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今日は何の日?■「20世紀の国産車」展が開催

2000(平成12)年3月18日、21世紀がスタートしたこの年、国産車の足跡を辿るイベントが6月4日まで東京・上野の国立科学博物館で開催された。“日本を駆けた、世界を駆けた”のサブタイトルが付けられているように、日本車の躍進ぶりを世紀の変わり目を機に振り返ろうという企画である。
日本の自動車産業の歴史を振り返る自動車展
日本の自動車産業は、世界的にみて決して早いスタートを切ったとは言えないが、短期間で驚くような進化を遂げ、一躍世界のトップに君臨する存在となった。
「20世紀国産車」展は、“日本を駆けた世界を駆けた”のサブタイトルが付けられているように、海外から自動車が輸入された明治時代から、大正・昭和の戦時下での国産車の誕生、戦後のモータリゼーションと自動車産業の急速な発展を紹介し、歴史的な車両のほか、エンジン単体や各種資料類が展示された。

展示場は2つに分けられ、1つ目は「オートモ号の時代とその周辺」と題された、自動車国産化に挑戦した先人たちの記録を展示。2つ目は、「日本人と車の100年」と題し、自動車黎明時代から現代までのモータリゼーションの歴史を紹介していた。

展示1 テーマ:オートモ号の時代とその周辺
海外から日本に自動車が持ち込まれたのは、1898(明治31)年頃とされ、その後1904年岡山市で電機工場を経営していた山羽虎夫氏が「山羽式蒸気自動車」、1907年には吉田真太郎氏などが外国製部品を使った「タクリー号」を完成させたが、普及しなかった。
純粋な国産車は、日産の前身の快進社の「ダット号」で1914年に完成。その後1919年に、日本初の量産乗用車として三菱造船が「三菱A型」を生産した。国内初の量産車として位置付けられることが多いが、生産台数は22台だった。

今回展示された「オートモ号」は、豊川順彌氏が東京・巣鴨に設立した白楊社によって、1924(大正13)年から1928(昭和3)年にかけて約300台が生産された、実質的な日本初の量産車と言える。しかし残存車両はなく、一般的には上記のダット号や三菱A型ほど知られていない。

本展示会では、科学博物館とトヨタ博物館との共同プロジェクトにより完成させた1925年製オートモ号の復元車が展示された。その他にも、この展示場ではフィアットのコピーとされる「三菱A型(1918年)」の復元車、日本フォード製「T型(1925年)」、ダットサン「12型フェートン(1933年)」などの車両やエンジン単体、および資料類が展示された。
展示2 テーマ:日本人と車の100年
展示2では、自動車前史時代から現代までのモータリゼーションの歴史が俯瞰できるようになっている。



展示車両は「男爵イモ」の生みの親として知られる川田龍吉男爵が購入した、日本最古の輸入車である「ロコモビル蒸気自動車(1901年)」をはじめ、「オールズモビル(1905年)」、「ダイハツ号HB型3輪トラック(1931年)」、「トヨペットSA(1947年)」、「フジキャビン(1955年)」、「スズライトSF(1955)、「スバル360(1958年)」などを展示。その他にも、国内各メーカーの最新のエコカーが1台ずつ交替で展示された。

また、年代ごとの写真やカタログといった資料類、変わったところでは大正時代の免許証やタクシーメーターなども展示された。
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自動車の博物館としては、ガソリン自動車誕生から現代までの歴史と、歴史を飾った日米欧の代表的な車両約150台で展示するなど、その圧倒的な規模でトヨタ博物館が有名だが、他のメーカーも規模に差はあるものの、自社の博物館を持っている。この「20世紀の国産車」展示会は、主催が国立科学博物館であり、後援には通産省、運輸省、首都圏1都3県の各教育委員会が後援しており、公の機関主体の展示会であることが特徴であり、非常に珍しいことなのだ。
今日がなにかの記念日になるかもしれない。
