミラーなどの装備と合わせてグレードアップ。

中でも福祉車両は、手動式運転補助装置「ホンダ・テックマチック」も設定した自操車仕様を設定した他、1998年には介護車両も設定した点はロゴの白眉と言えるかもしれない。

ロゴ「アルマス介護車」。1997年に追加された福祉車両「アルマス」に加え、助手席回転シートや車いす収納装置を備えたロゴ「アルマス介護車」が追加された。

一方で、1998年のマイナーチェンジでは同型式ながらSOHC16バルブ仕様のエンジンを搭載したスポーティグレードと、4WDモデル(CVTのみ)が追加されている。

1998年のマイナーチェンジで内外装を刷新。これまでのグリルレスからスリットを設けたフロントマスクに変更。追加されたスポーティグレード「TS」は、エンジンは同型式ながら16バルブ仕様を搭載するほか、タイヤサイズやサスペンションセッティングも変更された。衝突安全性の向上のためにボディを大幅に強化されたため、車重も増加している。
1999年にスポーティグレードの「TS」に、豪華装備を標準とする特別仕様車「スポルティック」が設定された。
1999年に設定された特別仕様車「カラリス(COLORIS)」。その名の通りエクステリアカラーをメインにした仕様変更となっている。
2000年のマイナーチェンジではより明確なグリルのフロントマスクとなった。スポーティなお買い得グレード「スポルティック」が「TS」以外にも設定された。16バルブエンジン搭載の「TSスポルテック」では、ローダウンサスペンションやエアロパーツなどでさらにスポーティに仕立てられる。

しかし、あまりにオーソドックス過ぎたのか、”華”が無かったのか、こうした特別仕様車や追加モデルがあっても、モデルライフを通じて地味な印象は拭えなかったようだ。

発売年月主な変更など
1996年10月ロゴ発売
1997年9月マイナーチェンジ
福祉車両「アルマス」追加
1997年12月特別仕様車「ラシック」設定
1998年3月福祉車両「アルマス介護車」追加
1998年11月マイナーチェンジ
「TS」・4WD追加
1999年9月特別仕様車「スポルティック」設定
1999年12月特別仕様車「カラリス」設定
2000年4月マイナーチェンジ
2000年11月特別仕様車「トピックス」設定
2001年5月生産終了
ロゴ略年表

コンパクトカーの革命児「フィット」へバトンタッチ

基本に立ち返ったはずのロゴだったが、あまりに合理的かつ経済的に作りすぎたこともあってか、販売は苦戦。そのモデルライフは5年弱、ロゴの車名は1代限りで消えることになった。

最後の特別仕様車となった「トピックス」(2000年)。ウェルカムランプ付きキーレスエントリーなどが装備され、ベース車より5万円安い価格設定となっている。

とはいえ、2代目シティが9年で約16万7000台だったのに対し、ロゴは5年で20万2000台と販売台数自体は伸ばしている。ただ、目標月販販売台数が6000台(デビュー時)だったことを考えると、良くて及第点といった評価だろうか?

ロゴ・5ドア(1996年)。

ロゴはトヨタ・スターレット、日産マーチといったベーシックコンパクトの二大ライバルに対して、”コレ!”といったセールスポイントが不足していたように思われる。トヨタは言わずもがな、当時の日産はまだ販売力もあり2代目マーチ(K11型)はコンパクトカーの定番中の定番だった。

5代目トヨタ・スターレット(1996年)。3ドア/5ドア、4WDやターボモデルなど充実したラインナップで多様なニーズに応えるのはこれまで通り。しかし、意外と短命で、1999年にグローバルカーであるヴィッツ(ヤリス)にバトンタッチしてその名跡は途絶えた。
2代目日産マーチ(1992年)。3ドア/5ドアの他にカブリオレやワゴンのマーチBOXをラインナップ。親しみやすいデザインと、しっかりとした走りで、ロゴデビュー時の1996年でも定番モデルとして人気を集めていた。

加えて、ロゴのモデルライフである1990年代後半は、コンパクトカーにおいてもマツダ・デミオ(1996年)やトールワゴンスタイルの日産キューブ(1998年)といったモアルーミーでユーティリティ性に優れた個性派モデルが登場し、人気を集めた。そのような状況下にあっては、ロゴはあまりにプレーンに過ぎたのかもしれない。

初代マツダ・デミオ(1996年)。コンパクトカーながらルーミーで居住性に優れた室内と、ワゴンに匹敵するユーティリティ性で大ヒット。当時、窮地にあったマツダを救った。
初代日産キューブ(1998年)。マーチベースのハイトワゴンとして人気を呼んだ。

また、ロゴはキャパと初代HR-Vという共通ブラットフォームの派生車があり、トールワゴンスタイルのキャパ(1998年)の存在がお互いを苦戦させた可能性もある。
なお、HR-Vは現行モデルにその名跡が残るが、キャパもロゴ同様に1代限りの車名となったのはまた別の話。

ホンダ・キャパ(1998年)。ロゴとプラットフォームを強要した派生モデル。ステップワゴン、S-MX、ライフといった当時のホンダのハイトワゴンフォルムを踏襲する。
初代HR-V(1998年)。3ドアのみでデビューしたが、1999年に5ドアが追加された。

そんなロゴの跡を継いだのが、センタータンクレイアウトとモノフォルムデザインで、これまでのコンパクトカーを超えたスタイリッシュさと室内空間を実現したフィットだった。そのサクセスストーリーは誰もが知るところだろう。

フィット(2001年)。

ロゴはオーソドックスなベーシックカーとして真面目に作られていたのは間違いない。しかし、ユーザーは当時のRVブームから、コンパクトカーにもクラス以上の何か……広さであったりユーティリティであったり……が求められる時代になっていたのと重なった巡り合わせの悪さだったかもしれない。