■タクシー需要から始まった小型乗用車競争

1950年代前半、日本で乗用車といえば中・小型タクシーが中心であり、自家用車と言えば庶民の夢の夢であり、大企業の社長や有名芸能人などほんの一部の人達だけの贅沢品だった。また、タクシーの多くは「フォード」や「シボレー」など外国製だった。
そこで多くの国内自動車メーカーは、欧米のメーカーと技術提携を結んで、技術を吸収しながら手っ取り早く乗用車開発を進めることを選んだ。例えば、三菱は米国カイザー・フレーザー社と、日産は英国オースチン社と、日野自動車は仏ルノー公団と、いすゞは英国ルーツ・グループの支援を受けた。



一方でトヨタは、自社の技術だけで乗用車生産を進めた。1955年1月に「トヨペットクラウン」と同時にタクシー専用車の「トヨペットマスター」を発売した。1955年に市場に投入されていたダットサン110型(860cc)と1957年発売の210型(1.0L)に対して、トヨペットマスターのエンジンは1.5Lであり、マスターは中型タクシー需要の高い首都圏ではダットサンよりも優位に立っていた。一方、市場の大きい全国の地方都市では、基本料金が安価な小型タクシーが好まれ、この大きな市場はダットサンが独占していた。

そこで、トヨタはダットサンに対抗する小型車としてマスターよりひと回り小さい「トヨペットコロナ」を1957年に投入した。もちろん、タクシー向けだけでなく、クラウンの下に位置するファミリーカーとしての需要も見込んでいたのだ。
ダットサンに対抗して登場したダルマ・コロナ(T10型)

トヨタは、小型乗用車における日産との後れを取り戻すため、また先に市場に放たれていたダットサンに対抗するため、「トヨペットコロナ」を1957年5月に発売した。トヨタの乗用車としては初のモノコック構造を採用したが、開発期間を短縮するため、足回りは「クラウン」用、ボディは「マスター」用の前後を切断、さらにエンジンは「トヨペットSA」用が流用された。
スタイリングは、全体に丸みを帯びた独特なデザインを採用し、その特徴的なスタイリングから“ダルマ・コロナ”と呼ばれた。また、ビルトインフレームの採用により、4人乗りの小型乗用車として十分な室内空間を確保したこともアピールポイントだった。

パワートレインは、トヨペットSAに搭載されていた最高出力33ps/最大トルク5.9kgmを発揮する1.0L直4 SV(サイドバルブ)エンジンと3速MTの組み合わせ。駆動方式はFRで、最高速度は90km/hを記録した。
トヨペットコロナは、ダットサン110型が77.5万円だったのに対し64.9万円と低価格を売りにしたが、使える部品は可能な限り既存車のものを流用し、コストダウンと高い信頼性を重視したため、パワー不足やボディ内外の質感の低さが目立ち、人気のダットサン110型に対抗することはできなかった。
それでもトヨタの強固な販売力を生かして、当初の販売は順調に滑り出した。ところが、日産からダットサンの進化版に相当する「ブルーバード」が1959年に登場すると、両車の人気の差は決定的となった。
ダットサンを進化させたブルーバード(310型)

ダットサンセダンの後継として、初代「ダットサン・ブルーバード」は1959年8月にデビューした。ブルーバードの車名は、メーテルリンクの童話“青い鳥”にちなんだもので、世界が求めている希望の青い鳥であるようにとの願いが込められていた。

ダットサン・ブルーバードは、ダットサン210型の設計を一新。セミモノコックボディで構成された親しみやすい丸みを帯びた4ドアセダンで、快適な室内空間、乗り心地を重視した足回り、日本初のユニサーボブレーキの採用などで、新世代のクルマであることをアピールした。
パワートレインは、最高出力34ps/最大トルク6.6kgmを発揮する1.0L、43ps/8.8kgmの1.2L 直4 SOHCの2種エンジンと3速MTの組み合わせで、駆動方式はFRである。


車両価格は、68.5万円(1000スタンダード)/69.5万円(1200スタンダード)に設定。ちなみに、当時の大卒の初任給は1.3万円(現在は約23万円)程度だったので、単純計算では現在の価値で約1212万円/1230万円に相当し、まだまだ小型乗用車と言えども高価な時代だった。
自家用車として家族が楽しめる室内空間と優れた乗り心地が実現されたブルーバードは、1ヶ月で8000台を受注し、ブルーバードはコロナを圧倒、小型乗用車のトップに君臨した。コロナとブルーバードの初代対決は、技術的に優位に立ったブルーバードの勝利となった。
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トヨペットコロナは、ダットサン110型を意識して開発されたが、日産はすぐに進化させたブルーバードを投入した。当然、後発のブルーバードの方が技術的に先を進んでいたので、初代はブルーバードに軍配が上がった。しかし、これでトヨタが黙っているわけはない、2代目で巻き返しを図るのだ。これにより、市場を二分する熾烈な販売競争“BC戦争”が本格的に幕開けることになったのだ。



