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今日は何の日?■低燃費アイテムを盛り込んだシティEIII

1985(昭和60)年3月14日、ホンダは1981年11月にデビューして“トールボーイ”のキャッチコピーで大ヒットしたホンダ「シティ」の低燃費仕様「シティEIII」を発売した。シティはターボやオープンモデルを追加して商品力強化を図ったが、低燃費につてもEIIIでアピールした。
トールボーイの愛称で大ヒットしたシティ
1981年11月、ホンダから“トールボーイ”と称した独特の背高ノッポスタイルの「シティ」がデビューした。

“カッコいいクルマ=背が低い”という当時の常識を打ち破り、1570mmの全幅に対して1470mmの全高を持った画期的なクルマだった。現在は、軽やコンパクトカーでは背の高いいトールワゴンが大人気で市場では主流となっているが、当時はまだトールワゴンは存在していなかった。

シティは、全長の短いクルマの室内空間を最大にするため、高さだけでなく、タイヤは極力ボディの四隅に追いやり、サスペンションはスペース効率に優れたマクファーソンストラットを採用。パワートレーンは、徹底的にコンパクトに設計された新開発の最高出力67ps/最大トルク10.0kgmを発揮する1.2L 直4 SOHCエンジンと、4速/5速MTおよびホンダマチック4速ATの組み合わせ。

車両価格は、76万~78万円。当時の大卒初任給は12万円程度(現在は約23万円)だったので、単純計算では現在の価値で約146万~150万円に相当する。当初は、そのユニークなスタイリングから否定的な意見もあったが、結果は若者の圧倒的な支持を得て大ヒットしたのだ。
ターボモデルやオープンモデルで人気拡大

絶好調のシティだったが、一部の走り好きからはモアパワーという要望が散見された。走りは標準以上のレベルだったが、翌1982年9月には“韋駄天ターボ”と呼ばれた「シティターボ」がラインナップに追加された。排気量は1.2Lのままで、ターボと電子制御インジェクションによって、最高出力100ps/最大トルク15.0kgmまで向上。その走りは、2.0Lクラスと同等レベルだった。


さらに翌1983年10月には、前後フェンダーをブリスター化した通称“ブルドッグ”の「シティターボII」も登場。クラス初のインタークーラー付ターボは、最高出力110ps/最大トルク16.3kgmまでパワーアップ、多くの走り屋を魅了しシティの人気は絶頂に達した。

高出力化に続いたのが、1984年7月に追加されたソフトトップを装着した国産乗用車初の4シーターフルオープン「シティ・カブリオレ」だ。ソフトトップは手動開閉式で、持ち上げながら後方に押し戻せば簡単にフルオープンに変身できる。さらに、できるだけ多くのユーザーの好みに応えるために、当時流行っていたパステルカラーの12色のボディ色も用意され、若者の憧れの的になった。

高性能だけでなく、低燃費モデルのシティEIIIを追加


高性能化やオープンモデルの追加で人気を加速したシティだが、一方で1985年3月のこの日、低燃費をアピールする「シティEIII」を追加。注目の低燃費化技術は、FRM製コンロッドとエンジンの混合気制御L.L.R.(リーン・リーン・リッチ)であり、1.2Lクラストップの燃費が達成された。
FRMは、特定金属(EIIIの場合はアルミ)に炭素繊維などの繊維状の強化材を加えたもので、強度や耐熱性、耐摩耗性などに優れた複合素材なので、コンロッドを軽量化できて、エンジンフリクションを低減することができる。ホンダはコンロッドだけでなく、アコードやシビックタイプR、NSXなどの一部のモデルに一般的な鋳鉄ライナーの代りにFRMを活用していた。優れた強度と摺動性だけでなく、アルミの高い熱伝導性を生かして冷却性能も上げる効果があるのだ。


また、L.L.R. (リーン・リーン・リッチ)システムは、エンジンに吸入された混合気を、低負荷時にはリーン(薄い)混合気に、中・高負荷では徐々にリッチ(濃い)混合気にきめ細かく制御する手法である。その他にも、非対称フロントグリルや可倒式ドアミラーが採用された。

車両価格は、82万円。当時の大卒初任給は14万円程度(現在は約23万円)だったので、単純計算では現在の価値で約135万円に相当する。EIIIを追加することでシティは高性能だけでなく、燃費性能も優れていることをアピールしたのだ。
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1980年代は、排ガス規制強化やオイルショックから解放され、高性能化や高機能化の時代に突入した。シティも、ターボやオープンなど若者受けするモデルを追加したが、最後にEIIIで低燃費をアピールすることも忘れていなかったのだ。
毎日が何かの記念日。今日がなにかの記念日になるかもしれない。











