■増岡選手パリダカ連覇を目指して元旦にスタート

パリダカ2003参戦パジェロ

2003(平成15)年1月1日、三菱の増岡浩選手は“パリダカ2003”での連覇を目指して「パジェロエボリューション」でスタートした。チームメイトとの激しいトップ争いを繰り広げながらも、1月19日にトップでゴールし、見事連覇を果たした。また三菱としては3連覇、通算8度目の栄冠となった。

パリダカ参戦用の新たな車両パジェロエボリューション誕生

三菱は、1983年から「パジェロ」でパリダカに参戦し、1997年には篠塚建次郎選手が日本人初の総合優勝を飾るなど常にトップ争いをしていた。さらなる戦闘力を高めるため、三菱は新たに「パジェロエボリューション」を開発し、1997年9月にリリースした。

1997年にデビューした三菱「パジェロエボリューション」

パジェロエボリューションは、2代目「パジェロ・メタルトップZR-S」をベースに、シャシーからボディ、エンジン、内外装に至るまですべてが徹底的にチューニングされた。ボディは、高剛性を図るとともに、大型フロント&リアバンパー、オーバーフェンダーなどで優れた空力性能とオフロード性能を考慮した迫力あるスタイリングとなった。

三菱「パジェロエボリューション」のリアビュー

シャシーは、パリダカの高速走行を念頭にトレッドを拡大、本格オフロード4WDで初めての4輪独立サスペンション懸架を採用し、オフロード走破性とオンロードでの快適性が実現された。

三菱「パジェロエボリューション」のエンジンルーム

パワートレインは、最高出力280ps/最大トルク35.5kgmを発揮する3.5L V6 DOHC(6G74) MIVEC(可変バルブタイミング&リフト機構)と5速MTおよびINVECS-IIスポーツモード5速ATの組み合わせ。駆動方式は、路面の状況に合わせて4つのモードから最適な駆動方式が選べるスーパーセレクト4WDが採用された。

三菱「パジェロエボリューション」のコクピット

車両価格は、374.0万円(5速MT)/390.8万円(スポーツモード5速AT)に設定。チューンナップ内容の割にはリーズナブルな価格設定だった。

パリダカでの三菱パジェロの活躍

1983年:三菱パジェロ初参戦、市販車無改造クラスで優勝

三菱が初めてパリダカに参戦したのは1983年第5回大会で、キャンパストップ仕様の「パジェロ」で市販車無改造クラスでの参戦だった。エンジンは、2.5L 直4 SOHC(4G54)ガソリンエンジンで、早速クラス優勝して華々しくデビューし、その後市販車改造クラスに移り、1985年には日本車初の総合優勝を果たした。この時のパジェロのエンジンは、2.5L 直4 SOHC(4G54)ガソリンインタークーラーターボエンジンだった。

1984年:プロトタイプ勢に分け入る総合3位で市販車改造クラス優勝

その後、ポルシェやプジョーと熾烈な戦いを繰り広げながら、1992年に優勝し、翌1993年も連覇を達成。そして、1997年には篠塚健次郎選手が日本人初となる総合優勝を飾った。この時のパジェロのエンジンは、3.5L V6 DOHC(6G74)ガソリンエンジンで、最高出力270ps/最大トルク34.0kgmを発揮した。

1985年:日本車初の快挙、三菱パジェロ総合優勝

翌1998年には、新たに開発した上記「パジェロエボリューション」で前年に続く連覇を果たした。1999年から篠塚選手に代わって、同じく三菱社員の増岡選手が参戦した。

このように、1990年代に三菱パジェロがパリダカで華々しく優勝を飾るなど大活躍し、その活躍ぶりをNHKが特番で放映したため、日本でパジェロとパリダカブームに火が付いたのだ。

パリダカ2003に増岡選手が連覇をかけてスタート

パリダカ2003

21世紀に入り、2001年に三菱は3年ぶりの優勝を飾り、翌2002年には増岡選手が三菱の連覇を達成した。

パリダカ2003参戦パジェロの主な仕様

そして2003年1月1日、増岡選手は「パジェロエボリューション」でフランスのマルセイユをスタートした。前半戦は、同じくパジェロエボリューションを駆けるステファン・ペテランセル選手が首位。2位の増岡選手と激しいバトルを繰り広げた。トップと3位の「BMW X5」との差は1時間半以上あり、三菱同士の一騎打ちの様相を呈した。

増岡浩氏

増岡選手は、ポジション(2位)をキープして着実に走るのがゴールするまでの大切な役割と、チームプレイに徹する覚悟をしていた。ところが、大会も残り2日で事実上最後のSS(競技区間)でドラマは起きた。365kmのステージで、順調だったペテランセルのパジェロエボリューションがオイル漏れを起こし、2回ストップ。この時点ではまだ1位の座を守っていたが、ゴールまであと50kmという地点で岩に衝突して痛恨のクラッシュを起こしてしまった。

三菱パジェロ初参戦、市販車無改造クラスで優勝

これにより、ペテランセル選手の4輪初制覇(2輪では優勝経験あり)は夢に終わり、忍耐強く走り続けた増岡選手が栄冠に輝き、2連覇(三菱としては3連覇)を果たしたのだ。

パジェロは、その後も優勝を重ね、2001年から2007年まで破竹の7連覇、通算でパリダカ12勝という金字塔を打ち立てた。しかし、その後三菱は経営状況が悪化し、これを最後にパリダカから撤退し、栄光の歴史は幕を下ろすことになった。

パリダカ2003リザルト

パリダカ2003のパジェロ動画も見て!

・・・・・・・・・・

2004年パリダカ9度目の優勝で4連覇を達成 『パジェロエボリューション』のペテランセルと増岡が1-2フィニッシュ

パリダカとともに一世を風靡したパジェロ自体も、2019年に国内向け生産を終え、2021年には海外向け生産も終了した。2008年のリーマンショックに端を発した自動車業界の低迷によって、三菱に限らず自動車メーカーは2010年頃から相次いでモータースポーツから撤退し始めた。自動車メーカーにとって、この時期は大きな分岐点となったのだ。
毎日が何かの記念日。今日がなにかの記念日になるかもしれない。