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今日は何の日?■ホンダFCXが箱根駅伝を走行

2004(平成16)年1月3日、ホンダの燃料電池車「FCX」が2日にスタートした箱根駅伝で、大会本部長車として往復217.9kmを無事完走した。FCXは、前年11月に国土交通大臣認定を取得し、リース販売を開始した。箱根駅伝を完走することによって、FCXの低温始動性や走行性能の信頼性の高さが実証されたのだ。
箱根駅伝は、伝統的に名車が大会をサポート

箱根駅伝が始まった1920年当時は、日本ではまだ自動車が普及してなかった。したがって、現在のように選手とともに走行する運営車両はなかったが、1928年の第9回大会では1908年に発売されたフォードの「T型フォード」が運営車両として走行した。
1946年以降の大会では、トヨタ初の量産乗用車「トヨダAA型」のオープンモデル「AB型フェートン」、1958年の第34大会ではいすゞの「ヒルマンミンクス」が登場。日本の大衆車の黎明期1950~1960年には、同じく「 ヒルマンミンクス」やトヨタ「トヨペットクラウン」、トヨタ「パブリカコンバーチブル」、「カローラ」などが走り、その後1973年の第49回から各チーム1台の伴走車として、陸上自衛隊の支援のもと「73式小型トラック(三菱 ジープ)」が選手をサポートした。

1988年の第64回大会から、日本テレビで全国放映が始まり、これを機に箱根駅伝の人気が一気に高まり、また選手とともにTV画面に登場する運営車両は、その時々の新型車や人気モデルが登場して注目を集めるようになった。
1989年からは三菱自動車が大会運営車の提供を務め、当時RVブームで人気を獲得していた「パジェロ」や「デリカスペースギア」、「RVR」などが活躍した。
そして2004年からは、運営車両が三菱からホンダに引き継がれた。
リース販売を始めたFCXが箱根駅伝に登場

ホンダは、1990年代から本格的に燃料電池車の開発に取り組み、試作車による改良を重ねて2002年に「FCX」が完成した。4人乗りのコンパクトカーのFCXは、156.6Lの高圧(35MPa)ボンベを搭載し60kWのモーターで最高速度150km/h、1回の水素充填による航続距離は355kmを記録した。


そして、2002年7月、FCXは燃料電池車として初めて米国EPAとCARBの認定を取得し、11月には日本でも国交省の公道走行認可を取得。これを受けて、ホンダは年末の12日2日に、FCXの1号車を米国カリフォルニア州のロサンゼルス市庁と日本の内閣府に納車し、その後日米ともリース販売先を拡大した。

FCVの心臓部である燃料電池スタックは、2002年当時のFCスタックはバラード社製だった。しかし、2003年に-20度でも発電可能なホンダ独自の“ホンダFCスタック”の開発に成功した。

そして、2004年1月のこの日、ホンダFCスタックを搭載したFCXは、箱根駅伝で本部長車両として走行することで、FCVの実用性の高さのアピールに成功。また人気のミニバン「オデッセイ」は、出場20校の各チームをサポートする運営管理車として活躍した。
その後の箱根駅伝の運営車両

ホンダは、その後2004年~2008年の5年間箱根駅伝の運営車両を担当し、その後もFCXが大会本部車として走行したが、2009年~2010年はFCXの後継である「FCXクラリティ」が後を継いだ。

FCXクラリティは、ミディアムクラスのスタイリッシュなFCVで、2008年11月からリース販売を開始。モーター出力を100kWまで向上させ、パワープラント全体の重量出力密度2倍、容積出力密度2.2倍によって大幅な軽量コンパクト化と高出力化に成功した。


2011年以降は、トヨタが最新モデル30台以上を提供して大会をサポートしている。2019年には、世界に2台しかない白の「センチュリーGRMN」が役員車として、2021年にはFCEV「MIRAI(ミライ)」、2022年には発売前の電気自動車「bZ4X」が登場。その後も新型「プリウス」や「クラウン」を登場させて注目を集めた。
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2000年を迎える頃には、世界的に地球環境問題がクローズアップされ、大会運営車もFCEVやBEVのような基本的には排気ガスを一切出さない、選手にも優しいクルマが登場するようになった。2026年の運営車両も、トヨタのFCEV「クラウンセダン」やEVの「eパレット」などが走っている。
毎日が何かの記念日。今日がなにかの記念日になるかもしれない。
