初代対決で後れを取ったコロナ、第二世代で巻き返しを図る

BC戦争と呼ばれた熾烈な対決は、1957年7月の初代「トヨペットコロナ(T10型)」と1959年8月の初代「ダットサン・ブルーバード(310型)」から始まったが、初代対決はブルーバードが圧勝した。


日産は、1952年に英国オースチン社と技術提携を結び、ノックダウン生産を行なうなどでオースチン社の技術を吸収した。その技術を土台にして開発した「ダットサン110型および210型」は、小型タクシー市場を席巻していた。この状況を打破するためにトヨタが放ったのが、1957年5月にデビューした初代コロナだった。ただし、コロナは「トヨペット・マスターライン」や「トヨペット・クラウン」の部品を流用する形で急遽作り上げため設計が古く、1960年4月に改良した2代目(RT20型)にモデルチェンジしたが、日産ダットサン有利の状況は変わらなかった。

一方、初代コロナの2年後1959年8月に登場した初代ブルーバードは、タクシーで実績のあるダットサン110型および210型を進化させ、当初から輸出を強く意識した国際基準の設計であり、エンジンやボディ剛性、足回りなどが世界基準で作り上げられていた。その結果、初代対決はモダンな欧州風デザインのパワフルな完成度の高いブルーバードと、旧態依然としたデザインのやや非力なコロナという市場評価によって、ブルーバードが圧倒するという結果に終わったのだ。

そしてBC対決は第二世代へ、まず好調だったブルーバードが1963年にモデルチェンジして2代目に、その1年後の1964年にコロナは3代目にモデルチェンジし、先代の反省を踏まえて巻き返しを図った。
ピニンファリーナのデザインが不評だった2代目ブルーバード

好調な初代「ブルーバード(310型)」に続いて、1963年9月に2代目(410型)がデビューした。初代のキープコンセプトで主要な部品についてはキャリーオーバーだが、410型の特徴はフルモノコック構造への変更と欧州風デザインだった。

410型ブルーバードは、クラス初のフルモノコックボディの採用で軽量と高剛性を両立。デザインについては、米国風のデザインが主流だった当時、イタリアの著名なデザイン会社カロッツェリア・ピニンファリーナが手掛けた欧州風デザインをアピールした。

パワートレーンは初代と同じ排気量だが、吸排気系のチューニングなどの改良でパワーアップ。最高出力45ps/最大トルク7.2kgmの1.0L、および55ps/8.8kgmの1.2L 直4 SOHCの2種エンジンと、3速MTの組み合わせ。

車両価格は、58.3万円(標準)/66.7万円(デラックス)に設定。当時の大卒初任給は1.9万円程度(現在は約23万円)だったので、単純計算では現在の価値で706万円/807万円に相当する。

引き続き、ブルーバードのひとり勝ちになるかと思われたが、予想外にもピニンファリーナの“尻下がりテール”と呼ばれたリアデザインが不評だったこともあり、スタイリングに好き嫌いがはっきり分かれて販売は期待通り伸びなかった。
デザイン、性能、耐久信頼性すべてをブラッシュアップした3代目コロナ

ブルーバードのモデルチェンジから1年ほど経過した1964年9月、コロナもモデルチェンジで3代目(RT40型)へ移行した。初代と2代目でのさまざまな経験を活かして開発し、発売に合わせて開通したばかりの名神高速道路で10万km連続高速走行公開テストを成功させ、高速性能と耐久性能を大々的にアピールしてデビューした。
3代目コロナのスタイリングは、初代と2代目とは対照的に、ボディ側面を一直線に流れる“アローライン”と傾斜した“クリーンカット”のフロントノーズ、4灯式ヘッドライトをビルインしたフロントマスクが特徴の伸びやかで近代的なデザインに一変した。

パワートレーンは、最高出力70ps/最大トルク11.5kgmを発揮する1.5L直4 OHVエンジンと4速MTおよび2速AT“トヨグライド”の組み合わせ。

車両価格は56.4万円(標準)/64.4万円(デラックス)に設定。単純計算では、現在の価値で618万円/705万円に相当する。1965年7月には、国産車初のスポーティな2ドアハードトップ(HT)を追加し、ツインキャブ仕様の90ps/12.8kgmの高性能Sグレードも設定。これにより、コロナの人気は不動のものなった。

3代目コロナは、発売直後から人気を獲得、日本車として初めてミリオンセラーにもなり、ブルーバードから国内登録台数トップの座を奪取することに成功したのだ。
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初代対決で苦杯をなめたコロナは、第二世代対決で見事首位を奪取した。首位を奪われた日産は、今度は起死回生を狙って1968年8月に歴代ブルーバードで最も人気となった3代目の510型ブルーバードを送り込み、その後もBC戦争は熾烈な戦いを繰り広げることになるのだ。


