スポーティモデルでも火が付いたSC戦争
1966年に始まった日産「サニー」とトヨタ「カローラ」の初代対決は、内外装の見栄えに優れ、総合的に評価が高かったカローラがサニーを圧倒したが、巻き返したい日産は先手を打って積極的に商品力強化や車種展開を図った。


まず、サニーは1967年4月に4ドアセダンを追加、翌月にはカローラも4ドアセダンを設定。さらにサニーが1967年4月に、スポーツグレードを追加すれば、カローラも1968年3月にSL(スポーツ&ラグジュアリー)グレードを設定というように、両モデルはセダン系の車種展開で激しく競い合った。
さらに日産とトヨタは、大衆車ながら若者をターゲットにしたスポーツモデルをサニーとカローラで企画した。ボディスタイルは、両モデルとも当時欧米で流行っていたファストバックスタイルを採用。最初にファストバックモデルを市場に放ったのは、日本初の“本格的なファストバック”を謳った日産の「サニー・クーペ」だった。その僅か2ヶ月後には“スイフトバッック”と呼称したファストバックスタイルのトヨタ「カローラ・スプリンター」が追走したのだ。
巻き返しの切り札として登場したサニー・クーペ
初代の対決で、トヨタ「カローラ」に後れを取った日産「サニー」の巻き返しの切り札が、1968年3月にデビューした「サニー1000・クーペ」だった。

サニー・クーペの特徴は、何と言ってもファストバックの大胆なスタイリングにあった。ルーフからリアエンドまでシャープな直線で形成されたボディは、個性的でダイナミック。ノーズ回りのフォルムはセダンに近かったが、それ以外はほとんどセダンの面影はなく、セダンと共通するパーツもほとんどなかった。

インテリアについても、メーターパネルはクーペ専用で、高級かつスポーティなデザインが採用され、3連丸型のメーターがクーペらしさを強調。シートも専用のフルリクライング機能を備えたセミバケットシートという凝りようだった。

パワートレーンは、セダンよりパワーアップした最高出力60ps/最大トルク8.2kgmを発揮する1.0L 直4 OHVツインキャブ仕様のエンジンと4速MTおよび3速ATの組み合わせ。それほどパワフルなエンジンではなかったが、675kgという軽量ボディのおかげでクーペに相応しい軽快な走りができた。
車両価格は、50万円(4速MT)/55万円(3速AT)。当時の大卒初任給は3.1万円程度(現在は約23万円)だったので、単純計算では現在の価値で約371万円/408万円に相当する。
サニー・クーペは単一グレードだったが、その代わりに豊富なオプションによってユーザーの要求に応えた。特に、人気アイテムを揃えた3つ(スポーティ、スーパーデラックス、セーフティ)のセットオプションが人気を呼んだ。
新たなサブネームを付けて登場したカローラ・スプリンター
サニー・クーペのデビューから2ヶ月後の1968年5月に、トヨタは「カローラ・スプリンター」を投入した。

スタイリングはカローラをベースにした“スイフトバック”と称するファストバックスタイルで、全高をセダンより35mm下げてスタイリッシュにして、リアコンビランプは縦長から横長に変更しスポーティなイメージを強調。また、本格的なファスバックスタイルにもかかわらず、後部座席を犠牲にせず十分な室内空間が確保されていることもセールスポイントだった。

パワートレーンは、パワーアップした最高出力73ps/最大トルク9.0kgmを発揮する1.1L 直4 OHVツインキャブ仕様と60ps/8.5kgmのシングルキャブ仕様の2種エンジンと、4速MTおよび2速ATの組み合わせ。トップグレードは最高速度160km/h、0→400m加速17.5秒と俊足ぶりを発揮した。ちなみに、サニー・クーペの最高速度は140km/h、0→400m加速は18.4秒と記録されていた。

車両価格は、標準グレードが48.7万円/デラックス52.5万円/トップグレード58.7万円。現在の価値では約350万円/377万円/422万円に相当する。
ライバルの2台のスポーティモデルのその後
「サニー」はその後も継続し、世代ごとに「サニー・クーペ」が設定された。しかし、1981年10月の5代目に設定されたサニー・クーペをもって、ラインナップからクーペは姿を消した。

その代わりに1985年9月の6代目サニーで「RZ-1」、1990年1月の7代目で「NXクーペ」、1994年5月の8代目では「サニー・ルキノ」とい車名でクーペが登場したが、結局このサニー・ルキノがサニーシリーズ最後のクーペとなった。
一方の「カローラ・スプリンター」は、1970年5月の2代目へのモデルチェンジを機に、単独ネーム「スプリンター」となり、3代目スプリンターまでは引き続きカローラよりもスポーティなモデルという位置付けだった。


しかし、1979年に登場した4代目以降は、カローラとの違いはデザインや装備など限定された部分だけとなり、販売店の異なる兄弟車というイメージが強くなり、スポーティモデルの役目は「スプリンター・トレノ(カローラは、レビン)」が果たした。そして、スプリンターは2002年の販売チャンネル再編によってラインナップから姿を消したのだ。
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初代の劣勢を挽回するために、日産は先手を打って商品力強化策や車種展開を進めたが、販売面ではカローラの優位性は揺るがなかった。ただし、スポーティモデルのサニー・クーペとカローラ・スプリンターについてはサニー・クーペが上回る時期があり、好勝負を繰り広げた。軽量ボディのサニー・クーペの軽快な走りが、走り好きから支持を集めたのだ。
