ハイト系コンパクトカーの流行を追って
1990年代後半、コンパクトカー市場では従来モデル以上のスペースとユーティリティ性を備えたモデルが登場し好評を得ていた。その嚆矢は1996年に登場した初代マツダ・デミオであり、さらにミニバン的な背の高さを加えた日産キューブが市場をリード。ホンダも1998年にキャパを投入して追従した。
大人気のパジェロを各クラスにラインナップする(パジェロ、パジェロジュニア→パジェロio、パジェロミニ)ほか、チャレンジャー、デリカ(スターワゴン、スペースギア)にRVR、シャリオグランディスとRV(レクリエーショナルビークル、今で言うSUV)のラインナップを充実させていた三菱も、やや遅ればせながらその市場に参入することになった。

それが今回ピックアップする「ディンゴ」だ。発表は1998年12月、発売が1999年1月となった。
三菱の頭文字Dは「Three “D”iamonds」の「D」
当時、日本の自動車メーカーはようやく自社のブランド価値向上に気を配り初めており、ファミリーフェイス化や車名のシリーズ化などの施策が取られていた。三菱においては、同社およびグループのロゴである三菱=Three Diamondsから「D」で始まる命名を行なっている。その嚆矢は三菱の新世代フラッグシップであるディアマンテであり、ブランニューモデルであるディンゴと、その派生モデルであるディオン、デボネアの後継モデルのディグニティがその続例となった。

つまり、ディンゴはオーストラリアの野生犬ではなく、三菱の「D」とビンゴ(いわゆるビンゴゲームのビンゴ、”当たり”的な意味)を組み合わせたもの。なお、ミラージュ・ディンゴが正式名称だが、車名以外に基本的にミラージュとの関連は無く、一般的にもディンゴのみで表記されることの方が多かった。ただし、自販連(日本自動車販売協会連合会)の統計上はミラージュファミリーとして計上されている。

後発の不利を覆すことを狙った超個性的デザインだが……
すでに好調な先行モデルがある中で後発モデルが目立つために、ディンゴは奇抜とも取れる縦目の異形フェイスを採用した。ヘッドライトとウインカーを縦に並べた変形6角のコンビネーションランプは確かに極めて個性的でインパクトは絶大だった。

メカニズムでは当時三菱がアピールしていた直噴エンジン「GDI」を採用。”世界最小の直噴ガソリンエンジン”を称した4G15型1.5L直列4気筒DOHC16バルブ直噴エンジンを搭載。4速AT(INVECS-II)のFFのみという割り切ったラインナップとなっていた。

サスペンションはフロントがマクファーソンストラット、リヤがマルチリンク式の独立懸架とこのクラスのFF車としては贅沢なつくりになっているのは、当時のミラージュやランサーからの流れだ。

ディンゴは三菱が「SUW=スマート・ユーティリティ・ワゴン」と謳ったモデルだけに、コンパクトクラスながら前後ウォークスルーだけでなく、サイドクッション付きのリヤシートはリクライニング機構と前後スライド機構を備えていた。

さらに、前席から後席までフルフラットにできるなど、豊富なシートアレンジを実現している。5対5分割のリヤシートを折り畳めばラゲッジルームはフラットかつ大容量。デリカに代表されるユーティリティの幅広さは三菱車の魅力であり、SUWの命名は伊達ではないと感じさせる。

丸目と異形フェイスはフロントマスクの鬼門
しかし、平成のクルマのデザインにおいて鬼門というものがあった。ひとつが「丸目」。日本メーカーの主要市場である北米で当時人気のあるデザインだっただけに採用されることがままあったが、日本市場ではほとんど失敗したと言っても過言ではない。丸目デザインは一部を除いて、マイナーチェンジで変更されることになった。
そして、デザインに個性を求めて採用される異形フェイスも得てして不発なことが多く、残念ながらディンゴもその例に当てはまってしまった。特に日本車において縦目デザインは例が少なく、所有するクルマのデザインには意外と保守的な日本の一般ユーザーにはマイナス印象だったようだ。

マイナーチェンジでフツーの顔に
果たせるかな、1999年1月の発売から1年もしない12月にフロントマスクが小変更された。さらに、2001年2月のマイナーチェンジでは前後のデザインを大幅刷新。ごく一般的なフロントマスクに改められている。


早々のフロントマスク小変更は当初から不評だったためデビュー直後から改良を進めていたことを窺わせるが、完全に刷新されるのがマイナーチェンジされる2年後だったことは色々な事情を考えさせる。

デザイン変更以外にも4WDの設定(1999年12月)、1.3Lモデルの追加(2000年1月)、1.8Lモデルの追加(2000年2月)が実施されている。また、2001年2月のマイナーチェンジ時には1.5LモデルのトランスミッションがCVTに変更された(1.3Lと1.8Lは4速ATのまま)。


変わりどころでは助手席回転シートモデルがデビュー翌月に追加されているほか、ママユーザーをターゲットにした特装車「マーブル」を追加。もちろん、折々に特別仕様車もリリースされているものの、約4年のモデルライフにあってその種類はあまり多くはなかった。


| 発売年月 | 主な変更など |
| 1998年12月 | ディンゴ発表 |
| 1999年1月 | 正式発売 |
| 1999年2月 | 助手席回転シート仕様発売。 |
| 1999年3月 | 特装車「マーブル」追加。 |
| 1999年5月 | 特別仕様車「パールディンゴ」発売。 |
| 1999年12月 | マイナーチェンジ。 4WD追加。 特別仕様車「ナビディンゴ」発売 |
| 2000年1月 | 1.3Lモデル「X」追加。 |
| 2000年2月 | 1.8Lモデル「エアロ」追加。 |
| 2000年 3月 | 特別仕様車「ユーロディンゴ」発売。 |
| 2001年2月 | マイナーチェンジ。 |
| 2002年5月 | 特別仕様車「ミラージュ ディンゴ・シュタイフテディベアエディション」発売 |
| 2002年9月 | 生産終了 |
時、ディンゴに利あらず
マイナーチェンジでのフェイスリフトで一時は販売は持ち直したものの、2002年9月、三菱の「リコール隠し」という事件がディンゴにも襲いかかる。この事件で三菱車のブランドが失墜したばかりか、さらに三菱は先々の「グリーン税制」導入を見越して、現状で販売的に振るわないディンゴは排ガス規制対策の対象としないことを決定。2002年をもって販売終了とした。

最終的な販売台数は4年間で7万台あまり。月販台数が月平均で1500台程度では確かに厳しい。ただし、中国の哈飛汽車(HAFEI MOTOR)で2001年から2014年にかけて「賽馬」としてラインセンス生産されていた。

なお、2000年にシャリオグランディスの大型化(3ナンバー化)により、空白となった5ナンバーサイズミニバンとしてディンゴを拡大したディオンがリリースされているが、こちらも2006年に販売終了して1代限りで終了している。

ディンゴはクルマとしては佳作ながら、後発の不利を個性的なデザインで覆そうするも果たせず、そこに不祥事と排ガス規制というダブルパンチが重なったのは、クルマの中身の出来だけでは如何ともしがたい巡り合わせの悪さだったように思われる。











