
スライドドアという装備が、ここまで生活を変えるものだとは、当時は誰も本気では考えていなかったんじゃないかと思う。
友人は、セレナが家に来たとき、子ども心に最初に感心したのは、走りでも広さでもなく、「ドアが横に滑る」という一点だったと言った。
狭い駐車場で、子どもが勢いよくドアを開けて隣のクルマにぶつけてしまう。そんなヒンジドアにありがちな事故は、親にとっては冷や汗モノだ。しかし、スライドドアならそんな心配がほぼ消える。親にとっては、それだけで精神的な負担がかなり軽くなる。
「気が付けば便利」「気が付けば安心」
ほんの些細な事なのだが、今思えば、そんな安心感こそが、セレナの最大の価値だったように思う。

当時のセレナは、今のミニバンと比べれば決して洗練されてはいない。内装もシンプルで、素材感も素朴だった。もっと言えば「商用貨物車と共用しています」というイメージがプンプンだった。もともと傑作商用車バネットの乗用モデルであるバネットコーチの後継車で、最初はバネットセレナと名乗っていたのだから、推して知るべしだ。それでも不満はなかった。むしろ「必要なものはすべて揃っている」という印象の方が強かったように思う。
後席は十分に広く、子どもが多少動き回っても問題ない。長距離移動でも文句は出にくかった。シートの出来だって特別良かったわけではなかったが、「みんなで移動する」ことを前提に作られていることは十分に伝わってきた。

走りについては、上級モデルこそ“スーパーHICAS”なんて四輪操舵システムを搭載できる仕様が設定されたり、強化プラスチック製リーフスプリングを使ったマルチリンクサスを採用したが、正直に言えば大多数の普及モデルは平凡だった。加速が鋭いわけでもないし、静かなわけでもない。極論すれば商用貨物車との共用だから仕方ない。それでも不思議と不満は残らなかった。セレナは、ドライバーを楽しませるクルマではなく、同乗者を、家族を安心させるクルマだったからだ。
友人は言った。あの当時、海へ山へと家族で出かける頻度が増えたのは、ひょっとしたらセレナのおかげだったのかもしれない、と。乗り降りが楽になると、外出そのもののハードルが下がる。「ちょっと出かけようか」が、自然に口に出るようになる。

セレナは、派手な記憶は残さない。速さやデザインで語られることも少ない。それでも、「便利だった」「助かった」という記憶や感覚だけは、今でもユーザーにはっきり思い起こさせている。
「家にあったクルマ」とは、必ずしも憧れの存在である必要はない。こうして生活の中に溶け込み、知らないうちに家族の行動をも変えてしまう。セレナは、そんなタイプの一台だったかもしれない。





