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今日は何の日?■7代目サニーにNXクーペ登場

1990(平成2)年1月11日、日産自動車は7代目となる「サニー」のセダンとともに、コンパクトなクーペ「NXクーペ」発売した。NXクーペはNDI(北米デザインスタジオ)が北米市場のセクレタリーカーとしてデザインした、ファッション性とスポーティさを両立させたモデルだ。
NXクーペの前身にあたるサニーRZ-1


始めてサニーにクーペ「サニークーペ」が設定されたのは、1966年4月に誕生した初代サニーの2年後の1968年3月のこと。その後も世代ごとにクーペモデルが設定された。しかし、5代目のクーペをもってサニーのラインナップからクーペは消えた。


その後、サニーから独立した派生車として、6代目サニーのデビュー翌1986年2月に「サニーRZ-1」が追加された。シャープなウエッジのスタイリングが印象的だが、エンジンやシャシーといったメカニズムからインパネやシートのデザインに至るまで、すべてセダンから流用。したがって、スポーティというよりもパーソナルクーペといった雰囲気だった。
エンジンは、1.5L 直4 SOHCと最高出力100ps/最大トルク16.0kgmを発揮する同ターボ仕様が設定された。4ヶ月後には、120ps/14.0kgmの日産初の1.6L 直4 DOHCエンジンを搭載したハイスペックモデルが登場したが、それでもトヨタとホンダの1.6L 直4 DOHCエンジンには敵わず、苦しい販売を強いられた。
7代目サニーとともに登場したコンパクトなNXクーペ

1990年1月のこの日、サニーは7代目にモデルチェンジして、セダンと同時に「NXクーペ」もデビューした。NXクーペは、「RZ-1」のやや先鋭的なイメージから一転、愛くるしいファッショナブルなクーペに変貌した。北米市場の女性ユーザー向けセクレタリーカーを意識した曲線的なスタイリングは、NDI(北米デザインスタジオ)が手がけたものだった。



フロントは、スラントノーズを基調にバンパー内に埋め込まれたヘッドライトを組み合わせ、サイドは走りのイメージを強調したスポーティなラインでまとめられ、リアエンドはリアスポイラーをボディに一体化して構成。インテリアのついても、シートはクーペらしくホールド性の高いスポーツシートとし、大型のデジタルメーターを採用して先進性とファッション性を強調する仕上げとなっていた。

パワートレインは、最高出力140ps/最大トルク17.0kgmを発揮する1.8L 直4 DOHC、同じくDOHCの1.6L&1.5Lの3種エンジンと、5速MTおよび4速ATの組み合わせで、駆動方式はFFである。

3種エンジンとTバールーフの有無、サスペンションの仕様違いで7グレードが用意され、車両価格は113.6万~181.5万円に設定。当時の大卒初任給は17.0万円程度(現在は約23万円)だったので、単純計算では現在の価値で約154万~246万円に相当する。

広宣活動にも力を入れてデビューしたNXクーペだったが、北米での人気とは対照的に日本での人気は伸び悩み、1代限り1994年に生産を終えた。

NXクーペの後継はサニー・ルキノ
1994(平成6)年5月、NXクーペの後継にあたる8代目サニーをベースにしたスペシャルクーペ「サニー・ルキノ」がデビューした。基本的なコンポーネントを8代目サニーと兄弟車「パルサー」から流用した、オーソドックスな3ボックスの2ドアクーペである。

FFレイアウトと長いホイールベースによって、クーペにしては広い室内空間が確保され、5名乗車が可能。パワートレインは、最高出力105psを発揮する1.5L 直4 DOHCと140psの1.8L 直4 DOHCの2種エンジンと、5速MTおよび4速ATの組み合わせ。駆動方式は、FFだった。
サニー・ルキノは、商品力強化のために1995年に3ドアハッチバック、1996年RVブームに対応してRV風に仕立てた「ルキノS-RV」を追加したが、日本での販売は苦戦を強いられた。一方、排気量を2.0Lに拡大した「200SX」の車名で販売した米国では、主に独身女性から人気を獲得した。
結局、サニー・ルキノがサニーシリーズ最後のクーペとなった。
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NXクーペは、もともと働く女性が乗るようなセクレタリーカーとしてデザインされた経緯があった。セクレタリー(秘書)カーとは、当時米国で働く女性が愛用するクルマの総称として使われ、実際に米国では人気があった。ただ当時の日本はバブル景気で、イケイケの豪華なクルマが人気だったこと、また女性向けクーペの需要がなかったことがNXクーペが苦戦した理由と思われる。
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