「受け身の業界団体」から脱却し、協調領域を意志的につくる
日本自動車工業会(自工会)の新体制として初めて臨んだ今回の会見には、佐藤会長のほか、鈴木俊宏副会長(スズキ社長)、三部敏宏副会長(ホンダ社長)、片山正則副会長(いすゞ自動車社長)、イヴァン・エスピノーサ副会長(日産自動車CEO)、設楽元文副会長(ヤマハ発動機社長)、松永明副会長が出席した。

冒頭の佐藤会長の発言で印象的だったのは、自工会の役割を従来より一段踏み込んで定義し直そうとしている点だ。これまでの業界団体は、各社が競争するなかで共通する課題を扱う、いわば「受け身」の性格が強かった。しかし佐藤会長は、自動車産業を取り巻く環境が大きく変わった今、そのやり方だけでは立ち行かないという危機感をにじませた。
脱炭素対応、安全技術、知能化、地政学リスク、資源・エネルギー制約――。こうした課題は、一社単独の努力では解決しにくく、しかも短期で答えが出るものばかりではない。そのため自工会としては、業界全体で協調すべき領域を意志的に定め、そこで重複する負担や分断を減らしながら、各社が本来競争すべき商品や技術、ブランド価値の創出に経営資源を集中できる環境を整えたいというわけだ。
今回の会見の核心は、この考え方にある。つまり「新7つの課題」は単なる重点施策の羅列ではなく、日本の自動車産業が個社競争だけでは生き残れない局面に入ったことを前提にした、協調戦略の設計図として位置づけられている。
「新7つの課題」は産業の都合ではなく、社会実装がゴール
自工会が掲げる「新7つの課題」は、①重要資源・部品の安全保障、②マルチパスウェイの社会実装、③サーキュラーエコノミーの仕組みづくり、④人材基盤の強化、⑤自動運転を前提とした交通システム確立、⑥自動車関連税制の抜本改革、⑦サプライチェーン全体での競争力向上――の7項目だ。
ただ、今回の会見で興味深かったのは、個々の課題の説明以上に、「どう進めるか」の思想が繰り返し語られたことだ。佐藤会長は、これらの課題のゴールを自動車産業の発展そのものに置くのではなく、自動車産業が社会にどのような役割を果たし、どんな社会を実現できるのかに置くべきだと述べた。
これは言い換えれば、業界内の論理だけで7課題を処理しようとしていないということでもある。エネルギー、物流、制度、インフラ、資源循環、人材育成など、いずれも自動車業界だけで完結しない。だからこそ、官民連携や他産業との共創を前提に、最終的なゴールを「社会実装」に置く必要があるという整理だ。
このスタンスは、モーターファンの読者にも重要なポイントだろう。7課題は単なる政策要望でも、業界内部の調整案件でもない。車両そのものだけでなく、エネルギーや交通システム、制度や人の流れまで含めた「モビリティ社会のつくり直し」の議論なのである。
進捗の実態は「成果披露」よりも、各社の腹落ちを伴うゴール合わせ

質疑では、7課題が動き出して数カ月がたつなかで、どんな手応えがあり、どこに難しさがあるのかが問われた。これに対し佐藤会長は、どのテーマも特定企業が引っ張れば解決できるものではなく、民間だけでも完結しないと説明。その上で、各社は事業構造も強みも経営前提も異なるため、「何をどこまで一緒にやるのか」「どの時間軸で進めるのか」というゴールイメージのすり合わせが非常に重要だと語った。
この発言から見えてくるのは、現段階での進捗が「具体策を次々に打ち出す局面」ではないということだ。むしろ今は、協調領域の輪郭を固める前提として、各社が納得感を持てる共通認識づくりに時間をかけている段階だといえる。
遠回りに見えるかもしれないが、ここを曖昧にしたまま先に進めば、結局は業界横断の取り組みが形骸化する。今回の会見は、そうした“地ならし”をあえて正面から語った場でもあった。
本丸のひとつは人材だ 2030年代に労働人口2割減という危機感
7課題のなかでも、もっとも現在進行形の悩みがにじんでいたのが、4番目の「人材基盤の強化」だ。この項目はなお「検討中」と説明されたが、その中身はかなり重い。
佐藤会長は、2030年代には自動車産業の労働人口が現在より約2割減る見通しに触れた。仮にその前提が現実になれば、日本全体でいまの開発・生産体制を維持するには、20%の生産性向上が必要になる。つまり人手不足は単なる採用難ではなく、今のものづくりの仕組みがそのままでは成立しなくなるという話だ。
このため会見では、AIやロボティクスを活用した生産性向上に加え、それを使いこなす人材をどう育てるのかが重要な論点として語られた。従来のハード中心のものづくりを支えてきた人材に加えて、ソフトウェア人材の確保と育成も欠かせない。さらに整備士不足も喫緊の課題であり、販売や開発、生産、整備で必要な人材像が異なることも、問題を難しくしている。
興味深いのは、労働カレンダーの見直しにまで議論が及んでいる点だ。自動車産業は長年、生産を軸に独自の労働慣行やサプライチェーンのリズムを築いてきたが、他産業との人材流動性を高めるには、休日や働き方そのものを見直す余地もあるというわけだ。ここまで踏み込むと、「人材基盤の強化」はもはや採用施策ではなく、産業構造改革そのものである。
知能化は“全部協調”ではない 競争と協調の線引きが始まる
報道陣からの質問では、知能化やソフトウェアを自工会としてどう捉えているのかも問われた。ここで佐藤会長は、この領域が現実には競争領域として認識されていることを率直に認めた。その一方で、ソフトウェアのすべてが競争領域ではなく、たとえばミドルウェアのように、業界としてある程度そろえられる部分があるのではないかという考えも示している。
ここは非常に重要だ。いまの自動車業界では、SDVやADAS、AI活用などを巡って各社の競争が激しくなっている。だからといって、すべてを各社バラバラに進めれば、日本全体として開発負荷や投資効率の面で不利になる可能性もある。つまり問われているのは、「どこから先がブランドや商品性に直結する競争領域で、どこまでなら共通基盤として協調できるのか」という線引きなのだ。

三部副会長からは、AIそのものや車載ソフトの中核は各社の取り組みである一方、日本として事業化を進めるための法整備やルールづくり、周辺環境の整備には業界団体として果たすべき役割が大きい、との説明もあった。知能化時代の自工会は、技術そのものを共同開発するというより、競争が正しく機能するための土台を整える役割を強めていくことになりそうだ。
中東情勢が映した「重要資源・部品の安全保障」のリアル

7課題の一番目に掲げられた「重要資源・部品の安全保障」は、決して将来の抽象論ではない。佐藤会長は足元の中東情勢について、すでに物流や材料調達の面で影響が出始めていることを認めた。
会見では、日本から中東向けに年間80万台規模のビジネスがあり、経済影響は約2.5兆円に及ぶとの説明があった。中東は販売市場として重要であるだけでなく、資源や物流の面でも自動車産業との結びつきが深い。とくにホルムズ海峡を巡る緊張の高まりは、船便の遅延や輸送力の低下につながりうる。
通常、日本から中東への海上輸送は約50日程度だが、喜望峰回りを余儀なくされれば約100日かかり、輸送力は実質半減するという。さらに、ナフサやアルミの調達面でも、中東依存度の高さがリスクになる。影響が長期化すれば、材料調達や生産計画に波及する可能性は否定できない。
このやり取りが示していたのは、7課題が“未来に向けた理想像”ではなく、足元の経営とサプライチェーンの現実に直結する課題群だということだ。安全保障や強靭化は、もはや政策用語ではなく、日々の事業そのものの問題になっている。
背景にあるのは関税と国際競争 7課題は“生き残り策”でもある

後半では、対米関係や関税の話題にも及んだ。佐藤会長は、自動車関税による経営インパクトは非常に大きいとし、従来型の生産性向上だけでは生き残れないという危機意識を、業界全体で共有していると説明した。
ここで重要なのは、「新7つの課題」が理想論として出てきたわけではないことだ。米国を含む通商環境の変化、中国勢の台頭、資源やエネルギー制約、知能化競争、人材不足――。複数の圧力が同時に押し寄せる中で、日本の自動車産業は、従来の延長線上にある改善では間に合わない段階に来ている。その認識が、7課題の危機意識の原点にある。
だからこそ今回の会見で語られた「協調」は、きれいごとではない。コストや時間をかけてでも、業界として重なる部分を整理し直さなければ、国際競争の中で立ち位置を失いかねないという切迫感がある。
問われているのは、個社の強さではなく“日本の自動車産業としての強さ”
今回の会見を通じて見えてきたのは、自工会が「新7つの課題」を単なるスローガンとしては扱っていないということだ。むしろそこにあるのは、個社競争を前提としたこれまでの成功体験だけでは、もう日本の自動車産業全体を守れないのではないかという強い危機感である。
もちろん、現時点ではまだ抽象度の高い議論も多い。人材基盤の強化はなお検討中であり、知能化における競争と協調の境界線もこれから詰める段階だ。だが、その未完成さ自体が、いまの自動車産業が直面している問題の大きさを物語っているともいえる。
今回の会見が示した本質は明快だ。いま問われているのは、トヨタ、ホンダ、日産、スズキ、いすゞといった個々のメーカーがそれぞれどれだけ強いかだけではない。それらを束ねた「日本の自動車産業」として、次の時代を戦い抜ける土台をどうつくるのか。自工会の「新7つの課題」は、その問いに対する最初の本格的な答えになろうとしている。
「新7つの課題」自工会・佐藤恒治新会長が語る、解決への覚悟と道筋 | Motor-Fan[モーターファン] 自動車関連記事を中心に配信するメディアプラットフォーム