連載

【1代限りで消えた車名】

スバルも遅ればせながらミニバンブームに参戦?

1994年に登場したホンダ・オデッセイが巻き起こしたミニバンブーム。各社はこぞってオデッセイのフォロワー車をリリースしたことは前回(第4回:トヨタ・アイシス)と前々回(第5回:日産バサラ)でも紹介した。

1994年10月に登場し、ミニバンブームを巻き起こしたホンダ・オデッセイ。

当時、2代目に移行したレガシィ(1993年〜)が売れに売れており、レオーネから代替わりしたインプレッサ(1992年)も好調、さらに新ジャンルのフォレスター(1997年〜)もリリースしていたスバルまでもミニバン市場に参入することになる。

2026年1月に開催された「スバルゲレンデタクシー」に登場した初代フォレスター「C/20」。ゲレンデタクシーの様子はこちら

GMとの資本提携からグループのオペルからザフィーラをOEM供給

ミニバンブームへの対応は急務ながらイチから開発する時間は無い状況で、スバルは1999年からGM(ゼネラルモーターズ)と資本提携していた関係から、同じGMグループのオペルがラインナップしていたミニバン「ザフィーラ」をOEM販売することとした。

オペル・ザフィーラ。手前がトラヴィックのOEM元となった初代モデルで、奥が商用車ヴィヴァーロの乗用版となった現行型のザフィーラライフ。ザフィーラとしては4代目となる。

ザフィーラはGMグループとはいえ、ヨーロッパで販売されるドイツ車で、そのしっかりとした走りには定評があった。その点も”走りの良さ”を標榜するスバルにはうってつけ。しかも、タイ生産車ならコストも抑えられるというメリットもあった。

スバル・トラヴィックのテストシーン(スラローム)。

斯くしてスバルは2001年に自社初のミニバン「トラヴィック(TRAVIQ)」を発売した。車名は「トラベル(TRAVEL)」と「クイック(QUICK)」を組み合わせた造語で、スバルらしい快速ツアラーであることをアピールしている。

スバル・トラヴィック(2001年)。

ちなみに、トラヴィックはスバル初のミニバンではあるが、初の3列シート車ではなかった。スバル初の3列シート車は1983年に登場した軽自動車のスバル・サンバーの拡大普通車版であるスバル・ドミンゴがその嚆矢となる。

スバル・トラヴィックの3列シート。3列目シートが左右独立しているのが特徴的。
1983年に登場したスバル・ドミンゴ(初代)。軽自動車のサンバーがベースながら3列シート7名乗車を可能とした。1994年にフルモデルチェンジし、1998年まで販売された。

なお、日本で販売していたザフィーラはドイツ生産の1.8L車だったのに対し、トラヴィックはタイ生産の2.2L車だったことから車格に対する価格の逆転現象が発生。ザフィーラが288万3000円だったのに対し、トラヴィックは最安グレードでは200万円を切る199万円、最上級グレードでも234万円とかなり割安となった。

ヘッドランプウォッシャーやルーフレールなどの豪華装備が標準となる最上級グレード「Lパッケージ」は234万円。15インチアルミホイールに195/65R15サイズのタイヤを装着。
専用エアロパーツやスポーツシートを装着したほか、足まわりもスポーティなオリジナルセッティングとした「Sパッケージ」は224万円。アルミホイールは16インチとなり、205/55R16サイズのタイヤを装着する。
デビュー時の最廉価グレードでその名も「ベースグレード」。装備は簡略化され、199万円という価格設定を実現。足まわりも低速時の乗り心地重視となっている。

このラインナップと価格設定はザフィーラの致命傷となり、その他の諸々の事情と合わせて、ザフィーラは2001年に日本での販売を取りやめることになってしまった。
※価格はそれぞれ発売時

2代目となるザフィーラB。日本では2001年に販売終了したザフィーラだが、モデルとしては2005年まで生産。その後、ザフィーラB(2005年〜2014年)、ザフィーラツアラーC(2011年〜2019年)、ザフィーラライフ(2019年〜)とその名跡は続いている。

4WDの設定が無かったことがマイナス要因だったのか?

1990年代前半はスキーブームを背景にした4WD車が人気を集めたRVブーム真っ盛りで、スバルもレガシィツーリングワゴンがゲレンデエクスプレスとして大ヒットしていた。スバルも自社のアイデンティティのひとつを4WD(もうひとつが水平対向エンジン)として、その性能と合わせて強くアピールしていた。

スバル・トラヴィック(2003年の一部改良モデル)

しかし、残念ながらトラヴィックにはそのOEM元のザフィーラからして4WDの設定が無かった。流石に水平対向エンジンでないことは仕方ないとしても、スバル=4WDのイメージ作りがここではマイナスに作用してしまったように思われる。まして、熱烈なファンが多いスバルだけに、OEM車への忌避感もあったかもしれない。

2002年に追加された「SLパッケージ」にはブルー地のシートも設定。なんとなくスバルっぽさを演出?

しかも、トラヴィックがデビューした2000年代初頭から、ミニバンユーザーの嗜好はスイングドアからスライドドアへと集約しつつあったことから、出遅れた感は否めなかった。

スバル・トラヴィック。

グレード整理で1.8Lエンジンモデルを設定……
最廉価グレードはさらに安く!?

発売翌年の2002年にはグレード整理。最上級グレードであった「Lパッケージ」は廃され、売れ筋だったスポーティグレードの「Sパッケージ」に「Lパッケージ」の装備を加えた「SLパッケージ」が新たな最上級グレードとして設定された。

スバル・トラヴィック「SLパッケージ」(2002年)

さらに、OEM元のザフィーラが販売終了していたことから、競合が無くなったからか、OEM元へのフォローからか、2003年には1.8Lエンジンを搭載した最廉価グレード「Aパッケージ」を追加した(なんと189万5000円!)。

トラヴィックに搭載されたZ22型2.2L直列4気筒DOHCエンジン。スペックは147ps/5800rpm・20.7kgm/4000rpmというもの。
2003年に追加された「Aパッケージ」に搭載されたZ18型1.8L直列4気筒DOHCエンジン。こちらは、125ps/5600rpm・17.3kgm/3800rpmというスペックだった。
ベーシックグレードの「Cパッケージ」はスチールホイール+ホイールカバーとなる。
最廉価グレードの「Aパッケージ」は1.8Lエンジン搭載で、スチールホイールの他にも、サイドモールも無塗装樹脂となる。
2003年の変更ではメーターの文字盤がホワイトとなった。
ただし「Aパッケージ」ではブラックのまま。装備も限られている。

他にもステアリングコラムのウインカースイッチを日本車同様に右側に移設したり、2列目シートのリクライニング機構追加など、細かな改良も加えられた。モデルライフ中、2003年の一部改良以外はグレードの整理が行われたくらいで大きな変更は無かった。

変更前の2列目シート。シートベルトは2点式。
変更後は2列目中央席も3点式シートベルトとなった。
変更前の2列目シート中央席のヘッドレスト。
変更後は2列目シート中央席のヘッドレストやトランクスルーの形状も変更されている。

トラヴィックの販売台数は最終的に約1万2000台ほどと言われる。販売期間は約4年半、年間平均で3000台弱、月平均では700台といったところ。当時のOEM車としては悪くないように思える台数ではあるが……?

GMとの提携解消&オペルの日本撤退の引き金を引いた?

スバル・トラヴィックの2003年時の最上級グレード「SLパッケージ」。2003年の改良でホイールデザインも変更されている。

そんなトラヴィックだが、2004年にオペル(GM)がタイ工場での生産を終了。それに伴い、在庫販売が終了する2005年をもってトラヴィックはスバルのカタログから消えることになった。

販売終了時のグレードは「SLパッケージ」「Sパッケージ(写真)」「Cパッケージ」「Aパッケージ」だった。

その背景には、2001年のアメリカ同時多発テロ以降、GM本体の経営難が進んだ影響も大きかった。トラヴィックの販売終了を見届けてか、2005年にスバルはGMとの提携を解消(スズキも2006年に解消)している。

スバル・トラヴィック(2003年の一部改良モデル)

余談ではあるが、GMは2000年に日本法人である日本ゼネラルモーターズを設立してオペル車の日本での販売拡充を目指した。しかし、ディーラー網の構築失敗に加え、同じドイツ車ながらいわゆる”ドイツ御三家”やフォルクスワーゲンのようなブランドイメージを築くことができず、2006年にオペルブランドは日本から撤退することになった。(日本GM設立によりヤナセがオペルの取り扱いを減らしたのも大きかったようだ)

GMの小型車を担ったスズキが初代スイフトをベースに生産した「クルーズ」(1999年〜2008年)。GMグループではシボレー、ホールデンブランドで販売。欧州ではスバル・ジャスティとしても販売された。

非情なる哉……OEM車の車名

兎角、OEM車というのもは短命に終わるケースが少なくないが、そもそも販売台数の多くない中小メーカーは「自社ラインナップにない市場もフォローしたいが、本当に売りたいのは自社の車」と考えればなおさらか。特にスバルのような確たる個性がユーザーに受け入れられている場合はその傾向が強いように思われる。

GMとの提携解消後、トヨタと提携したスバルは2代目トヨタ・ラクティスのOEM供給を受けて「トレジア」として販売。ジャスティ終了後、久々のコンパクトカーとなったが、7年間で約1万6000台と、平均ではトラヴィックとさほど変わらない販売台数。やはり1代限りで終了となった。

今でこそトヨタ/ダイハツOEM車がそれなりに売れてはいるが、クロカン(クロスカントリービークル)ブームに乗ろうとしたスバル・ビッグホーンの例も思い出される。当時、提携こそしてなかったが、これもGMグループのいすゞ車なあたり、因果を感じざるを得ない。

2代目いすゞ・ビッグホーンをOEM販売したスバル・ビッグホーン(1988年〜1992年)は、OEM車で車名が変わらない珍しい例。当時はスバルといすゞは提携しており、スバルはいすゞにレオーネバン(いすゞ・ジェミネット)やレガシィ(アスカ)を供給していた。

スバル・トラヴィック、当時はOEM車の割には仕様や価格などかなり力が入っていたように思われた。販売台数としてもOEM車としてはそこまで悪くない。せめて4WDの設定があれば……無茶を言えばオペル・カリブラの4WDターボでも積んでいれば……また違った結果になったかもしれないと思わなくもないが、大元のGMが傾いた状況ではどう転んでもトラヴィックに未来は無かったか。

オペルのFFスペシャルティクーペ「カリブラ」(1989年〜1997年)。2.0L直列4気筒ターボ+4WDも設定された。DTM(ドイツツーリングカー選手権)で活躍したのはV型6気筒エンジン搭載のレース専用車で、中身は別物。

トラヴィックの後を受けて、スバルは独自の3列シートミニバン「エクシーガ」を開発するのだが、それはまた別の話……。ただ、OEM車に自車名を流用することへのこだわりが意外と無さそうな(現行レックスやステラ、プレオプラスなど)スバルが、トラヴィックの車名を継承しなかったのは、OEM車の車名を自社オリジナルモデルに付けることは避けたかったのだろうか?

2008年に登場したスバル初の”オリジナル”ミニバン「エクシーガ」もまた今のところ1代限りとなっている。

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