インプレッサ WRC 1999

オーナー:Tatsumiさん

J.カンクネンが1999年のアルゼンチンラリーで優勝を飾ったWRカー。外装はステッカー製作者の協力を得て、その時のカラーリングを忠実に再現。また、昨年は東京オートサロン2025に出展され、来場したJ.カンクネンがロールケージにサインを残した。

今回、オーナーのTatsumiさん本人は参加できなかったが、「スバルラリーの礎を作って下さった初代STI社長の故・久世隆一郎氏、辰己英治氏を始めとする歴代STIの代表や全ての SUBARU関係者へ心から尊敬の念を込めて。そして、日本のモータースポーツ発展への祈りを込めて…」とのコメントを送ってきてくれた。

すでに前置きインタークーラーを採用するが、ラジエターの冷却効率を考えてコアは左側にオフセットされるのみ。Part.1で取り上げた2000年モデルと比べると、作り込みの差は歴然としている。また、ストラットタワー前方には車高調の別タンクも確認できる。

インプレッサ WRC 1998

オーナー:山本さん

プロドライブが『S5』と呼ぶ1998年式WRカー。C.マクレーがスウェディッシュラリーを戦い、同年プライベーターがRACラリーに参戦した後、アフリカに売却され、サファリラリー仕様へとリメイクされたヒストリーを持つ。「なので、フロントフェンダー内にはアニマルバンパー装着用のブラケットも追加されているんですよ」とオーナーの山本さん。今回ターマック仕様が揃う中、唯一のグラベル仕様として注目を集めていた。

インプレッサ WRC 1998

オーナー:STI

走行はしなかったが、STIが所有するマシンを特別展示。1998年のラリーサンレモを戦った個体だ。前年は同ラリーでスバルが1-2フィニッシュを決めたが、この年はP.リアッティが2位、C.マクレーが3位と、優勝には一歩及ばなかった。

インプレッサ WRC 2000

オーナー:X50WRCさん

俗に『S6』や『P2000』と呼ばれ、後のGDBへと続く過渡期マシンにして、“最強のGC8”との呼び声もある。ワークスではJ.カンクネンやR.バーンズがドライブした。この個体は12台が生産されたS6の中で最終号機。GC8ベースでは最後のWRカーとされ、有名なプライベーター(ペナルティを支払ってでもスポンサー等を貼らずに自費で参戦していたと言われる)F.ドールが2000年のグレートブリテンラリーに参戦した。現在もほぼオリジナルに近い状態で動態保存される。

GC8ベースのWRカーとして完成形と言える『S6』。市販モデルではトップマウント式インタークーラーが置かれる場所にエアクリーナーがセットされ、その直下に配置されるターボチャージャー(コンプレッサー)→前置きインタークーラー→スロットル→インマニと最短経路で結ばれる。

インプレッサ WRC 1998

オーナー:@GC8kaiさん

ヤマオカアイオンにて製作された1台。ベースは1998年のサンレモラリーを戦ったうちの1台とされ、市販モデルとはまるで別形状のサブフレームやモノコックを一切加工することなく、エンジンはGDB用EJ20が、ミッションはセンタートンネル部のスペース的な制約からGC8用5速MTが搭載される。市販車とは作りが大きく異なるため、構造変更の申請を行なってナンバーを取得。前例のない「正々堂々とストリートで乗れる本物のWRカー」が生み出されたのだ。

ミッションケースとセンタートンネルの干渉を避けるため、搭載位置が下げられたGDB用EJ20。エアクリーナーボックスはWRカー用を組み合わせ、電子制御スロットル化も図られる。エンジン制御はモーテックM130とPDM30が担当。そのためにメインハーネスは新規に製作された。

「スバルWRC黄金時代の主役たちが秘密裏に集結!?」スバルラリーレジェンドイベントレポートPart.1

1990年代半ばから2000年代初頭にかけて、WRC(世界ラリー選手権)の舞台で大活躍を見せたスバル。プロドライブとジョイントし、レガシィで始まった戦いはインプレッサWRXがその跡を継ぎ、1995年にドライバーズ&マニュファクチャラーズ・タイトルを獲得すると1997年までマニュファクチャラーズ・タイトル3連覇を達成。また、2001年にはリチャード・バーンズ、2003年にはペター・ソルベルグがドライバーズ・チャンピオンに輝くなどWRCの歴史の中で一時代を築いた。その主役とも言えるグループAマシンとWRカーが一堂に集結したシークレットイベントに潜入してきた。